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特集:201301 2012-2013年の都市・建築・言葉 アンケート<川島範久
東日本大震災がきっかけで、バークレーと日本のあいだで、建築とエネルギーに関する対話が始まった。そして、この対話は今後も良い方向に発展していくと思う。昨年、私はカリフォルニア大学バークレー校(以下、UCバークレー)の客員研究員として、カリフォルニアのサステイナブル建築デザインに関する研究を行なってきた。今回は、その経緯と学んできたことを紹介したいと思う。
ARCHITECTURE. ENERGY. JAPAN. 2012
東日本大震災発生の5日後、UCバークレーで、デイナ・バントロック教授
- 左=ARCHITECTURE.ENERGY.2011(TOKYO, 2011.06.23-26)
右=ARCHITECTURE.ENERGY.JAPAN 2012(BERKELEY, 2012.08.06-10)
ソフトウェア/デザインとエンジニアリングの統合/LOISOS+UBBELOHDE
LBNLはこれまで環境解析のためのソフトウェアをいくつも生み出してきた。近年の代表的なものとしては、光環境シミュレーションのソフトウェア「Radiance」がある。エネルギーモデリングのソフトウェア「EnergyPlus」の開発にもLBNLは大きく貢献した。どちらもオープンソースとして公開されているのであるが、これらのソフトウェアを駆使した環境建築デザインの実践を行ない、フィードバックによってソフトウェアをも進化させ、ときに自らも解析プログラムを開発する、ユニークな建築事務所がアラメダにある。その名前は、LOISOS+UBBELOHDE(以下、L+U)
私は、L+Uの事務所で、彼らの解析・フィードバック手法を学びながら、実際の設計プロジェクトを進めた。そこで気づいたことは、ソフトウェアを用いた環境解析は、必ずしも数値目標を達成するためだけのものではないということである。光・風・熱・エネルギーといった環境事象を、ソフトウェア等を用いてヴィジュアライズし、設計にフィードバックする感覚は、設計者がスケッチや模型やCGを作り、案の現状を把握し、次のスタディへフィードバックするのと非常に近しいと感じた。また、L+Uのプロジェクトに、かつての太陽望遠鏡を、太陽光を地下階まで届ける導光システムにコンバートした研究所がある。本来存在しえない場所に太陽の光が存在するという現象を、ソフトウェアを用いた高度な解析・設計を通して実現していた。当初は地震力や風圧に耐えるための構造を設計するために考案された計算法やソフトウェアが、新しい構造空間をつくるのに活かされたように、このような新しい環境空間を実現するために、環境解析のためのソフトウェアが用いられていく可能性は十分にあると感じた。
- LOISOS+UBBELOHDEのウェブサイト
- L+Uが設計した太陽望遠鏡をコンバージョンした導光システム
CALTECH LINDE+ROBINSON LAB FOR GLOBAL ENVIRONMENTAL SCIENCE
- シャフト内に取り込んだ太陽光をミラーで室内に取り込む(左)。一部では、光ファイバーによって照明装置としても利用(右)
アメリカの環境政策をリードするカリフォルニア州
しかし、このL+Uのようなビジネスモデルが成立する背景には、カリフォルニアの環境政策をはじめとする社会システムがあることを忘れてはならない。1990年代に国際政治の議題の中心となった地球温暖化対策に対して、ヨーロッパ諸国は積極的な姿勢をとった一方で、アメリカ・ブッシュ政権は2001年に京都議定書から離脱した。グローバリゼーションと市場原理主義は、冷戦終結以降さらなる勢いで進行し、2008年のリーマンショックまで衰えることなく続き、アメリカにおける環境政策を後退させた。しかし一方で、州は、気候変動に対して、連邦政府よりも積極的に行動を起こしてきており、すべての州は、2006年までに気候変動に対応する措置を講じてきた。そのなかでリーダーシップをとってきたのは、カリフォルニア州だった。アメリカ合衆国の一人当たり電力消費量は1973年から1.5倍に増加したのに対して、カリフォルニア州ではほぼ変化がないという事実が、カリフォルニア州の特異性をよく表わしている
- アメリカ合衆国とカリフォルニア州の一人当たりの電気使用量
エネルギー供給側に対する規制/デカップリング制度
