リーダーとアンソロジー──集められたテキストを通読する楽しみ

Rethinking Technology: A Reader in Architectural Theory, Routledge, 2007.

Architecture Between Spectacle and Use, Ed. Anthony Vodler, Yale University Press, 2008.

Chora: Intervals in the Philosophy of Architecture, Mcgill Queens Univ Pr., 2007.

Log 10, Anyone Corporation, 2007.
洋書のひとつのジャンルというか形式のひとつにreader(リーダー)というものがある。例えば、グローバル・シティについて知識を得たいというときに、このジャンルに関する本はすでに大量にあってどれを読むべきか途方に暮れてしまうわけだが、例えばアマゾンでglobal city readerで検索すると、ちゃんとそのような本が存在することがわかる。このリーダーというのは、そのトピックに関する代表的な論考を集めたもので、それを読めばあるトピックのことがひととおりバランスよくわかるようになっていてとても便利である(これは、もちろん建築の本の限った話ではなく、あらゆるトピックに関してリーダーというものが存在する。特に学校において、サブテキストとして使われることも多い)。例えば、メタボリズムに関するテキストというのは無数にあるだろうが、当事者の建築家が書いたものや評論家が書いたもので、これはというテキストが集められていれば重宝されるし、そのトピックに関する議論のあるベースを作るのにも役に立つだろう(前回論じたモノグラフの話からつなげてみると、日本はどうもそうした議論なり思考のベースを準備するような出版が弱いと思う)。
例えば、『Rethinking Technology : A Reader in Architectural Theory』は、20世紀初頭から現代に至るまでの、建築のテクノロジーに関する論考50本あまりを集めた本である。タイトルに〈テクノロジー再考〉とあるように、この本を通読することで、ここ1世紀ばかりのテクノロジー観をおさらいできるという仕組みだ。書き手としては、フランク・ロイド・ライト、ル・コルビュジエといった近代建築の巨匠からはじまって、ジーグフリード・ギーディオン、レイナー・バンハムなどの歴史家を含み、レム・コールハース、ベン・ファン・ベルケルにいたる(日本人の建築家で入っているのは黒川紀章の「共生の思考」のみ)。マーシャル・マクルーハン、フェリックス・ガタリといった名前も見えるが、この編集のきっかけとなったペンシルバニア大学のセミナーで教鞭をとっていたのが社会学者のイヴァン・イリイチだったことが、こうした学際的な広がりを生みだしているのだろう。近代はテクノロジーと密接な関係があり、また昨今はIT技術などテクノロジーは新しい局面に突入している。そうしたなかで、この本はテクノロジー再考の大きな手助けとなるだろう。
リーダーのように、あるトピックのもとに網羅的にというのとは異なるが、アンソロジーという形式の書籍も洋書ではよくみる★1。日本では、まず最初は雑誌に論考を発表することが多いためか、書籍化となると、一人の著者がさまざまなところで書いたものを集めた形式の本はよく出されるが、いろいろな書き手によるものというのは割合少ない。おそらく、海外では雑誌は読み捨てるもの、本は保存するものという区別があるように思われ、一度どこかで発表されたテキストであっても、いいと思われるものはあらためて本に収録されるということがある(一人の著者が、発表するたびに、少しずつテキストのヴァージョンを変えることもある)。また雑誌では、どうしても編集を急ぐために、集められたテキストは玉石混交の傾向があるが、そのなかでも再読に値するものを集めて、手が届きやすくしておくということは重要だと思う。
アンソニー・ヴィドラーが編者を務めた『Architecture : Between Spectacle and Use』は、そうしたアンソロジーの体裁を持つ好著だろう。ビルバオ・グッゲンハイム以降話題となり、その後も勢いのとまらないスペクタクルとしての建築について、ヴィドラーをはじめ、ビアトリス・コロミーナ、カート・フォスター、マーク・ウィグリー、ハル・フォスターといった面々が寄稿している。昨今、スター建築家が世界中で派手な建築をつくっていることは、すでにみなよく知っている。ただ、それはどういうことを意味しているのか、いわゆる論客といわれる面々はこのことをどう考えているのかといった興味に対して、このタイムリーなアンソロジーはその期待によく応えていると思う。2005年に開催された、この本のタイトルと同名のシンポジウムをもとにまとめたもののようだ。スペクタクルの議論として、ギー・ドゥボールの「スペクタクルの社会」、アドルフ・ロースの「ポチョムキン都市」が参照されている。またビルバオ効果の前例として、シドニー・オペラハウスを取り上げている論もいくつか見られる。
カナダ、モントリオールのマック・ギル大学が出版している「Chora」というシリーズは、アルベルト・ペレス・ゴメスの編集のもと、建築史関連の論考を集めている★2。第1号が出たのが1994年で、昨年第5号が出るという風に、ゆっくりとしたペースだが、その分丁寧な編集を心がけているのだろう。最新号では、12編の論考が集められているが、それは単に過去の歴史を扱うのではなく、それらを現代の問題として接続しようとしている。西洋建築が主だが、インド、タイに関する論考もある。歴史建築に関する本は多いが、いま研究者によってなにが議論されているのかを知るにも、こうしたアンソロジーは役に立つだろう。
『Log』のことは、これまでに何度も取り上げてきているが、このような体裁の冊子も、今起きているいろいろな議論を集めているものといえよう。『Log』も昨年の夏/秋号で、10号となった。この号では、約半分が、2006年6月にニュー・ヨークのグッゲンハイム美術館で行なわれたシンポジウムの記録となっている★3。そこでのテーマは'Contamination: Impure Architecture'、訳すと「汚染:不純な建築」とでもなるだろうか。シンポジウムでの発表のうち、この号には、サンフォード・クインター、クンレ・アジェレミ(Kunle Adeyemi)(OMA)、エリザベス・ディラー、グレッグ・リン、ファーシッド・ムサヴィなどといった建築家、評論家のテキストが収録されている。ザハ・ハディッドの展覧会に合わせたためか、新しい幾何学と建築の関係に関するテキストが多い★4。
★1──アンソロジーの語源は、ギリシャ語の花束。もとは詩集をそう呼んでおり、そのため日本語訳では詞華集などとなっていた。
★2──Choraとは古代ギリシャ語で「空間」を意味するが、過去200年において「空間」とは均質な場を意味するようになったが、歴史的にはそうではなかったことを議論することが、このようなタイトルに込められた意味のようである。
★3──このシンポジウムは、同美術館で開催されたザハ・ハディッドの30年の活動を紹介する展覧会のオープニングに合わせて行なわれた。
★4──このシンポジウムの参加者ではないが、同じ号の『Log』に収められたピーター・マカビアによる「Dirty Geometry」というテキストの冒頭に、グリッドはデカルトによるものとして参照されるが、実際にはデカルトはグリッドを作ったことはないという主旨のことが書かれている。近代建築における直交座標はデカルトが準備したものというのが通説であるので、マカビアの話が本当であれば驚きである。
[いまむら そうへい・建築家]