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特集:201401 2013-2014年の都市・建築・言葉 アンケート<

坂牛卓

●A1
ちょっと古い本なのだが、鷲田清一『「聴く」ことの力──臨床哲学詩論』(阪急コミュニケーションズ、1999)は、今年読んだ本でとても印象的だった。哲学はそもそも対話から始まったものなのに、ある時から自らを深く「反省」して物事を「基礎づける」学問となり、現在その方法ではにっちもさっちもいかない危機を迎えているという。アドルノも同様の批判を行ない、そこからの脱却の方法として彼は「エッセイ」という方法を挙げた(「形式としてのエッセー」[『文学ノート』みすず書房、2009])。僕ら理工系大学人はよく「君の論文はエッセイのようだ」とこの言葉を否定的に使う。それは論文というものが今でも「基礎づける」ことで成り立っていることの裏返しである。ということは、アドルノに言わせれば、論文という方法に基づく大学での知の生成には限界があるということでもある。
「反省」「基礎づけ」という自己閉塞的な方法論の否定は、「自己が語ること」から「他人を聴くこと」を必然的に招来する。この「聴く」という動作は「触れる」という動作と密接に関連し、「触れる」は「さわる」と異なり自─他、内─外、能動─受動の差異を超えた動作なのだと言う。ここまで来ると「聴く」とは新たな哲学の位相であり、「聴く」力とは単に音を聴くということを超え、身体が何かを「享ける」力と言い換えてもよい。
この力はとても示唆的である。おそらくこれから建築を作っていくうえで重要な要素のひとつなのだと思う。われわれ建築家が「享ける」べきものはさまざまある。建築を使う人であり、場所であり、材料であり、作る人である。そうしたさまざまな作用をトータルに「享ける」ことをベースとして、極度に基礎づけられていないエッセイのような建築があるのでは?と感じている。原理(アルゴリズム)に縛られ過ぎず、「享けた」ことに柔軟に対応する少々気まぐれなやり方が建築をもっと楽しくしていくのかもしれない。

鷲田清一『「聴く」ことの力──臨床哲学詩論』/テオドール・アドルノ『文学ノート』

●A2
2013年の秋ブエノスアイレス国際建築ビエンナーレに招待された。このイヴェントは今年が13回目。日本からは私が参加し、3週間の展覧会と1週間のレクチャー・シリーズが行なわれた。レクチャー・シリーズには世界各国から50名近くの建築家が招待され、連日一人50分のレクチャーが連続して行なわれた(ちなみに私の前に話したのは、元モルフォシス主宰者マイケル・ロトンディだった)。展覧会はブエノスアイレスの中心にあるレコレタ文化センターで大々的に行なわれ、模型、パネルなどが所狭しと展示された。場所がらアジアからの参加は少なく、南北アメリカ、ヨーロッパが大部分を占めていた。
これだけ多くの建築家の作品を一遍に見てその語りを一時に聞くと言う機会はめったにない。久しぶりに建築のさまざまな側面、そしてそれに基づく多くの主張に触れ、日本で語られている建築はその一部でしかないということを再認した。
建築は今後さらにグローバルな流れを加速するだろう。一方でその流れに抵抗するローカルな価値が再評価されていくこともまた事実である。グローバルな視野のなかでローカルな価値を語ること、すなわち背景の異なる世界の人々のなかで自分の考えを理解してもらうことが今後ますます重要になるであろうと感じるイヴェントであった。

ビエンナーレ・レクチャー・シリーズでの著者講演風景
9月24日、ブエノスアイレス、レコレタ文化センター・オーディトリアム

ビエンナーレ展覧会、著者模型パネル展示風景
9月19日─10月15日、レコレタ文化センター、ブエノス・アイレス

●A3
秋にブラジルに行って多くの学生たちと話をしたところ、彼らは必ずしもオリンピックを歓迎していないことを知った。なぜかと言えばオリンピックが貧富の差こそ助長するものの生活を豊かにすることに寄与しないと見ているからである。その理由として施設への過剰投資を挙げていた。経済が上り調子の国においてすらこうなのだから経済が横這いの国でのオリンピックはそれなりの工夫が必要である。今回の計画は、レガシーの活用、コンパクト化などがコンセプトで謳われ、予算も低く抑えられ、そうした配慮を感じさせる。しかし最終支出は予算の数倍になるのがつねである。それらを考えあわせると、レガシーゾーンの中心を建て替えるというこの計画のへそにやや違和感を覚えてしまう。それは、景観の問題もさることながらコンセプトに反するし、コスト増にもつながるからである。せっかくいいコンセプトをつくっているのだからそれを徹底したらいいのではないか。企画倒れにならないことを祈っている。
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