アメリカでは、発電・送配電・小売りの分離・送電網へのアクセスの自由化などが進んでおり、州によっては小売の自由化も進んでいる。カリフォルニア州では、電力小売り業者に対する、再生可能エネルギー比率の増加の基準の設定、義務化も進められており、固定価格買取制度も導入された。太陽光発電設備、風力発電や燃料電池など他の分散型発電に対する奨励金、グリーン・ビルディング等を推進するさまざまな省エネルギー・プログラムも存在する。注目すべきは、これらのプログラムをリードして進めているのが電力会社である点である。その背景のひとつに、カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)主導によって進められた、1982年から導入された(全米初の)電力会社の売上と利益を分離する「デカップリング制度」がある。あらかじめベースとなる電気料金と料金収入見込みを定めておき、実際の料金収入が想定を下回った場合には電気料金を上げ、減少分を補填し、逆に実際の料金収入が想定を上回った場合には、電気料金を下げ、増加分を需要家に還元するというものである。これにより電力会社は電力をより多く販売しても利益増加にはつながらなくなり、利益増加のために発電コストを削減しようとするインセンティブが働くようになっている。発電コストを削減する手段としては、①需要を抑えること、②需要側で発電すること、③電力負荷を平準化することのおもに三つがある。需要を抑えるために、建築設計者に省エネルギー性の高い建物を設計してもらうことも重要と考え、設計者を対象とした教育プログラム
マンダトリーとヴォランタリー/TITLE 24、LEED
カリフォルニア州は、かつてから大気規制について国内でもっとも厳しい規制を敷いてきており、2005年には、温室効果ガスを2020年までに1990年の排出値まで減少させ、2050年までにさらに80%削減するという州法を用意した。2008年にはカリフォルニア州長期エネルギー戦略計画という長期計画が採択され、2020年に新規住宅のゼロエネルギー化、2030年に新規商業建築のゼロエネルギー化を義務付けることが明記された
「サステイナブル・デザイン」は建築家のテーマか?/LATS 10
私はLATs(Library for Architectural Theories)という読書会に参加していた。第10回のエドマンド・バークの『崇高と美の観念の起源』の書評の最後で、難波和彦は次のように述べていた。「快適な生活を確保しながら、地球環境に優しい建築をつくることが、サステイナブル・デザインの目標である。しかし快適性とはいったいなんだろうか。(...中略...)数値によって示すことができる物理的・身体的な快適性は共有されやすい。しかし、ハードなエンジニアリングと同じように、その共有感は弱い。私見では、建築家が物理的・身体的な快適性にあまり興味を惹かれないのは、共有感の弱さにあるのではないかと思う」 。この書評は難波和彦がAEJ2012に参加した直後に書かれたもので、ワークショップのテーマのひとつであった環境解析を用いた設計アプローチに対して向けられた批評でもあった。これを読んで私は、そのとおりかもしれないと妙に納得してしまった。なるほど、カリフォルニアにおいて社会システム設計に関する議論が盛んなのは、その「共有感の弱さ」を認めたうえで、社会システムによってサポートしようと考えているからなのかと。
ポリティカルコレクトな快適性・省エネルギー/ヒューマンビヘイビアの再考
2012年11月にカリフォルニアのサクラメントで行なわれた、「Behavior, Energy and Climate Change(BECC)」
というカンファレンスに参加した。省エネルギーの必要性を理解しながらも、省エネ行動になかなか移すことができないヒューマン・ビヘイビアを、工学のみならず、心理学や社会学といったさまざまな観点から議論することが目的のカンファレンスである。建築物における省エネルギーの義務化等がすでに進んでいるカリフォルニアにおける社会システム設計は、次のフェーズに移ろうとしていた。東日本大震災・原発事故が起き、言うまでもなく、日本における省エネルギーの重要性は増した。しかし、それは建築や都市を設計する際の「主題」である必要はなく、「当たり前」のこととしてやるようになればいい。日本には現在、事業主の判断基準や次世代省エネ基準等は存在しているが、いずれも法的拘束力を持たないヴォランタリーなものである。しかし、2013年4月から現在の建物に係る省エネ法の基準が変わり、2020年を目途に「適合義務化」されると言われている。基準を満たさない建物を建設できなくなるため、省エネルギーに対する認識と設計手法は変わらざるをえない。健康でいるために必要な快適性や地球環境を保全するために必要な省エネルギーといった、ポリティカルコレクトな快適性と省エネルギーは、このようなマンダトリーな制度によって達成していくのが適切である。むしろ、私たちが議論しなければならないのは、どのような新しく豊かなライフスタイルを、どのように少ないエネルギーで実現できるかであろう。それには、都心と郊外、職場と住宅の関係性、交通といった都市システムの再考はもちろんのこと、そもそもの働き方・暮らし方といった、ヒューマンビヘイビアの再考が必要なのだろう。バークレーで生活しながらも、スカイプ等を使って日本とも仕事をした経験を通して、情報技術の進化によって働き方の選択肢が確実に広がってきていることを実感したし、豊かな自然と気候そのものを楽しみながら生活するという、近代都市が追い求めてきた価値観とは異なる暮らし方があることも体感した2012年だった。