設計プロセスにおける情報マッピング

市川創太(建築家、doubleNegatives Architecture、hclab.)
新井崇俊(建築家、東京大学生産技術研究所特任助教、hclab.)

2. "デザインの下敷き"としての情報マッピング

新井崇俊+市川創太(hclab.)



都市研究室hclab.(エイチシーラボ)は、数名の建築家による都市計画問題の勉強・研究会としてスタートしました。現在は研究からの知見やソフトウェア開発力を生かして、数理的な分析をエビデンスとし、自治体や企業に対しコンサルティングを行なっています。出店戦略やシステム評価、効率化提案なども、業務の範囲としています。解析を設計に直結し、瞬時にフィードバックしながら与条件に対して設計をチューニングしていくようなアプローチも可能としています。


計画者・設計者に求められることは、アクセスできる情報・データをいかにビジュアライズするかということだけではなく、情報・データからいかに計画・デザインに役立つ知見を引き出すか、ということに尽きます。


hclab.の活動において、ビジュアライゼーションはオーソドックスなヒートマップというアウトプットが多くを占めますが、どちらかといえばビジュアライゼーションをシミュレーションの挙動の理解や、アルゴリズムの確認として使っています。解析業務においてはデータをいかにマッピング(対応付け)するか、という部分は最もアイディアが求められるところでもあります。情報マッピングと情報の相互作用から、どのように都市や建築の諸問題に対する知見を得てきたか、いくつかのアプローチを紹介します。


hclab.では都市がどのような状態であるかを把握するために、都市を形作るハードウェア部分として、人流、物流、経済活動を大きく左右する街路に着目しています。グラフ理論★7を応用しやすいように、さまざまな解析作業の共通のマッピングとして、交差点座標をノード(結節点)へ、街路情報(一方通行、速度、公共交通)をエッジ(接続辺)へマップし、都市をネットワークとしてモデル化します。


上野地図(Open Street Map)/上野街路のネットワークモデル(線のみ)
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都市情報がマッピングされたネットワークモデルの各部へ、計算結果や情報を都度追加マッピングしていき、企画・計画者が「知りたいこと、見たいこと」を導いていきます。以下にその実践例を紹介します。


1──時間内到達可能圏:見なし距離のマッピング


東京都の上野の杜を芸術・文化の中心にするという構想の基礎調査として、観光主要地点からのアクセシビリティを一覧することを提案しました。サンプリングのひとつとして、徒歩でのアクセスの良しあしを示すために、各交差点に上野駅公園口からの距離をマップします。このマッピングから「時間変形地図」★8を描くことができます。


都市内の2点間は直線で移動することができない場合が多いため、2点間距離は直線距離よりも長くなります。


上野公園口基点時間変形地図(徒歩)。到達所要時間5分毎の同心円。
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杉浦康平氏の時間地図で移動速度が考慮されているように、徒歩移動に都市公共交通(タクシーを除く、鉄道、バスなど)を利用した場合の到達時間を考慮し、「見なし距離」★9を定義します。


上野駅公園口から各交差点までの「見なし距離」をマップすることで、移動方法の選択肢を活用した場合の時間地図を描くことができます。公共交通が乗降場所(駅や停留所)のあいだをその速度によって距離を縮めている、引っ張っている様子が見られます。


上野公園口基点時間変形地図(公共交通アリ)。到達所要時間5分毎の同心円、バス34路線、鉄道17路線を考慮しています。
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基点を変更するごとに瞬時に「見なし距離」を再マップすることで、連続的に時間地図を描くことができます。下のアニメーションは、最短経路を通りながら目的交差点に到着するたびに、ランダムに次の目的の交差点を選択し、つねに現在地点からの時間地図を描いています。


上野連続時間地図ビデオ

京都連続時間地図ビデオ(マテリアライジングⅢ展 出展ソフトウェア)。京都:バス414路線、鉄道27路線を考慮しています。

2──媒介度:通過回数のマッピング


都市の中の移動を考える際に、より良い経路の選択肢として「移動距離が短い=最短経路」を挙げることができます。しかし、差がほんの数mであった場合、最短経路以外の経路を選択肢から排除するのは現実的ではありません。最短経路ではなく、K-最短経路★10までを選択肢に考慮すれば、選択の気まぐれさをも想定に入れた人の移動を考えることができます。ある出発点から目的地点へ向かう経路上にある交差点に、通過回数をマッピングしていくと、その回数を調べることで、交差点の通過頻度、媒介度(媒介中心性★11)を調べることができます。媒介度の高い交差点は混雑が予想されますが、宣伝媒体の設置場所としてはポテンシャルが高いと考えることもできます。


