ENQUETE

特集:201301 2012-2013年の都市・建築・言葉 アンケート<

田中浩也

今年は、建築・都市に関心を持つ方々にも、「メイカームーブメント」や「パーソナルファブリケーション」という用語が届いた年ではないかと思う。デジタル工作機器の登場により、コンピュータ画面上のモデル(ビット)と実物(アトム)の距離がかつてなく近くなり、相互に往来が可能となった。その結果、「デジタル&デスクトップ・ファブリケーション」という新しいつくりかたが生まれ、「個人(市民)」による新しい「ものづくり」──家内制機械工業──がはじまった。その影響が、生活・文化・社会から産業まで広く行き渡り始めている──というのが簡単な要約である。これは、パーソナル・コンピュータ、インターネットに続く大きな「技術の社会化」の波であり、「つくることの民主化」を目指した新しいDIY運動、あるいはDIWO(Do It With Others)運動でもある。おそらく2012年が「元年」として記録されることになるだろう。私もFabLabを中心にこの運動を(自分視点で)過去数年間推進してきたのだが★1、今年は『WIRED』の元編集長クリス・アンダーソンによる『MAKERS──21世紀の産業革命が始まる』(NHK出版、2012)が出版されるに至り(ある意味で「まとめ本」!)、その後、急に状況が一変して身辺が慌ただしくなったように感じている。なんだか社会のどこかでアクセルが踏まれたようなのだ(私の身の回りだけかもしれないが......)。

アンダーソンは、組織=大企業(メーカー)ではなく、ものをつくる「個人」のことを「メイカー」と呼んで区別し、そうした人々の出現から導かれる製造業の未来を論じている。彼のヴィジョンは、大企業(メーカー)がなくなることはけっしてないものの、その周辺に無数のイノベーティヴな「個人メイカー」が生まれ、よりロングテールでニッチな製品が多品種に生まれるというものである。
アンダーソンといえば、もともと「ロングテール」や「フリー」といった概念を提唱し、まさにデジタルの申し子、情報社会のヴィジョナリーと認知していた人も少なくない人物であろう。その彼がいま語るのが「もの」であり「未来の製造業(ものづくり)」なのだ。情報(ビット)から、物質(アトム)へと急に振り子(関心の矛先)が大きく戻ったことに、戸惑っている読者も多くいるような気がしている(特に情報系界隈)。
しかし『フリー』と『メイカーズ』のあいだには繋がりがある。「フリー」において彼が最終的に出した結論は「情報は無料になりたがる」というものであった。もともと、ウェブは「シェア」や「オープン」に適した(原点を振り返れば、まさにそのためにこそ、生み出された)インフラである。だから、そのうえで希少性や独占に根ざした「囲い込み」の経済はそもそも摂理に反したものなのだと。
そのうえで、次のように考える。ウェブ上では、オープンにアイディア(情報)が共有される「文化」をフル回転させ、一方の実世界では、世界の資源の有限性に根ざした「ものづくり」を行なう。そのうえで、両者(ウェブ=情報=アイディアと、実世界=物質=プロダクト)を相互補完的に組み合わせて循環させる。アイディア(情報)が「もの」に落とし込まれるとき/「もの」が情報(ストーリー)となって発信されるとき──それぞれ生じる変換価値を凝視してみる(前者は「設計」、後者は「広告」だ)。ウェブとリアルにそれぞれ別の役割を与えて切り分けたうえで、もういちど繋ぎ合わせてみたとき、その接点から「新しい経済」が生まれる。そのような「価値生成」モデルを今後の社会のスタンダードと考えてみてはどうか。これが彼の根底にある着想である。情報と物質の相互変換を無限反復する──ある意味で二元論だ。

