ENQUETE

特集:201101 2010-2011年の都市・建築・言葉 アンケート<

足立元

[1]
2010年における美術展の個人的なベストは、「HEAVEN 都築響一と巡る社会の窓から見たニッポン」展(広島市現代美術館)である。これは、90年代からゼロ年代に至る20年間の、日本の都市や人びとを捉えた、地を這うような観察と軽妙で生々しい報告からなる展覧会だ。若者たちの狭い部屋、秘宝館、失われたカラオケLDなど、本当に面白いものは、欧米を崇拝し流行を追いかける中にではなく、むしろ日本の見捨てられた場所の中にたくさん見つけられることを教えてくれる。
同展の冒頭に掲げられたテキストで、都築は「僕はジャーナリストだ。アーティストじゃない」と言いきっていた。これに対して、彼の写真はアートそのものだし、アーティストとジャーナリストを相対させる図式が古いと批判する向きもあった。けれども、日本近代の歴史をさかのぼれば、『滑稽新聞』の宮武外骨、「考現学」の今和次郎をはじめとして、ジャーナリズムでありつつ、今から見れば「アート」にほかならない営みをしていた人びとが、何人もいた。都築響一は、まさにその系譜につらなる人物にほかならないと思われる。ただ、こうした人びとを何と呼んでよいか、まだ分からない。さしあたって、「ジャーナリスト」という呼称は、アーティストを含むものとして捉えてよいのではないだろうか。ジャーナリズムが地に落ちてその復権が唱えられている昨今、その役割の本質的な再考が求められているのだから。
同展の隣で開かれていたコレクション展「収蔵庫開帳!広島ゆかりの作家たち 選・都築響一」もまた、素晴らしかった。それは、セレクションの妙というだけではなく、何よりも都築が書いたキャプションの、胸を打つような文章の巧さという点で圧倒的であったのだ。マンネリと来館者数減と資金減にあえぐ多くの美術館の常設展でも、日本語の文章力の強化は低コストで有効な改善策として見倣ってほしい。
国外も含めれば、2010年に最も感動した美術展は、韓国・ソウルで見た「アジアのリアリズム」展(韓国国立現代美術館徳壽宮別館)である。これは、19世紀半ばから1980年代までの、アジア10カ国のリアリズム絵画を、国別ではなくテーマ別にシャッフルして並べたものである。例えば、日本の戦争画の横に、韓国、中国、フィリピン、ヴェトナムなど、アジア各国の戦争をモチーフにした絵画が並ぶ光景は、凄まじかった。これは、2005年に東京国立近代美術館などで開催された「アジアのキュビスム」展の続編だけれども、残念ながら日本には巡回しなかった。 ソウルでは、ドミニク・ペローが設計した梨花女子大学校のキャンパスも見た。神が大地を二つに割ったかのような、荘厳な迫力のある建物である。地下を掘るタイプの建物は最近流行っているが、これは地上から見える半地下の部分も上品でさりげない美しさをたたえている。もっとも、開催中の「ドミニク・ペロー 都市というランドスケープ」展(オペラシティアートギャラリー)は、急ぎ足で見たせいか、それほど印象的ではなかった。
[2]
2011年のことは、宣伝めいてしまうが、自分が関わっている範囲で答えたい。
今年の4月に開催される「原爆を視る」展(仮題、目黒区美術館)は、おそらく2011年で最も重要な展覧会の一つとして、衆目の意見も一致するはずだ。これは、1945年から1970年までの「原爆」をモチーフにした絵画・建築・写真などを一挙にあつめるという企画である。2009年に「'文化'資源としての〈炭鉱〉展」展を企画したキュレーターの正木基氏とアシスタントキュレーターの石崎尚氏のコンビが、再び死力を賭して壮大な展覧会をつくっている。この秋に刊行予定の『マンガの文化事典』(朝倉書店)も、要注目だ。歴史だけでなく制作技法や著作権など、マンガに関わりうるすべての大事な知識を網羅しようとしている。事典としては、この「10+1 web site」と無関係ではないが、「Artscape 現代美術ワード 2.0」もこの秋にオンラインで公開される。これは、10年前にArtscapeのウェブで公開された美術事典を、時代の変化に伴ってアップデートするよう、30歳前後の若い世代の書き手たちによって、全ての項目を新たに執筆しなおすという大プロジェクトだ。そして、今年の冬には刊行されるであろう大きな書物として、『日本近現代美術全史』(東京美術)がある。これは幕末から現在までの日本近現代美術史を、改めて読み物となるようなかたちで集約したものである。2007年の『日本近現代美術史事典』(東京書籍)からどのように進化・深化しているか、大いに期待される。私は、1930年代前半の部分を担当している。
  最後に、今年の前半に出る自著『前衛の遺伝子 前衛芸術と社会思想』(仮題)も鋭意準備中である。これは、20世紀前半の日本における、アナキズム、共産主義、ファシズム、占領政策、戦後民主主義といった社会思想と前衛芸術との具体的な関わりを論じたものである。例えば、大杉栄の美術運動、プロレタリア美術とエロ・グロ・ナンセンスの意外な共通点、戦時下の紙製凶器と呼ばれた右翼雑誌に長年連載されていた美術評論など、面白いネタに満ちているとは思う。ただ、そうしたネタの面白さのみならず、アナキズムを出発点としつつ様々な社会思想に絡んで自壊してゆく前衛芸術の特質を暴くことで、昨今のミュゼオロジーや公共政策などで論じられる穏やかな「芸術と社会」の認識を根底から問い直したいと企んでいる。
INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引 『10+1』DATABASE
ページTOPヘ戻る