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特集:201101 2010-2011年の都市・建築・言葉 アンケート<

坂牛卓

一年間の重要な出来事はいくつかのフェーズでパラレルに起こっており、それらを細かに関連付けながら記述することは不可能に近い。ここでできることはそうした問題系の一断面を切り取ることに過ぎない。そこで自分の活動の片足を置く信州における一連の出来事を中心にそこから派生する興味について記してみたい。

Ⅰ antipodas 10★1


先ずは手前みそだがアルゼンチンの建築家を信州大学に招いて行ったワークショップantipodas10について紹介したい。このワークショップはヴィニョーリを輩出したブエノスアイレス大学で教える建築家ロベルト・ブスネリを招いて行われた。ロベルト氏の基調講演、地元建築家を交えたシンポジウム、学生に対する短期課題とその講評、そしてアルゼンチン建築の展覧会という4つのイベントを通して「都市のコンテクストを考える」試みであった。
このテーマはもちろん長野とブエノスアイレスに固有のテーマではない。いやむしろ逆に今や世界のいかなる都市においても避けて通れないテーマと言えるだろう。しかし長野は特に歴史街区との関係、あるいは自然との関係が建築設計に強く影響する場であり、世界の都市とこの問題をどのように共有できるか考えてみたかった。
その結果、都市のコンテクストのとらえ方においてブエノスアイレスと長野という距離の差を超え、ロベルト氏とわれわれ日本の建築家、歴史家が同様の認識にあることを強く感じるものだった。そのひとつは建築とは常に手入れされ更新されていくものであること(解体新築ではなく)、モダニズム建築は更新されていくことを原理的に拒否する地点から設計されているものであり、そうした考えの反省の下に次世代の建築を考えねばならないこと、などであった。

市内の蔵を借りて学生がすべて作り上げたアルゼンチン建築展会場

Antpiodas10とは地球の裏側と交流を持つという意味でつけたイベントタイトルである

Ⅱ 長野市民会館の解体


さてこうした問題と関連する出来事として長野市民会館の解体について紹介したい。
現在地方都市のいたるところで起こってきた役所の耐震性能の不足とそれに対する対処がここ長野でも問題になっている。役所建築の老朽化に対して行政の合併を支援する合併特例債という国からの有利な借金が可能となり、合併行政は役所手入れのチャンスを獲得している(長野市もそのひとつである)。そんな中、1)耐震補強、2)中古大型建築(大規模小売店舗や工場など)の再利用、3)新築、という選択肢を行政は選択することになる。工場をリニューアルした山梨市役所はそのデザインも含めて2)の優れた事例であろう。長野では県庁は耐震補強を行ない市役所は新築する提案がなされた。そしてこの新築に伴い、市役所脇に建っている老朽化した宮本忠長の名作長野市民会館を解体し、その跡地を市役所新築の種地とする案が浮上し市民の間で物議を醸している。
役所の説明は、市役所を耐震補強して使用してもいずれ建て替えなければならない。そのことを考えるなら現在使える有利な合併特例債を使うべきで、それが市民負担を最小に抑えるというものである。もちろんこの説明は一貫して合理的ではあるが、そのために壊すことになる市民会館の文化的価値については一顧だにされていないところが問題である。つまり手入れして更新するという考え方が欠如している。
長野では善光寺を含めた門前町の文化的価値については市民も深い理解を示すのだが、モダニズム建築については使い捨て感覚が強い。このことは恐らく日本全国同様であり、今後日本のモダニズム建築の価値を継承していくうえでは禍根を残すものになるのではないかと危惧するできごとである。

煉瓦とコンクリートスクリーンのファサードが印象的な長野市民会館

Ⅲ arts chiyoda


さてそういう意味でモダニズム建築の手入れ更新を考えていく良い事例として最近身近に現われちょくちょく覗きに行く場所となったarts chiyoda(2010年2月オープン)を挙げておこう。この施設は千代田区の名門練成中学校をアートセンターに作り替えたお手入れ建築である。運動場は区民に開かれた前庭と化し親近感が湧く。加えて運営プログラムも秀逸であり区民の憩いの場としての本来のアートの在り方を感じる場となっている。アートは身近にあってなんぼのものであり、こうした使われ方は好ましい。

Ⅳ 島キッチン


またモダニズムのお手入れではないが、お手入れ的増築(テンポラリーなので厳密には増築とは言えないが)として昨年とても感銘を受けた建築は、瀬戸内芸術祭において豊島に作られた「島キッチン」である。民家の周囲に庇を付けただけの簡易レストランである。とはいえ、設計者の安倍良さんの優雅なデザインと、構造の金田充弘さんによるその場所で手に入る構造部材のコラボレーションは、考え方もデザインもすべてが合点のいく素敵な建築であった。

島キッチンの優雅な屋根と構造

全国各地で様々な建築が壊されていく中で少しでもその価値に目を向け手入れ更新されることを願っている。その意味で2011年も、こうした動きに敏感でありたいと思う。しかしここで述べていることは単なる歴史的価値や風土的価値の盲目的な保存のことではない。既存の価値に現在を刻印しながら更新していくことであり、その困難を乗り越えていく勇気と努力のことである。
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