以下は、上野駅、地下鉄駅を含む上野周辺の45の駅から上野国立西洋美術館へ、最短経路からk番目までを許容選択して向かった場合の媒介度を測っています。


k=1番目最短経路のみで移動した場合の媒介度ランキング ベスト100
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k=2番目までの経路を使って移動した場合の媒介度ランキング ベスト100
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k=5番目までの経路を使って移動した場合の媒介度ランキング ベスト100
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k=10番目までの経路を使って移動した場合の媒介度ランキング ベスト100
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上野駅、地下鉄駅を含む上野周辺の45の駅から上野国立西洋美術館へ、最短経路から10番目(k=10)まで選択許容して向かった場合の計算プロセス。


3──町の中心、人の集まりやすい場所:サム値のマッピング


緩やかではあるが、確実に少子高齢化が進む青梅において、町の中心が都心部へ吸い寄せられて(奪われて)しまっているのではないか、自治体として理想としている町の中心がずれてしまっているのではないか、という懸念がヒアリングされました。この問題に対して、町の各所の住民からの近さ(近接性)を計測することを提案しました。


分析に先立ち、青梅周辺の人口分布を推定する必要があります。ここでは、各建物の床面積を1人あたりの居住床面積、就業床面積で除すことで、人口分布を推定しました。そのうえで、建物毎の人数を最寄りの交差点へマップします。解析エリアの外の住民の流入も考慮して、エリア外の人口も方角ごとに代表点(交差点)へマップします。


青梅人口分布マップ(広域)
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青梅人口分布マップ(対象エリア)
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青梅人口分布マップ(ディテール)
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人口がマップされた交差点すべてから、各最短経路を通って任意の交差点へ移動したと仮定し、その移動にかかる「見なし距離」の合計(サム値)を1交差点へマップします。すべての交差点に同様の合計計算結果をマップし終わった時点で、その合計距離を比較します。合計距離が短いほど、全住民の総移動見なし距離が短いことになり、全住民から平均的に近接した交差点であると考えることができます。この値は、近接性を量的に評価する値であると考えられ、近さを量としてみることができます。なお、この案件の結果の詳細はウェブサイトで紹介しています。


青梅近接中心性マップ(車)
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青梅近接中心性マップ(徒歩+電車)
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4──視覚的開放性をはかる:開放度のマッピング


オリンピックを目前に、東京では大規模な再開発が進められていますが、「マッカーサー道路」の通称で知られる環状二号線周辺の街区もその一部です。あるクライアントから、当該道路に隣接する街区に大規模な開発が行われた場合、歩行者が感じる"開放性"にどの程度影響があるかを調査できないか、という相談がありました。そこで、五感を通して得られる情報のうち、とりわけ支配的な視覚情報に着目し、街路空間の開放性を定量的に評価するモデルを開発し提案しました。この手法は、視点から360×90本の光線を放射し、その光線が建物に遮られずにどれくらい(何本)天空まで到達できるか、その割合で開放性を評価するモデルです。このモデルを使って街路空間の開放性を評価するプロセスが下のアニメーションで、赤い部分ほど開放性が高く、青い部分ほど低いことを示しています。


街路開放性

5──圏域をはかる:領域のマッピング


上野の杜構想に対し、2つめの提案として上野が観光地としてどの程度ポテンシャルがあるかの評価を行ないました。外国人観光客を多く集客するためには、宿泊施設は必須になります。そこで私たちは、上野周辺のホテルをプロットし、観光客の主な移動手段である、鉄道、バス、徒歩を考慮した各ホテルの圏域を描きました。図の各圏域は、その母点となるホテルが最寄り施設であるということを示しています。一般に圏域を描くにはボロノイ分割★12が利用されますが、都市活動を考える場合、私たちは電波のように直線的に移動できないため、建物等のさまざまな障害物を考慮した圏域を求める必要があります。ここでは、ネットワークボロノイ分割を採用し、各圏域は「実際の移動距離」に基づく圏域を求めています。また図から、あるホテルの圏域が「孤島」的に離れた場所にも出現していることがわかります。これは、鉄道やバスの影響で、例えば10分以内で移動できる圏域には、「徒歩」、「徒歩+鉄道」、「徒歩+バス」を用いて10分以内で移動できる領域も含まれているためです。


