【第4回】[訪問後記]オーラを放つまちデザイン

乾久美子
私は学生時代になにかと富山市にお世話になりました。北アルプスの登山の帰りに立ち寄ったり、夏の室堂でスキー合宿をした際には資材の調達のため市内の山用品店に何度も足を運んだりと、山に関わる活動のベースキャンプのような位置づけだったのです。そうした個人的な思い出がつまった富山市が都市再生に力を入れていると以前から聞いており興味を覚えていたので、編集部より取材旅行を提案されたときは同意を即断しました。

大雪の翌日に訪れた久しぶりの富山、盛りだくさんの2日間でした。交通政策でいえばライトレール(LRT)の「ポートラム」と「セントラム」、「アヴィレ」、建築でいえば総曲輪の「グランドプラザ」、富岩運河環水公園、岩瀬地区のまちなみ保存修復といった主要プロジェクトを見学し、さらにそれらのプロジェクトの直接の関係者である富山市役所の京田憲明さん、谷口博司さん、「グランドプラザ」の運営にかかわる山下裕子さんといったキーパーソンの貴重なお話を聞くことができたのですから。お話を聞いてすべてのプロジェクトに熱い思いを実現するためのさまざまなスキルが高度に構築されていることや、また困難をのりきるためのさまざまな英断がなされていることに感激し、ひとつひとつのお話がかっこうよくて「やるなあ」と敬服してしまいました。その立ち振る舞いや話し振りが強いスポーツ選手のようですらあったほどです。なんでしょうね。やることが見えている、やらなきゃいけないことが明確に見えている人のみが放つオーラを感じたからかもしれません。

山下裕子氏(左)、京田憲明氏(右)

どのプロジェクトもすばらしかったのですが、特に今回の取材で印象深かったのはLRTでした。交通に対してまったくの素人(私)でも、ついつい「おおっ、これは次世代の乗り物ですね!」などと浮かれたコメントを言ってしまうほどだったのですが、乗り心地や外観、駅舎までが周到にデザインされていたからだと思います。そうしたデザインの力を通して、まちがこれまでのものと違ったように見え体験されることが「まちデザイン」が目指すことのひとつなのだろうと、LRTを通して気づくことができたように思います。さらに低床の車両が地面にくっついたままのような姿でスルスルスルと動いている姿がなんだか非常にかわいく、その存在がまわりの風景を変化させるように感じるほどだったのも「まちデザイン」の理解を深化させるのを手伝いました。「まちのペットのようだね~」と太田さんは秀逸なコメントをされておられましたが、そうした「路面電車がペットのようなかわいい存在としてまちのあちこちを走り回り、都市再生を実感させること」というようなまちの見せ方までが、まちにおいてデザインの対象になることが実感できたわけです。

ちなみにLRTの感想を「かわいい」と書いてしまいましたが、動物の顔が描かれたコミュニティバス(最近多くて気になっておりますが、東京だけでしょうか)などが奇妙なこびを売りながらふりまいている「かわいさ」とはまったく違う次元でのものです。LRTそのものは正統なインダストリアル・デザインが施されたものだったのですが、そのデザインが生活者の感覚を豊かにし、まちでの身振りに伸びやかさを与えていることが感じられてしまうため、ついつい愛情を注ぐ対象にしてしまう。そのような感情をあらわす言葉のひとつとしての「かわいい」なのです。ということで、かわいいと思わせることだけはなく、いろいろな次元や方向性で人の心を震わせることができるのがデザインの本来の姿であると思いますが、そうした良質なデザインが私的な領域だけではなく(それはあらゆるところにあふれています)公共の場で成立することを、富山市は証明しているのではないでしょうか。貴重な場所だと思います。

201205

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