住居という悦び
Dirk van den Heruvel and Max Risselada, Alison and Peter Smithson-from the House of the Future to a house of today, 010 Publisher, 2004.
Alison and Peter Smithson, Changing the Art of Inhabitation, Ellipsis London, 1998.
A・スミッソン/P・スミッソン『スミッソンの建築論』(彰国社、1979)
A・スミッソン/P・スミッソン『スミッソンの都市論』(彰国社、1979)
cj lim / studio 8 architects, Museum [work in process] , 2004.
前回話題にした「アーキラボ展」にしろ、いま水戸芸術館で開催されている「アーキグラム展」にせよ、1960年代、70年代のムーブメントが注目を浴びることの多いこの頃であるが、今回はアーキグラムの兄貴分とも言えるスミッソンズ★1を取り上げようと思う。
通常抱かれるスミッソンズのイメージとは、チームX(テン)の中心的存在であったという、いわゆるオピニオン・リーダーとしてのもの。もしくはブルータリズムの提唱者としての、厳格なスタイルの追及者としてのもの。いずれにしても、先鋭的な試みを活発に行ない、自らの方針に対して生真面目ともいえる姿勢をスミッソンズは持っていた。実際、彼らの人となりも、あまり人付き合いの上手くない頑固者というイメージが流布している。
ところが、昨年出版された"Alison and Peter Smithon - from the House of the Future to a house of today"★2を手にすれば、そうした従来のものとはかなり異なる彼らのイメージをもたれるだろう。住居の細部に注目し、日々の生活を楽しむ建築家カップル。スミッソンズは、ここしばらくは忘れられた建築家であったが、いまこそ彼らを見返す時期に来ているのではないか。それは、以前この国に輸入されたものの再評価とは別に、日常性のなかに建築(住居)の価値を見出していた彼らのスタンスが、現在日本で議論されている住居の問題と多分にシンクロしていると思われるからである。
この本は、昨年のロッテルダムの建築博物館(NAI)での展覧会にあわせて出版された。スミッソンズの展覧会がなぜオランダで企画されたのかと不思議に思う人も多いかもしれないが★3、彼らの同世代でありチームXの同志でもあった建築家J・バケマやアルド・ヴァン・アイクがデルフト工科大学の教授であり、同大学での近代建築研究の一環としてスミッソンズが対象になったという経緯がある。
そしてタイトルからもうかがえるように、この本はスミッソンズの住宅関係のプロジェクトに焦点をあてて編まれた本である。スミッソンズは、20代にして代表作「ハンスタントン中学校」のコンペに勝ったように早くから実作の機会に恵まれていたとは言えるものの、実際に実現した住宅はごくわずかである。そのなかでも、この本の中でもページを割かれている"House of the Future"という1956年の実験住宅と、1986年から2002年までの長きに渡って少しずつ手を入れられた"Hexenhaus"(別名"Witch House")が代表的なものといえるであろう。40年近くの時間を経ている2つの住宅であるが、そこに共通してうかがえるのは、スミッソンズの住宅の細部への執着であり、それは彼らがたびたび言及したイームズ夫妻の素質と同質のものだ。とりわけ、"Hexenhaus"はその場所に人がどのように棲み込むかを丹念に追求し、そこには観念が入る込む余地はない★4。
スミッソンズは、同時に優れた文筆家であり、それらはみな活発な議論を誘導する類のものであった(同時代のレイナー・バンハムやセドリック・プライスがそうであったように。この時代のイギリスの建築界には、なんと実り豊かな議論の土壌があったのだろう)。その彼らのエッセイを集めたアンソロジーが"Changing the Art of Inhabitation"である。彼らのブルータリズムに深い影響を与えたミース(特にIITキャンパスの建物群)、彼らの生活へのまなざしの規範ともなったイームズ夫妻、そしてその他のエッセイの3部構成となっている。
参考までにスミッソンズについて日本語で読めるものを紹介しておくと、ともに彰国社から翻訳が出ている『スミッソンの建築論』と『スミッソンの都市論』とがある。
スミッソンズはアーキグラムの兄貴分であるとすれば、アーキグラムの子供といえるのが、この連載でも何度か取り上げているシージェイ・リムである。彼の作品や彼が教鞭をとっているロンドン大学バートレット校に興味を持たれている読者の方もいるかと思うが、昨年発売された"museum [ work in process] "はそうした、シージェイの創作の秘密をうかがい知れる好著である。グラスゴーのマッキントッシュ美術館での展覧会に合わせて作られたこの本は、シージェイによるいくつかのミュージアムに関するプロジェクト作成のプロセスを、多くのスケッチ等によりトレースするものである。彼の奔放な形態がどのように最終的に収斂するのか、設計をするものにとってはスリリングな追体験として感じられるであろう。
★1──ピーター・スミッソン(1923-2003)とアリソン・スミッソン(1928-93)は、50年代、60年代のイギリスを代表する建築家である。彼らには、近代建築の反省(CIAMの解散、チームXの中心的役割)、アヴァンギャルド活動(インディペンデント・グループへの参加)、レトリックなしの建築(ブルータリズム)、教育への参加(ピーター・クック、リチャード・ロジャースを育てる)といった非常に多様な側面があった。それらは、ある時代に圧倒的な影響力を持っただけではなく、いま現在へも脈々と受け継がれるロンドン現代建築の傾向の源泉ともなっている。
★2──この本は、『建築文化』2004年12月号にても、三浦丈典氏によって紹介されている(p.123 MEDIA REVIEW「建築洋書の楽しさ」)。
★3──この展覧会は、後日ロンドンのデザイン・ミュージアムにも巡回している。
★4──このスミッソンズによる日常生活へのまなざしについては、今回特別に寄稿してくれた、ロンドン・ベースの建築家、島崎威郎君の以下の文章からもよくうかがえる。 「Peter & Alison Smithsonsが生涯、直接教えたり大きく影響を与えた建築家の中には、Peter CookらArchigramのメンバー, Richard Rogers, Peter Salter、少し後に、Enric & Carmet Miralles, Louisa Hutton(Sauerbruch Hutton), Caruso St.John、Tony Frettonなどの世代、そして我々30代のジェネレーションがいる。そして最近では僕自身が教えている学生達にも幅広く影響を与えている。 3年程前から、僕は彼等の事務所に出入りするようになった。自分の仕事とは別に彼等のドローイングを手伝ったり、お茶を飲みながら過去や現在のプロジェクトの現場などの面白い話をいろいろと聞かせてもらった。一昨年の3月に亡くなってしまうまで、ピーターはドイツでの住宅とミュージアムの完成にむけ、ドローイングを描き現場を訪れ、又ヴェニスやバースの大学、AAなどで講議を行ない、出版される予定の本の編集に関わっていた。80才近い人とは思えない程、彼は毎日の生活に貪欲で、自由で気侭な洞察力で周りの人間を常に楽しませてくれた。 一見、方向性が異なるように見える多くの建築家たちに世代を超え影響を与え、愛されたのは、彼等の建築、ドローイングやプロジェクトが常にヒューマニストな日常的生活から生まれるものをデザインのベースにし、廻りのムーブメントにとらわれない、斬新なアイディアをどの時代にも提案してきたからだと思う。それは、モダニズムやデザインの為にあるデザインでは決してない。彼等の最後のプロジェクトとなったヘクサンハウスに見られるように、そこで生活をする体験自体が、細かい部分まで大切にデザインされているからだと思う」(島崎威郎)
[いまむら そうへい・建築家]