上野ホテル圏域
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上記の手法は「ネットワーク距離」に基づく都市評価マッピングの一例ですが、ネットワーク距離を用いる、さまざまな基準にもとづく"より現実に近い"施設配置問題も扱えるようになります。例えばコンビニエンスストアは、近年災害拠点としての役割も期待されています。このような観点にもとづき、仮にあるエリアのすべてのコンビニエンスストアを住民の利便性を評価基準に、再配置するとどうなるかという思考実験を紹介します。ポイントになるのは、利便性をどのように評価するかということです。ここで採用したのは、ミニサム基準と呼ばれ、居住地から「最寄りのコンビニエンスストアまでの距離の合計が小さいほうが良い」という基準です。下のアニメーションは、現状の配置から各コンビニエンスストアの圏域を求め、「圏域内の全住人のミニサムポイントにコンビニエンスストアを移動させ、その配置から圏域を求め、領域内の全住人のミニサムポイントにコンビニエンスストアを移動させ......」というループを繰り返し、ミニサム基準に基づくコンビニエンスストアの再配置を行ったものです。このケースでは10回の繰り返しで定常しました。


コンビニエンスストア圏域シミュレーションビデオ

7──空き店舗・不動産の利用:商店街からの距離マッピング、商店街構成員としての媒介頻度マッピング


町の中で点在してる空き店舗不動産を活用したいが、どの空き店舗不動産を重点的にプロモーションしていけばよいだろうか、という課題がありました。現状の実質的な商店ネットワークとの連携がよい順番に、空き店舗不動産を店舗オープンし、現状の商店ネットワークを活性化しつつ順次ネットワークを延長拡張していく方針を提案しました。


そのためには、空き店舗不動産と、現状商店ネットワークとの連携度を評価しランク付けし、理想の開店順序を計画する必要があります。まず現状商店ネットワークを把握するために、すべての飲食店の位置、すべての物販店の位置を街路ネットワーク上にマップします。その情報から最小限の街路ですべての飲食店を行き来できる街路のネットワーク(最小全域木、Minimum Spanning Tree、MST★13)、すべての物販店を行き来できる街路のネットワークを抽出します。


青梅飲食店MST
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この商店ネットワーク(飲食、物販)へ、それぞれの空き店舗からの距離を測りマッピングします。もし空き店舗の位置から商店ネットワーク(飲食、物販)への距離が0の場合、つまりすでに商店ネットワークに属している場合は、すでに開店している店舗同士のすべての組合せで行き来をしたと仮定し、各交差点、各店舗に通過回数(媒介数)をマップしていきます。回数が多いほど商店ネットワークを行き来する人々の媒介度が高く、空き店舗が商店ネットワークと強く連携していると評価します。この案件の結果の詳細はウェブサイトで紹介しています。


青梅飲食店MST、媒介度on MST
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8──マッピングから設計へ:ビジビリティのマッピング


多数の輸入車ブランドを扱うクライアントから、イタリア車を展示・販売するための新しいショールームの設計コンペの参加依頼がありました。敷地は国道に面した商業的ポテンシャルの高い角地で、クライアントの要求は、周辺にあるほかの輸入車ディーラーとの差異化をはかった新しいショールームを設計してほしいというものでした。


私たちの提案は、ショールームを閉鎖的な空間にするのではなく、都市に開かれた空間にするというシンプルなものでした。具体的には、これまで等価に配置されていた自動車のなかから1台を選定し、特別な"演出"をしたショーケース(FVD: Feature Vehicle Display)に自動車を展示しようという提案です。本コンペ案では、街路空間からのFVDのビジビリティを計量するモデルを開発し、この特別な"演出"の効果を最大化する建築を提案しました。


