東京で一番住みたい街、吉祥寺──街の魅力とジェントリフィケーションをめぐって

新雅史(社会学者)×笠置秀紀(建築家、都市研究)

吉祥寺の公共空間のあり方

新──今やディベロッパーでも、パブリック・スペース(公共空間)や、パブリック・スフィア(公共圏)、コミュニティ・スペースを提示しますし、「モノからコトへ」は社会学や都市計画の分野でよく重要な論点になります。計画段階で住民の人たちとワークショップが開かれ、行政の人たちも入り込んで議論し、学びの空間などが設置されたりしています。吉祥寺におけるパブリックスペースについてはどうでしょうか。わたしの印象だと、吉祥寺ではそういった空間が既に埋め込まれているような気がします。パブリック・スペースにおいて酷い使われ方があまりない。犬の散歩のマナーは良さそうだし、グラフィティもあまりありません。外から来た人でも、自分たちが半分吉祥寺に住んでいるかのように歩いています。住むことを擬似的に演じることができる場所、それが「住みたい街」にさせている理由だと思います。ただ、それは行政や住民によって、パブリック・スペースの許容値が狭められているような気もして、少し気持ち悪いところかもしれません。

笠置──『都市のドラマトゥルギー』(吉見俊哉、弘文堂、1987年)で言えば、住民を演じる、日常を演じるということがありますね。確かに吉祥寺に来る人も、吉祥寺にいること=美しい暮らしというような想定をしていて、その「空気」によって振舞っているのだと思います。変なことはしないし、余裕を持っていいて、歩行速度もゆっくりです。リア充的な絵が浮かびますね。物理的には、パブリックスペースはそれほど多くなく、歩行のための道ばかりです。休むとしたら飲食店の中になります。行政も民間もお金があるので、グラフィティは比較的はやく消されていきます。
一方でストリート系のダンスは駅の構内でやられていますね。あと井の頭公園の駐車場や中央線の高架下がそういったスペースとして使われています。スケボーはハモニカ横丁の目の前のバス通りでやられているのがおもしろいですね。バス通りがある種劇場のようになっていて、バスを待つ人に見せているようです。ここは行政もあえて放置しているような気がします。

新──吉祥寺は外から見ると、結構休めるスペースは多くて、商品化されたパブリック・スペースらしき場所は沢山あると思います。本当のパブリックスペースはないとも言えますが。「渋谷センター街」でレジャーシートを敷いた女子高生にアイデアを得て、間取りのシートをゲリラでやったみたいなことって吉祥寺でできますか?

笠置──私たちミリメーターのプロジェクト「MADRIX(http://mi-ri.com/project/madrix/)」ですね。吉祥寺ではできないでしょうね。私自身も地元のことになると途端に保守的になってしまうところがあります。

新──多分吉祥寺でやったら苦情が来ますよね。それが予感できます。渋谷センター街にも新宿歌舞伎町にも大阪の新世界にも定住者があまりいないので苦情が来ないと思います。吉祥寺は定住者が増えたけれど、盛り場でもあり、複雑な空間です。

笠置──日本には本当の意味でのパブリック・スペースはそもそもほとんどないと思っています。「渋谷センター街」は数少ないパブリック・スペースです。最近話題になりましたが、若者がワールドカップ日本出場決定で騒ぐ場所は渋谷くらいにしかありません。そこも今完璧に封鎖されるようになってきています。街で自由な日常を享受しているように思い込んでいますが、私たちのパブリックスペースはあらゆる場面で狭くなっているように感じています。そのなかで吉祥寺に救いがあるとすれば、都市計画で拡張された道端でスケボーをしている少年たちなのかもしれません。

[2013年6月9日、吉祥寺にて]


あらた・まさふみ
1973年福岡生まれ。社会学(産業社会学・スポーツ社会学)。学習院大学非常勤講師。著書=『商店街はなぜ滅びるのか──社会・政治・経済史から探る再生の道』。

かさぎ・ひでのり
1975年東京生まれ。建築家。ミリメーター共同主宰。日本大学芸術学部美術学科住空間デザインコース修了。2000年、宮口明子とミリメーター設立。公共空間に関わるプロダクトやフィールドワークを多数発表。プロジェクト=「アーバンピクニックシリーズ」「リスボン建築トリエンナーレ 日本セクション アートディレクション」「小国町桐沢集落デザイン策定」「東京にしがわ大学キャンパス計画」ほか。


201307

特集 都市的なものの変容──場所・街区・ジェントリフィケーション


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