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特集:201201 2011-2012年の都市・建築・言葉 アンケート<

唯島友亮

「草もなく木もなく実りもなく吹きすさぶ雪風が荒涼として吹き過ぎる。はるか高い丘の辺りは雲にかくれた黒い日に焦げ、暗く輝く地平線をつけた大地のところどころに黒い漏斗型の穴がぽつりぽつりと開いている。その穴の口の辺りは生命の過度に充ちた唇のような光沢を放ち、堆い土饅頭の真中に開いているその穴が、繰り返される、鈍重で淫らな触感を待ち受けて、まるで軟体動物に属する生きもののように幾つも大地に口を開けている。(...中略...)どういう訳でブリューゲルの絵には、大地にこのような悩みと痛みと疼きを感じ、その悩みと痛みと疼きによってのみ生存を主張しているかのような黒い円い穴が開いているのであろうか」(野間宏『暗い絵』[1946])。

野間宏『暗い絵・顔の中の赤い月』

2011年、最も強い印象を残したイメージはやはり、僅かな基礎を残して何もなくなってしまった街と、毎日延々と放射能を撒き散らし続ける原子力発電所の映像であったと思う。
ひとつの災害や事件を他のそれと比較することなどできないが、1995年や2001年のそれを超えるショックを与えたのは、一瞬にして消去されてしまった人々の営みと、消したくても絶対に消すことができない建築物(=原発)との圧倒的な対比であったように記憶している。

震災のあと、私たちは、一方では原発にぽっかりとあいた大きな穴が塞がれてその内部に放射能が閉じ込められることを願いつつ、他方では「節電の夏」という号令の下、汚染されているかもしれない外気や、再び襲い掛かってくるかもしれない自然に対して「開く」ことに戸惑いながら、閉じきられた部屋の窓をおそるおそる開き、扉をあけて、日常生活のなかへと戻っていった。
原発事故や計画停電を経た後では、空気や風や光といった存在は、明らかにそれまでと違うものに感じられるようになったし、そうした環境要素に対して「開く」あるいは「閉じる」ということが以前にも増して意識的に行なわれるようになったと思う。

震災直後、窓を開けるという何気ない日常行為は、外部の何を受け入れ、何を拒絶するのかを表現する手段として、世界(あるいは放射能)に対する意志の表われとなっていたのであり、少し大袈裟に言えば、開閉された窓や扉のなかにそこに暮らす人それぞれの世界観が表明されていたようにも思う。それらが連なる風景は、ある種の演劇性を帯びた無数の意志の集合体として、どこか生命の尊厳を暗示するような力を持っていた。

「はじめに閉じた空間があった──と私は発想する。この閉じた空間に孔を穿つこと、それがすなわち生であり、即ち建築することである。閉じた空間は、死の空間であって、世界とのいかなる交換もなく、なにものをも媒介しない。境界は、絶対的に強く、私は偶然にもほんの瞬時、境界を破ることが許された。私は、生きた記念に建築し、無数の人々の建築を見る。建築は、ことごとく孔をうがたれた空間であって、建築の内部と外部には、光や風がゆき来して、人が訪れ、子供たちが出てゆき、五月の香りが流れ込んで、母親の乳がわき出た。(...中略...)境界は、あらゆるものを選別し、あるものにたいしては拒絶を、あるものにたいしては進入の許可を与える。そのため空間は、はてしなく続く人々の遭遇と出来事を誘起する媒介者となりえた」(原広司「境界論」『空間〈機能から様相へ〉』[1981])。

原広司『空間〈機能から様相へ〉』

原発エネルギーへの依存を減少させることを目指し、全面的な「省エネ化」が標榜されている現在の社会的枠組のなかで要請されているのは、「住宅エコポイント」や「次世代省エネルギー基準」といった建築性能評価基準に顕著なように、断熱性・気密性の高められた外皮によって密閉されたエネルギー効率の高い空間をつくりあげ、環境への負荷を減らしていくことである。

そうした枠組がつくりあげる「エネルギーを閉じ込める覆いとしての建築」というイメージは、皮肉なことにどこか原発の空間へと接近していくようにも思われるが、重要なのはその枠組が設定する「閉じた空間」の被覆をどのような方向へ開いていくのかということであり、その開き方、すなわち孔の穿ち方こそが「エネルギー」と「環境」の関係を、「私」と「世界」の関係を、「住居」と「自然」の関係を予告するのである。

大地に、あるいは原発の表面にぽっかりとあいた穴を見つめながら、私たちは、省エネの時代に要請される「閉じた空間」に、不可視の可能性と危険を孕んだ外部へ向けてどのような孔を穿つのか。それを通じて何を受け入れ、何を拒絶し、何に向けて手を差し出すのか。震災を経た現在、その想像力と意志の表現こそが今まで以上に問われているように思われる。
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