Visible FVD

ここで紹介したものは、さまざまな都市情報を、問題と状況に対応させながらマッピングすることで、都市施設の配置や建築形態を"ある基準"からみながら評価する方法の一例です。
このようにhclab.は、クライアントの依頼や建築設計に際し、大規模なデータをチーム内でエンジニアリングしながら、「知りたいこと、知っておくべきこと」を適切に把握できる建築・都市計画の為のアルゴリズムを研究・開発しています。



★7──グラフ理論とは、頂点・節点(ノード)と辺・枝(エッジ)の集まりによって構成された図形(グラフ)の性質を解明する数学理論のひとつ。
★8──「時間変形地図」とは、出発基点からそれぞれの場所に到達する「時間」をもとに描いた地図。http://www.kajima.co.jp/news/digest/may_2015/multimodal_view/index-j.html(hclab.「第2回 交通をはかる」『KAJIMAダイジェスト』鹿島建設ウェブサイト、2015)
★9──「見なし距離」とは、勾配や移動する方向・速度によって伸縮させる計算上の距離。「見なし距離」=実距離+高低差×負荷係数)。 http://www.kajima.co.jp/news/digest/apr_2015/multimodal_view/index-j.html(hclab.「第1回 距離をはかる」『KAJIMAダイジェスト』鹿島建設ウェブサイト、2015)
★10──最短経路だけでなく、最短経路の次に短い経路を、k=2 の経路とし、K番目に短い経路を求める手法。人の経路選択は、距離をパラメータに選択されるが、必ずしも最短経路を選択するわけではない。そこで、より実際に近い人流を把握するため、人はk番目に短い経路も選択するということを考慮にいれ媒介中心性を求めている。
★11──媒介中心性とは、ネットワークのあるノードが、どの程度ハブとして機能しているのかを評価する指標。この指標が高いほど、任意の2点間を結ぶ最短経路上のある確率が高い(ハブになりやすい)ことを示す。
★12──ボロノイ分割とは、ある点(母点)に帰属するようにして得られる空間分割の手法のひとつ。各母点の勢力圏を分析するために用いられる。母点間を結ぶ直線に(距離の等しい位置を通る)垂直二等分線を引き、各母点の最近隣領域を分割する。
★13──最小全域木は、グラフ理論における連結で閉路を持たないグラフの一種。各辺に重み(コスト)がある場合、最小の総和コストで構成される全域木を最小全域木と呼ぶ。

*ここで紹介された解析ソフトウェア、設計支援ソフトウェアはすべて自社独自開発のものです。解析ソフト"StreetViewAC"はアカデミック版を公開しています。


市川創太(いちかわ・そうた)
1972年生まれ。建築家、株式会社ダブルネガティヴスアーキテクチャー代表取締役、都市研究室hclab. コアメンバー。東京藝術大学大学院修了。東京藝術大学美術学部建築科非常勤講師、東京藝術大学AMC非常勤講師、東京大学工学部スタジオ講師。作品=《gravicells》(三上晴子との共同制作、2004-2012)、《MU: Mercurial Unfolding》(中谷芙二子との共同制作、2009, 2014)、《HUGO》ほか。共著=『現代建築家コンセプト・シリーズ9 ダブルネガティヴス アーキテクチャー 塵の眼、塵の建築』(INAX出版、2011)ほか。都市研究室hclab. コアメンバーによる共著=『時間のヒダ、空間のシワ...[時間地図]の試み:杉浦康平のダイアグラム・コレクション』(鹿島出版会、2014)ほか。http://doublenegatives.jp/ http://hclab.jp/


新井崇俊(あらい・たかとし)
1982年生まれ。京都大学工学部建築学科卒業、東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。博士(工学)。東京大学生産技術研究所特任助教。都市研究室hclab. コアメンバーによる共著=『時間のヒダ、空間のシワ...[時間地図]の試み:杉浦康平のダイアグラム・コレクション』(鹿島出版会、2014)ほか。http://hclab.jp/


201611

特集 地図と都市のダイナミズム──コンピュテーショナル・マッピングの想像力


設計プロセスにおける情報マッピング
WebGIS・SNS・ビッグデータが描く都市の諸相
世界とのインターフェイス──グーグルマップの社会学をめぐって
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