コンピュテーショナル・デザインと拡張するAI技術

小渕祐介(建築家、東京大学建築学科准教授)
ドミニク・チェン(株式会社ディヴィデュアル共同創業取締役)

スペキュラティブな教育

ドミニク──小渕さんは自身はどうやって学生たちからアイディアを引き出そうとするのですか。例えば社会問題からスタートするのか、あるいはもっとパーソナルなストレスや欲求を掘り下げさせるのか。

小渕──私は教育しているというよりは、チアリーダーですね。あえて間違えるための機会や動機を与えます。無理矢理素材を探し、通常は考えないようなことに対し、視点を変え、工学的に位置づけるのがわれわれの研究です。

ドミニク──まさにスペキュラティブ・デザイン的な教育方法ですね。僕も昨年秋に、非常勤講師として早稲田大学の文化構想学部とIAMASで「ITのスペキュラティブ・デザイン」という授業をやりました。大きな方向性としては小渕さんと同じです。まずは「あり得ない」という枠を取っ払うため、最初の1カ月間はあり得ない話ばかりをみんなでします。そうして脳を開いた状態にし、次の1カ月で日常のなかでの些細な「Pain」をすべてメモしてもらいます。面白いのは、最初は自らのストレスについてうまく答えられないのですが、だんだんと日常生活での気づきの解像度が上がり、うまく報告できるようになるのです。そして、ITに限らずいまある技術をリサーチしてもらい、自分が本当にほしいものをアウトプットします。プログラミングのコードを書いてくる人、スライドでアイディアをプレゼンする人、電子工作してくる人など、答えは多様ですが、個人の反復するPainから始まり、それが最終的に技術までつながれば、それは生き生きとした説得力のあるものになります。
教育の場で学生たちに何かを伝えられるとしたら、僕の好きな言葉で「可塑性(Plasticity)」ということです。著作権というビッグビジネスがあり、ウォルト・ディズニーなどが政治家にお金を渡して保護期間を延長させるという、普通に考えたら手が届かないようなところへ、ローレンス・レッシグとその仲間たちがクリエイティブ・コモンズを立ち上げました。そんなクリエイティブ・コモンズはいまやオープンコンテンツ・ライセンスのデファクトスタンダードになっています。システムに不備があったときに、時間を掛けてコミュニティをつくっていけば、いまとは別のオルタナティブを差し込めるというリアリティを学びました。いま、例えばFacebookに不満があれば、Facebookよりも優れたSNSをつくればいいわけです。単に言葉にするだけでは無謀だと思われるのが関の山ですが、オルタナティブなヴィジョンが少しでも見えるような提案ができれば、距離が短くなります。現実は改変可能であるというリアリティを増幅したいと思っています。



小渕──最後に私の東大の研究室のお話しを少しすると、20人の修士留学生と4人の博士留学生で成り立っています。これは2009年に始まった文部科学省の高等教育の国際化の一環のGlobal30プログラムで優秀な留学生を国内で増やして国際経済での競争力をアップする事が目的でした。それを実現するために、国際的な入試方法を導入したり、教育・研究も全て英語で行ない、修士学生が卒業するための修士論文も設計を重視したプロジェクト型にするなど、いろいろな工夫をしてきました。アドバンスド・デザイン・スタディーズは、そのGlobal30の発展版です。いまLIXILギャラリーで展示している作品や、先ほどお話しした「サイバネティク・アーバニズム」などの課題は、情報技術が持つ可能性を通じて、建築と都市を考え直し、オルタネティブな建築と都市のあり方を提案する研究です。1991年のソ連の崩壊や冷戦の終結を機に、グローバル社会が情報技術の発展と足並みをそろえて押し寄せてから25年が経ついま、我々が直面する問題は技術の発展と同じスピードで拡張し拡散していく感じがします。冒頭でもお話ししましたが、欧米の建築アカデミアでは、最近コンピュータ離れが好まれています。将来のわれわれの社会/生活/環境などのために、と考えて行なっている研究は、果たして正しい方向を向いているのか? と常々考えているのですが、今日のドミニクさんとの対談で少し安心しました。AIへの関心度が高まるなかで、人間のあるべきすがたが、ノスタルジックな「昔はシンプルでよかった」という考えではなく、AIがあるからこそ個人、または集団としての人間味が尊重される社会が見えてきた感じです。
AIのもつ最適化のパワーは、問題解決だけに向けられるのではなく、「問いを生む」能力としても人をサポートしてくれる技術に向けられるべきです。私が外国人留学生を教育するひとつのインセンティブは、彼らはいつも日本の習慣を疑問に感じていて、「フリクション」のなかで生活をして、つねに問いを生み出しているからです。この「問い」こそが研究の原動力であり、新鮮さを与えてくれます。ロンドンのAAスクールで長年教えていた英国の建築家、Cedric Priceの有名な言葉で、「...technology is the answer but what was the question?」(技術が問題を解決するのだけど、もともとの問いは何であったのだろう?)というのを聞いたことがあると思いますが、いままさにAIがこの問いに立ち向かっていこうとしていると実感しました。

[2016.6.14]



小渕祐介(おぶち・ゆうすけ)
1969年まれ。建築家。南カリフォルニア大学卒業、プリンストン大学大学院修了。AAスクールDRL 共同ディレクターを経て、2010年より東京大学大学院工学系研究科准教授。

ドミニク・チェン
1981年生まれ。UCLA卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。NPO法人コモンスフィア/クリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事。株式会社ディヴィデュアル共同創業者。著書=『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック──クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』(フィルムアート社、2012)『インターネットを生命化する──プロクロニズムの思想と実践』(青土社、2013)ほか。訳書=『シンギュラリティ──人工知能から超知能へ』(NTT出版、2016)ほか。


201607

特集 建築・都市──人工知能という問題へ


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人工知能の都市表象
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