じつは、私が渡辺ゆうかと切り盛りするFabLab Kamakura★2でも同じような議論を行なってきた。"グローバルにアイディアを共有する文化と、ローカルな「地産地消のものづくり」の二つの接点から新たな経済圏をつくることは可能か?"。私たちはネット上のFabLabコミュニティ(ものづくりという共通の専門的関心を持つ世界的なネットワーク)とSkypeで「常時」連絡を取り合い、一方で鎌倉という地域のコミュニティ(さまざまな世代・国籍・職種が混在する、多様な関心の人のネットワーク)とも「日々」接してきた。そして地域の素材(マテリアル)を採取しつつ、一方デジタルなデータ(ウェブ上でオープンソースにしている)を用いて創作を行なってきた。150年前に建てられた木造の古い酒蔵に、わざと不釣り合いとも言える3次元プリンタやパソコンを持ち込んで「デジタル・ファブリケーション」を実践してみた(おまけにその出力物には手で漆を塗ったりしてみているが、これはまだ実験段階)。グローバル/ローカル、マテリアル/データ、アナログ/デジタル、オールド/ニュー、どちらに寄ることもなく、その接点に立って「二つの世界(社会・状態)が混在する状態」を過ごしてきた。「混淆」や「折衷」──そのあいだから、かすかに取り出せる「ギャップ」や「微差」「違和感」こそを創造性の源泉としてきた。異質なるもののあいだに立ち続けることでしか、取り出せない種のアイディアに賭けてみようと考えてきた。
......幸いその成果は出つつあると思う。マテリアルとデータは化学反応を起こし、不思議なプロダクトが生まれつつある。そして、それがまちに浸透し始め、「ものづくりがグローカルになる」ことの意味を私たちは実感しつつある。アイディアを世界で共有しつつも、地域が必要とするものを、地域でつくるのだ。いまはこの実践に手応えを感じているため、手綱を緩めたくない。

1──FabLab Kamakura結のファブ(オープンラボ)の様子

★1──「10+1 website」2011年5月号(特集=パーソナル・ファブリケーション──(ほぼ)なんでもつくる) URL=https://www.10plus1.jp/monthly/2011/05/
★2──FabLab Kamakura URL=http://fablabkamakura.net/

ところで「メイカームーブメント」や「パーソナルファブリケーション」の運動を続ければ続けるほど、大量生産を前提としてきた「プロダクト」の世界が、「建築」の世界に漸近しているように感じられる点は不思議だ。「パーソナルファブリケーション」は、一品生産を可能とする仕組みである。たとえば、私の研究室に所属していたある学生は、家のある場所に取り付ける「カーテン」をデザインする際に、そこを通る人の視線の交錯、日光の軌跡、風の様態などをすべて調査分析したうえで、プログラムを組み、シミューレションを行ない、その場所にしかない「サイト・スペシフィック」なカーテンをつくりあげた[図2]。大量生産のカーテンではなく、場所適合的な一品生産のカーテン。それはまるで建築のようなつくりかただと思った。
また「業界」について言っても、アンダーソンのいう、大企業の「メーカー」と個人の「メイカー」が共存する未来の製造業というのは、大手設計事務所と個人によるアトリエが共存する建築業界の姿とどこか似ているようにも感じる。アトリエ建築家とはもともと、「パーソナルファブリケーション型」(そこにしかない適合的な一品生産)や「メイカームーブメント」(個人の創造性を最大限に発揮する職能モデル)であり、そして地産地消型ものづくりの拠点でもあったのだ。

2──サイト・スペシフィックなカーテン(設計・制作=岩岡孝太郎)

このように「プロダクト」が「アトリエ建築」に近いものになっていくとして(雑誌『ねもは003』のインタヴューで、私はそれを冗談半分に「すべてが建築になる」と呼んだ)、では「建築」そのものはこれからどうなるのか?
それがたいへん難しい。設計の視点から考えても、じつは私にも答えが良くみえない。ただ、計画の視点から考えてみれば、「家内制機械工業」を実装した新しい「住宅」が求められることはほぼ間違いないのではないかと思う。「ファブ」と「カフェ」を融合したモデルはすでに現われた(「ファブカフェ」★3)。次は「ファブハウス」──小さな工場(デスクトップ・ファクトリー)を宿した住宅が必要とされる。それは、つくることとすまうことが隣接し、つかいながらつくられる建築になるだろう。ということは、この論理を推し進めれば、極論だが究極的には、すべての住宅が「アトリエ事務所」のようになっていくのではないだろうか? 「パーソナルファブリケーション時代の住宅」──来年はこの問題をさらに掘り下げて考え、そして実際に実現してみたいと考えている。

★3──ファブカフェ(設計=成瀬・猪熊建築設計事務所) URL=http://www.fabcafe.com/

震災に関して。市民包摂型ものづくり施設FabLab Kamakuraを切り盛りするひとりとして、「石巻工房」★4の弛まぬ発展と勤勉な持続に深い敬意を表します。協同プロジェクトが生まれる日に備えて、日々FabLabでも新しいものづくりの可能性を磨いていたいと思っております。

★4──石巻工房 URL=http://ishinomaki-lab.org/


INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引 『10+1』DATABASE
ページTOPヘ戻る