横浜国立大学Y-GSA 藤原徹平スタジオ

藤原徹平(建築家)

Y-GSAは研究室ではなくスタジオ制度を採用している。ならばこのコラムで私は藤原スタジオの必読書ということについて述べることになるはずである。頭のなかでゆっくり図を描くように読み進めてほしいのだけれど、研究室制度において学生は研究のうえでも組織のうえでも〈教員〉という人間に帰属することになる。だから「研究室の必読書」とは〈教員〉の思考の履歴を示すものでもあるし、同時に研究のための教員と学生の共通言語を構築するためのものということになる。学生の身になって考えた場合、研究室に入ってから〈教員〉の示す必読書一覧に全然興味がないことを知ったのでは手遅れ(なにせ〈教員〉に帰属しているのだから逃げようがない)だから、「研究室の必読書」を知らずに志望研究室を選ぶということではまずい。それゆえ今回の特集が組まれたのだと推測できる。研究室制度においては、〈教員〉という高度に文脈化された知が宿った存在を利用して、それらの複雑に文脈化された知を移植(trans plant)しようという狙いが潜在的に潜んでいるはずである。

しかし、Y-GSAではそういうことにはならない。Y-GSAのスタジオ制度では学生が常に自立した自由な存在として扱われる。学生は教員に帰属するのではなく、スタジオという〈場〉に参加することになる。教える建築家の側も同じ感覚で、スタジオという〈場〉に参加していく。Y-GSAではセメスターごとに助手(設計助手と呼ばれている)がローテーションしていくのだが、私はこのユニークな仕組みに、Y-GSAのスタジオ制度についての強い理念と期待が示されているように感じる。スタジオとは、教員が効率的に教育・研究するための存在ではなく、セメスターごとに更地(原点)に立ち戻って思考を鍛え直していく〈建築的思考の場〉である。

では、常に原点に立ち返って批評的な問いを立てていくのがY-GSAのスタジオ制度であるとしたときに、「Y-GSAの必読書」とはどのような存在として現われてくるだろうか。キーワードは、0冊と1冊と100冊である。

横浜国立大学Y-GSA 藤原徹平スタジオ(2012年4月設立)ウェブサイト
URL=http://www.y-gsa.jp/studio/fujiwara/

0冊

スタジオでは、設計のテクニックや新しいソフトウェアの習熟やイケてる事例調査のやり方をうっかり教えたりしないように気をつけるようにしている。そういうことは自分ですぐに学べるからだ(というか自分でその程度のことが学べない人は結局うまくいかない。たまにうっかり教えてしまって後悔するのだが......)。スタジオでは、学生一人ひとりに対してひたすら問い続ける必要がある。学生もこちらに問い返してくるようになればさらに素晴らしいと思う。お互いが丁寧に問いかけ続けるというのは、お互いの思考に期待をするということだ。スタジオという場には、手法や技術ではなく、問いが置かれていく。問いを立てるという点で必読書というものは存在しない。日常のあらゆる経験が建築の問いを立てるためのきっかけになりうるというボーダーレスな知性が要求される。ボーダーレスな知性を持つ人にとっては、必読書など指定されないほうがいいだろうと思う。もしくは必読書が指定されてもこちらの意図とは無関係な一文を選び取ってくるかもしれないが。
Y-GSAが想定する〈自立した自由な個としての学生〉は究極的には、「必読書ゼロ冊」ということを要求する存在ではないかと思う。

1冊

Y-GSAではスタジオによっては、「1冊の必読書」を決めて、読書会を平行させながらスタジオを進行するケースがある。私の知る限りでは、コーリン・ロウの『コラージュ・シティ』、アルド・ロッシの『都市の建築』、山本理顕の『地域社会圏』などが過去その対象として選ばれていた。いずれも筆者や翻訳者、関連する研究者がスタジオにゲストとして呼ばれ、腰を据えて1冊に向き合っていく。私自身はこのやり方を採用したことがないが、「1冊の必読書」を基点に建築の根源的な思考に遡行していくというのは、Y-GSAのスタジオならではという感じがして、講評していても実に手ごたえがある。最後の講評会では、いつも学生やスタジオを批評するに留まらず、コーリン・ロウやアルド・ロッシも含めた、建築という思考モデルそのものが省察されていくことになる。私はそのたびに1冊の書物ということがもつ可能性の巨大さを再確認しつつ、Y-GSAの面白さに胸を躍らせることになる。

