波打ち際としての建築──『藤本壮介|原初的な未来の建築』書評

田中純
fujimoto
『現代建築家コンセプト・シリーズ1 藤本壮介──原初的な未来の建築』
著者:藤本壮介、伊東豊雄、五十嵐太郎、藤森照信
定価:1,890円(税込)
2008年4月15日 INAX出版発行
ISBN 978-4-87275-148-2

闇のなかの影絵──。本書の一節である。 それは矛盾のように思える。そんな影絵など、見えるはずがないと。
しかし、建築家・藤本壮介氏は、闇のなかの影という、あるかなきかのこのかすかな違いに、ものと空間が分かれ始める瞬間の出来事を見ようとする。
それは沈黙のなかに音を聴くことに似ている。
具体的には、35cmのムクの角材を積み上げて作る小さな住まいのプロジェクト「熊本アートポリス次世代木造バンガロー」(2005─08)として、木材という「もの」とそのあいだの「空間」との境界が限りなく曖昧にされる。
虚と実が未分化のまま、その「あわい」に、あるいは「あわい」として、建築という秩序が始まる。

本書では、そんな「建築の始まり」が10通り、それぞれプロジェクトに即して描かれている。
一貫しているのは、何かがほかのものに分化しはじめながら、完全には分離しきらない中間状態を、建築的な秩序として構成する方法の追求である。
そんなふうにして、巣になる直前の「洞窟」としての住まいが探究され、5線の消された楽譜のように離散したユニットの、音楽に似た構成が試みられる。壁でありながら壁でないような仕切りによって、開かれているとも閉じられているとも言えないような、いわば「割り切れない」空間が実現される。内と外、家と庭、家と街といった区別が、例えば入れ子状の構造によって、内かつ外、家かつ庭、家かつ街路へと二重化され、建築空間が明確な分節ではなく、ぼんやりとした密度の濃淡によって描かれるようになる。
都市であると同時に家の延長のような東京の路地や、家と都市が入れ子のようになったパサージュの空間性に向けられた藤本氏の関心は、ヴァルター・ベンヤミンの都市論を思い起こさせる。そうした空間に対するベンヤミンの感受性を育んだのは、幼年時代を過ごした、19世紀末から20世紀にかけてのベルリンという都市だった。子供は全身を使って環境を知る。そんな子供の知覚を都市論で展開したのがベンヤミンの『パサージュ論』と言えようが、そうした知覚のあり方には生態心理学のアフォーダンス理論に通じる要素がある(詳しくは拙著『都市の詩学──場所の記憶と徴候』[東京大学出版会、2007]参照)。
藤本氏の著書を読んで、そこで語られる「居場所」という概念から連想したのは、ベンヤミンの回想(『1900年頃のベルリンの幼年時代』)で物語られる家屋の回廊(内部かつ外部、家かつ庭であるような場所)であり、アフォーダンス理論で用いられる「生態的ニッチ」の概念だった。
藤本氏は、例えば家と森とが区別されない未分化な状態の住むための場所を「居場所」と呼んでいる。あるいは、螺旋状の「ぐるぐる」によって生み出された、明確な輪郭をもたないかすかな片隅が「居場所」になる。
一方、アフォーダンスとは、ある動物個体群との関係のなかで発見される環境の特性であり、このような環境がその種の「生態的ニッチ」と呼ばれる。ここには、主体と客体が未分化な状態から出発して、環境を手探りで創造し発見してゆくような発想があり、そこが藤本氏の「居場所」の思考に通じるように感じられるのだ。

藤森照信氏という良き理解者を相手として行なわれた対談は、藤本氏の発想を知るうえで具体的な手がかりを与えてくれる。「具体的」と言うのは、ほかの建築家の作品との関係が示されているからである。それは例えば、ル・コルビュジエであり、伊東豊雄氏、あるいはル・トロネ修道院などだ。
藤本氏の建築は、こうした関係づけによって、ある面ではわかりやすくなる。しかし、「建築になりはじめると嫌なんですよね」といった発言が、そうした理解に歯止めをかけている。 この対談の焦点はむしろ、建築家がコントロールできる領域とそれを越える不自由さ、あるいは、自然と人工との関係をめぐる、実作者同士の経験や方法を語り合った部分にあるだろう。そのなかで藤森氏は最後に、造形に繋がる原型は子どもの時に眼にしたもののなかにある、という指摘をしている。そして、それは藤本氏が追求する、造形活動に作用する「集団的無意識」に通じているはずである、と。
幼年時代をめぐるベンヤミンの回想への連想も、この指摘と無縁ではない。ベンヤミンを終始捉えていたのは、2つの異なる世界の中間に位置する「敷居」の経験だった。つまり、「あわい」である。境界を単純に通過してしまうのではなく、2つの世界のあわいをゆらゆらと揺れ動いているような経験──藤本氏のプロジェクトに強く惹きつけられるのは、それらがこのとらえどころのない経験を思い出させてくれるからだろうか。建築の「始まり」とは、建築へ向けてのそうした「通過(パサージュ)」そのものだから。

都市をめぐるベンヤミンの思想を追跡し、自分なりに展開した果てに、わたし自身が見出した都市経験の「原型」とは、陸と海との境界が絶えず消されては引かれる波打ち際の風景だった。アルド・ロッシもそんな風景に魅せられていたけれど、彼の作品は波打ち際に打ち寄せられた貝殻のようではあっても、波打ち際そのものに似ようとした建築ではなかった。そもそも建築にそんなことができるとは思いもしなかった──藤本氏の作品を知るまでは。
もとより、藤本氏の求める建築の秩序が、樹木や森といった自然そのものの模倣ではないように、単なる類似が問題なのではない。しかし、彼の建築や建築観からは、そんなとても懐かしい、原型的な風景を感じてならない。同時にそれは、今まで存在しうるとは思わなかった、まったく未知の建築への予感をともなっているのだけれど。
波打ち際としての建築とは、建築が建築であることを絶えず消し去っては作り変える場のことだろうか。そして、それはまた、わたしがわたしであることも忘れて遊んでいたような、「居場所」のことであるに違いない。

[たなか じゅん・表象文化論]


200805


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