シー・ジェイ・リム/批評家再読
cj lim, how green is your garden?, Wiley Academy, 2003.
Reyner Banham, A Critic Writes: Essays by Reyner Banham, University of California Press, 1996.
Robin Evans , Translations from Drawing to Building and Other Essays, MIT Press, 1997.
この連載の初回に紹介した、シー・ジェイ・リムの2冊目の作品集が届いたので紹介しよう。(シー・ジェイ・リム本人については、その初回を参考いただくとしてここでは繰り返さないが、昨年12月号の『建築文化』の特集「ゴーイング・オーバーシーズ」のなかでプロジェクト等が掲載されているので、合わせてご覧いただきたい)。この『how green is your garden?』(「君の庭は、青々としているかい?」とでも訳そうか)では、前の作品集以降の9つのプロジェクトが集められているのだが、それらが9つの庭に見立てられていて、その不思議な庭園巡りをするのが、われらがヒロイン「アリス」! なのである。アリスは、最初の図書館のプロジェクトで、借りた本を読んでいるうちに、シー・ジェイの作り上げたワンダーランドへ紛れ込み、そこでさまざまなユニークな登場人物に出会う。つまり、ここ数年の彼の作品が再編集され、ここでは春から冬へと続くシークエンシャルな、一続きのストーリーとして組み立てられているのである。2つ目のガーデンは、セントラル硝子の国際コンペ「グラスハウス2001」の最優秀賞案(『新建築』2001年11月号掲載)であるが、これはもちろん「鏡の国のアリス」にかけられている。また、"Gallery for Four Seasons(四季の庭)"と名づけられた6つ目のガーデンは、星野富弘美術館のコンペ案である。「不思議な国のアリス」は、いうまでもなく極めてイギリス的な物語であるが、このシー・ジェイの世界もまったくイギリス的ユーモアに富んでいる。そして、彼のドローイングはますます、洗練され進歩している。
今回は、ここでまったく別の話になる。
昨年末、明治大学にて建築史家、神代雄一郎(1922-2000)に関するセミナーが、行なわれた。以前、磯崎新による追悼文(『建築文化』2001年4月号「隠者という批評」、このテキストは必読である)が強く印象に残っていたこともあり出かけたのだが、建築史家、山口廣と磯崎による報告は大変興味深かった。磯崎によると神代は、建築アカデミズムと建築メディアのそれぞれの主流から疎まれたために、正当に評価を受けていないのだと言う。例えば象徴的なのは、1974年に書かれた「巨大建築に抗議する」というテキスト(『新建築』1974年9月号)であり、この神代の問題提起に建築界がまともに応えず、以降臭いものに蓋をするような風潮がはびこっている。よって、昨今巨大開発が着々と進められていても、それについて建築界ではまともに議論が起きない。磯崎は、神代のことを「戦後最大の建築史家」とまでいうが、実際問題現在神代の著作で普通に手に入れることができるのは、SD選書の「九間論」★1くらいである。残念なことである。
本の役割は、新しい情報を届けることにもあるが、一方過去の仕事をゆっくりと見直すことにもある。今回は、ともに本人が亡くなってからまとめられた、2人のイギリス人建築批評家のアンソロジーを取り上げよう。
『A Critic Writes(ある批評家の書いたもの)』はイギリスの建築批評家・ジャーナリスト、レイナー・バンハム(1922-1988)の生涯に渡る54点のテキストを集めたものである。バンハムは、当初飛行機のエンジニアとしてそのキャリアをはじめるが、そのうち建築雑誌に寄稿するようになり、イギリスの建築史の名門、ロンドン大学コートールド研究所でニコラス・ペヴスナーの指導のもと博士論文をまとめる。そのときの論文が、彼を一躍有名にした「第一機械時代の理論とデザイン」(和訳は鹿島出版会より出版されている★2)。この近代建築史の古典ともいえる著作は、しかし一通りのわかりやすい通史というよりも、多少の予備知識を前提として書かれ、一つひとつの項目に批評的視線が添えられている。日本でのバンハム評はほとんどこの一冊で決定的になっているが、実際のところは「第一......」は彼の若くしての著作であり、その後も彼は非常に多くのテキストをものにしており、アメリカに渡った70年代以降も、イギリスの諸雑誌への寄稿は途切れることがなかった。まさに戦後イギリスのジャーナリズムを代表する人物である。バンハムの図書でほかに翻訳されているものとしては、近代建築の作品評を集めた 『巨匠たちの時代』(SD選書、鹿島出版会、1978)がある。
バンハムは、ユニークな建築批評家としばしば形容されるが、ロビン・エヴァンス(1944-1993)もまたきわめてオリジナリティに富んだ文筆家であった。AAスクールを卒業後、しばし実務を経験するが、やがて自分の道は設計にはないことに気付く。エセックス大学にてジョセフ・リクワートのもとで博士論文に取り組み、ベンサムやラスキンについて研究を進める(ここで紹介する本の序文を書いているAAスクール校長のモーセン・モスタファヴィはエヴァンスのハーバード時代の同僚であるが、彼もまたリクワートのもとで学んでいる。それ以来の親交なのだろうか)。『Translations from Drawing to Building and Other Essays(ドローイングから建物への翻訳およびその他のエッセイ)』は、エヴァンスの初期から最晩年までの比較的まとまった長さの、読み応えのある8本のテキストを集めたものである。歴史的建築からイギリスの19世紀の貧民窟、アイゼンマンの住宅プロジェクトからミースの《バルセロナ・パヴィリオン》まで、扱われている主題は多岐に渡っているが、師匠のリクワート譲りか、博覧強記、ひとつのエッセイにじつにさまざまなことがらが織り込まれている。ベンサム研究からそのキャリアをはじめたとおり、初期の刑務所の研究(1971年。ちなみにフーコーが「刑務所情報集団」をはじめたのが同年であり、「監獄の誕生」は1975年)から、1990年に書かれた再建された《バルセロナ・パヴィリオン》についてまで、視線の政治学は一貫して彼のモチーフであった。非常に惜しまれることに、彼は50歳を待たず急死してしまう。
バンハム、エヴァンスともに、社会学的考察の手法や、日常的世界への視線が、彼らの価値観を特徴付けているが、それは一方でカルチュラル・スタディーズを生み出す、イギリスという風土による文化だと言っていいだろう。
★1──『間・日本建築の意匠』(鹿島出版会、1999、第2部)。
★2──『第一機械時代の理論とデザイン』(鹿島出版会、1976)。
[いまむら そうへい・建築家]