100冊

Y-GSAでは学年の区別なくランダムなメンバーでスタジオが進行するため、学生は自分の興味や進度に応じて、どん欲に本を読み、学び、究めていく必要がある。その道標として100冊のブックリストを入学時に配るのだが、個人的にこれは100冊でよいと考えているわけでもない。私が学生のときに五十嵐太郎氏からの依頼で、いろんな大学の大学院生でチームを組み1,000冊の〈建築と都市の書物〉をリストアップしたことがある。1,000冊選ぶというのは無茶苦茶大変で、それぞれがいままで読んだことのある書物をかき集めても数百冊にしかならず、お互い猛烈に読書量を増やすことでどうにか1,000冊の体系をつくった。大変な苦労をしてつくった割には、その後1,000冊のリストを何かに有効に使えた記憶がないのが残念なのだが、不思議とその時期の読書のことを覚えている。もしかすると独自に書物の体系をつくっていくという過程こそが〈建築的な読書〉であり、思考の構造化だったという気もしている。であるならば、Y-GSAでは白紙のリストを入学時に渡し、卒業までに建築と都市の100冊のブックリストをつくることを課したらいいのかもしれないと、このテクストを書きながら思いついた。

藤原スタジオの必読書

この春学期の藤原スタジオでは、昨年秋に引き続き「post industry」というテーマでスタジオを進めている。「post industry」というのは1960年代後半からずっと言われ続けている脱工業化社会(post industry society)の可能性を再び建築で考えることと、〈next industry〉というような視点で新しい産業やはたらきかたから建築を考えることの二つを期待している。藤原スタジオでは〈地域固有の生活文化を考える〉という大きな狙いが根底にあるので、地域固有の生活文化に建築がどのようにユニークな貢献ができるのか、あるいは生活文化に建築がどのように有機的に応答できるのかを各自が考えることになる。私個人が投げかけた〈問い〉は以下である。

1. 産業に着目することで、地理的な距離感・関係性からではなく、人やもののネットワークから〈新しい建築の建つ場〉というものを想像できるのではないか。
2. 現在起きつつある、あるいは潜在的に根付いているインフォーマルな活動、ユニークな活動を、新しい産業・はたらきかたとして言語化していくことで、建築の〈まとまり〉や〈はたらき〉についての新しい想像ができるのではないか。
3. 産業から考えることで、建築やまちだけでなく、人の移動や経済の流れもフラットに捉えることができるのではないか。
4. 産業を即物的に理解することで、建築のテクトニックや物質性にダイレクトかつユニークな影響を与える発想を持てるのではないか。

というわけで、私は現在のところ「必読書ゼロ冊」というスタジオを進行している。私自身の建築家の思考の履歴としての必読書リストは、機会があればいずれ別の場で披露してみたいと思う。

藤原徹平(ふじわら・てっぺい)
フジワラテッペイアーキテクツラボ主宰、横浜国立大学大学院Y-GSA准教授、NPO法人ドリフターズ・インターナショナル理事。1975年生まれ。2001年横浜国立大学大学院修了。専門=建築設計。作品・受賞=「等々力の二重円環」(2013年東京都建築士会住宅建築賞)ほか。


201505

特集 研究室の現在
──なにを学び、なにを読んでいるか


経験としての建築研究室──学んだこと学ばなかったこと、そして考えたいこと
東京大学 村松伸研究室
明治大学 青井哲人研究室
東京電機大学 横手義洋研究室
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東京藝術大学 中山英之研究室
慶應義塾大学SFC 松川昌平研究室
横浜国立大学Y-GSA 藤原徹平スタジオ
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