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松本淳

表紙
Birkhauser, 2000
ISBN3-7643-6295-2

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21世紀を目前にして『WebSite_10+1』が立ち上がった。そして私はいま、本書を片手に、パソコンへ向かいweb版用の書評を書き始めた。「デジタル・アーキテクチャーにおける表面張力」というサブタイトルの付けられたこの本を読み進めるうちに、この行為自体が次第に無意味なものに思えてきた。私はヴァーチュアルな世界にあるデジタル・アーキテクチャーに向かい、それに関する書評をアクチュアルな形で残そうとしているのだ。ならばこのweb環境を逆手に取り、数々のデジタル・アーキテクチャーのページにリンクさせよう。まずはその扉を開けデジタル・アーキテクチャーを堪能していただきたい。

コロンビア大学やプラッツ・インスティテュートで教鞭を執り、「architecture@the edge」展のキュレーションを行なった建築家であるアリーシア・インペリアルが著した本書は、スイス連邦工科大学(ETH)で行なわれた講演「建築分野におけるIT革命」をもとに企画されたシリーズ本の最新刊として今秋刊行されたものだ。そもそも私がこの本に興味をもったのは、「New Flatness」というタイトルと「Surface Tension」というサブタイトルにある。どちらもジル・ドゥルーズの哲学用語を連想させるが、特にタイトルから近頃話題の「スーパーフラット」という現代美術アーティストの村上隆による造語が思い出された。その「スーパーフラット」というコンセプトは、哲学者の東浩紀を交えてさらに強化され、昨年から今年にかけて、日本の芸術・美術・アート・哲学・建築の各分野を横断するかたちで展開された(2001年1月14日からアメリカ・ロサンゼルスのMoCAギャラリーにおいて「スーパーフラット」初の海外巡回展が開催される予定)。建築史家の五十嵐太郎は、建築分野における「スーパーフラット」を『新建築臨時増刊 20世紀の技術と21世紀の建築node』(新建築社)や『10+1』No.22の中で、「第一に形態よりもファサードに表現を集中させるもの、第二に組織やプログラムのヒエラルキーを崩そうとするもの」として位置づける。さらに「スーパーフラット」と比較すべき概念としてステファン・ペレッラが提唱する「ハイパーサーフェイス・アーキテクチャー」を挙げ、「スーパーフラットとハイパーサーフェイスは、ともに脱3次元をめざすが、前者は次元を下げて2.5次元へ、後者は次元を上げて4次元へ向かう」としてデジタル・アーキテクチャーについて僅かながら言及する。一方、インペリアルは本書において、五十嵐が第一に位置づけた「ファサード」に代わり「サーフェイス/表層」を持ち出し、そのデジタル・アーキテクチャーの分野を主たる対象としてその「フラットネス」を検証していく。つまり本書における「ニュー・フラットネス」と五十嵐の位置付ける「スーパーフラット」とはお互いに補完する関係にあると言えよう。

そもそもデジタル・アーキテクチャーの世界においてはドゥルーズが『差異と反復』(河出書房新社、財津理訳、1992)で述べた「リアル(実在的な)とはヴァーチュアル(潜在的な)に対立する概念ではなく、ポッシブル(可能的な)に対立する概念であり、ヴァーチュアル(潜在的な)という概念は、アクチュアル(現実的な)という概念に対立するもの」という定義が機軸となって、「ヴァーチュアル」そのものについて様々な議論が繰り返されてきた。そのために哲学で用いられる概念の多くがシンクロされて用いられる。本書においても同様で、ドゥルーズやフレドリック・ジェイムソンといったポストモダンの理論家によって議論された「表層」「奥行き」「襞」を主題に、様々な水準での「フラットネス」が語られている。例えば「Body Surfaces」(第1章1節)においては内外を連続させる「表層」として「クラインの壺」と「メビウスの輪」のモデルが示されて、内/外の区別をも無化させるような「表層」の存在が示された。このようにしてアーキテクチャー全体における「表層」の種類が次々と示される。「Media Surfaces」(第2章4節)ではベルナール・チュミによる《ガラスのヴィデオ・ギャラリー》を、「Folded Surfaces」(第2章5節)ではダニエル・リベスキンドによる「ヴィクトリア&アルバート美術館」を、「Mapped Surfaces」(第2章6節)ではザエラ=ポロ&ファッシド・ムサヴィ(Foreign Office Architects)による「横浜国際客船ターミナル」を、そして「Topological Surfaces」(第2章7節)ではベン・ファン・ベルケル&カロリン・ボス(UN Studio)による《メビウス・ハウス》というように。実際に建設された作品や近く建設される予定の作品を取りあげることで、よりリアルにヴァーチュアルとアクチュアルの間を埋めようと試みる。なかでもフランク・O・ゲーリーがスペインのビルバオにある《グッゲンハイム美術館》で試みた、航空宇宙工学で用いられる3次元CADソフト(CATIA)の建築への適用が、デジタル・アーキテクチャーからアーキテクチャーを難なく取り出せる時代が目前まできていることを私たちに思い知らせる。結局のところインペリアルの言う「ニュー・フラットネス」とはヴァーチュアルとアクチュアルを繋ぐフラットな世界を指しているのではないだろうか。


筆者によるデジタル・アーキテクチャー・リンク選
[Alicia Imperialeのホームページ]
http://www.arch.columbia.edu/at_the_edge/ROME2000/architects/imperiale/index.html
[Alicia Imperiale自身によるレクチャーのページ]
http://www.arc.uniroma1.it/SAGGIO/Filmati/ETHZ/ETHZINDEX.html
[Alicia Imperialeがキュレーターをつとめるat_the_edgeのホームページ]
http://www.arch.columbia.edu/at_the_edge/
[Greg Lynnのページ]
http://www.glform.com/
[Asymptoteのページ]
http://www.asymptote-architecture.com/
[Marcos Novakのページ]
http://www.centrifuge.org/marcos/transtalk/transframesMain.html
[Kas Oosterhuisのページ]
http://www.oosterhuis.nl/flashsite/index.htm
[UN studioのページ]
http://www.unstudio.com/
[Reiser & Umemotoのページ]
http://www.arch.columbia.edu/at_the_edge/ROME2000/architects/reiser_umemoto/
[MVRDVのページ]
http://www.archined.nl/mvrdv/mvrdv.html
[東浩紀のホームページ]
http://www.t3.rim.or.jp/~hazuma/