秋の夜長とモダニズム
Karla Brittonr, Auguste Perret, Phaidon Press Inc, 2001.
吉田綱市『オーギュスト・ペレ』(鹿島出版、1985)
ケネス・フランプトン『テクトニック・カルチャー』(TOTO出版、2002)
Joachim Driller, breuer houses, Phaidon Press Inc, 2001.
2G No.17 Marcel Breuer, Gustavo Gili S.A., 2001.
Caroline Constant, Eileen Gray, Phaidon Press Inc, 2000.
読書の秋。建築洋書も写真を眺めるばかりではなく、たまにはじっくり建築家のモノグラム(評伝、個人作品集)を読むというのはどうだろうか。今回はイギリスのファイドン社★から近年出版されたモダニストの建築家3人、オーギュスト・ペレ、マルセル・ブロイヤー、アイリーン・グレイのモノグラフを紹介したい。そして、それぞれの作家の関連洋書と、日本語で読める本についても触れるものとする。(ここは洋書紹介のコーナーだが、まず日本語では何が読めるのかという情報がその前提だろうから)。
オーギュスト・ペレについては、SD選書(鹿島出版会)の中に吉田鋼市著『オーギュスト・ペレ』があり、こうした日本語でペレの全体像を学ぶのに適した本がある我々は幸せである。一方ファイドン社からの本、Karla Britton著『Auguste Perret』もペレの全業績をカバーするという意味では、基本的には吉田の本と同じタイプの本である。しかし、カラーを含む見やすい図版が多く入っており、また近年のペレ完全作品集の刊行を受け、最新の研究成果が盛り込まれている。わかりやすい例としては、ペレの実現された建築作品は、17年前に出版された吉田の本では約90点となっているが、昨年出版のこの本では約380点となっている。客観的事実と思われることでも、20年余りでここまで変わるのである。また、ペレに関してはケネス・フランプトン著『テクトニック・カルチャー』の第5章は丸々ペレにあてられており、近代建築におけるコンクリート造の発展に寄与した彼の業績が、構法の面から分析された優れたものである。
Joachim Driller著『breuer houses』では、マルセル・ブロイヤーの生涯に渡る、プロジェクトも含む26の住宅が詳しく紹介されている。ミースにドイツ時代とアメリカ時代という区別があることは有名であるが、ミース同様バウハウスを経由しアメリカに亡命したブロイヤーの仕事も、前半のものと後半のものとに分けることが出来る。前半というのはバウハウス時代のワシリー・チェアなどモダンファニチャー傑作を含む家具デザイナーとしてであり、後半というのはドイツでの何年かとその後のアメリカでの建築家としてである。Drillerのこの本は、建築家としてのブロイヤーの、住宅に焦点をあてたものである。他にもブロイヤーの住宅の本としては2Gシリーズの『Marcel Breuer』があり、この建築家のアメリカに現存する住宅15件を新たに撮り下ろした美しいカラー写真で紹介している。(ただし一部オリジナルから手が加えられている住宅も見られ、それがブロイヤーのデザインだと勘違いする恐れもある。)また、Taschen社の『Marcel Breuer』では、ブロイヤーの家具に焦点を当てて紹介している。日本語のブロイヤーの本としては、デビッド・マセロ著『マルセル・ブロイヤーの住宅』(鹿島出版会)が翻訳されているが、ここには戦前の住宅が含まれておらず、収録されている住宅のうち4割がブロイヤーの弟子の設計した住宅であり、タイトルに偽りありといったところか。ブロイヤーは住宅以外にも多くの建築作品を残しているが、それらをまとめた作品集は現在準備中とのこと。それが出版されれば、家具、住宅、建築といったブロイヤーの全業績が概観できるわけである。ちなみに日本では、かなり古い本だが美術出版社が60年代末に出していた現代建築家シリーズの1冊『マルセル・ブロイヤー』が、彼の代表的な建築作品を紹介しており、現在この本は神保町の建築を専門的に扱っている古本屋で比較的簡単に見つけることが出来る。
最後の本は、Caroline Constant著の『Eileen Gray』であり、初期の家具から後期の建築プロジェクトまでが、彼女の生涯を追いながら年代順に紹介されている。実はアイリ−ン・グレイに関しては、ピーター・グレイ著、小池一子訳の『アイリーン・グレイ』が約10年前に出版されており、こちらの方がファイドンからの本よりも図版が多く、より詳しい内容となっている。しかし、残念ながら出版元のリブロポート社はすでに解散しており、今では手に入らない本となってしまった。よって、現在アイリーン・グレイのことを全般的に知りたいという人は、ファイドンの本によることになる。アイリーン・グレイは長いこと完全に忘れられていた作家であり、漆を使った家具やE.1207に代表される建築など、改めて彼女の作品を見直すことにより多くの発見が出来るであろう。ちなみに磯崎新も著書『栖十二』の中でアイリーン・グレイを取り上げているが、そこではかなりゴシップめいた書き方がされており、かなりのシャイであったという彼女の実像とはまったく異なった雰囲気を持つエッセイとなっている。磯崎経由でしかアイリーン・グレイを知らないという人は、それは結構偏ったイメージだということを自覚し、この機会にまっとうなアイリーン・グレイ像を得てはどうか。
以上、紹介した3冊に共通して言えることは、今まで気になる存在ではあったがその全貌が明らかにされていなかったモダニストたちに光を当て、彼らを新しく突飛な切り口で論じるのでは決してなく、最新の資料をもとに丁寧かつ平明に紹介しようとしており、そうした姿勢には好感が持てる。英語もそれぞれわかりやすい文体であり、それも我々の理解を助けてくれるのであるが、外国語の本を選ぶときに明快な言葉で書かれていることは重要である。
ペレは、近代建築の主要素材であるコンクリートを積極的に採用し、それに理論的背景を与え、続くコルビュジェたち近代建築のマスターに圧倒的影響を与えた。ブロイヤーはバウハウスで家具を作り、ナチの台頭に伴ってアメリカに亡命し、そこで良質のアメリカン・ハウスを多く作った。アイリーン・グレイはそのデザインの洗練もさることながら、一人の自律した女性がプロフェッショナルとして生き抜く先駆けとなった。それぞれの作品の単独の評価もさることながら、これらの建築家は20世紀という時代にぴったりくっついてダイナミックに進んでいったのである。そのことがよく伝わってくることからも、これらのモノグラムを読むことに充実感を覚えることが出来るのである。
★──大島哲蔵さんの海岸出版書評の第3回目でも紹介されている。
[いまむら そうへい・建築家]