第1回:建築のジオメトリを拡張する
3. 業界で進んでいないこと、面白いこと
堀川──3つめの質問です。ジオメトリに関して、それぞれの業界の制限や常識に阻まれて進んでいないことはなんでしょうか。また、ご自身がいま面白いと思われていること、今後やってみたいことをぜひ教えてください。
AI+プロシージャル
菊池──僕がいま面白いと思っているのは、やはりAIです。シミュレーションにおけるパラメータの調整はトライアンドエラーの繰り返しで、ものすごく大変です。計算時間もかかります。積乱雲のシミュレーションの場合、人が「リアルだ」と感じるパラメータをAIが自動調整したり、あるいは運動自体はリアルだけど、最終的な形に違和感を感じる状況に対して、AIを使えないかと思っています。もうひとつは、地形データを読み込んで、その地形に対して最適な城のモデルを自動生成することをやりたいと思っています。日本の城にはパターンがありそうなので、これはプロシージャルでつくれるのではないかと。
2017年のCEDEC(ゲーム開発者向けのカンファレンス)のHoudiniのセッションで、ポリフォニー・デジタルの方が、「グランツーリスモ」の背景のビルなどをプロシージャルでつくる技術を発表されていました。同じように、AIが地形に応じて外敵から守りやすい城壁や天守閣の形を判断し、自動で配置するようなシステムをつくりたいと思っています
。その意味で、三宅さんのインフルエンスマップのお話はとても興味深く感じました 。- fig.3.1──築城のシミュレーション
リアルタイムとノンリアルタイム境目がなくなる
三宅──ジオメトリの活用を展開していくうえで、現在のゲーム業界は分岐点にあると言えます。リアルタイムとノンリアルタイムの境目が壊れつつあるからです。通常、ゲームの開発中にマップを構築して、そのデータをディスクに持たせるわけですが、「Horizon Zero Dawn」(Guerrilla Games、2017)では、マップのデータを持たずプレイヤーがゲームを起動するときにマップを生成しています。とはいえ、こうした動きは歴史的に繰り返されてきました。1980年代前半はメモリより計算パワーのほうが大きかったので、データを持たず乱数を使ってその場でマップをつくることが流行りました。その後に、メモリが増大して大きなデータを保持するようになったのです。こうした経緯はすでに3転くらいしているんですね
。「EVE ONLINE」(CCP Games、2003-)は拡散凝縮シミュレーションから星系をつくったりしています。最近では、密度マップを加算していくことで、プレイヤーの周りにオブジェクトをリアルタイムに置いていくことができます。道のレイヤー、芝生のレイヤー、樹木のレイヤーなど、それぞれまったく同じものをその場で生成するのが、新しいやり方ですね。
このように、マップもナビゲーションメッシュもリアルタイムに生成して、極力データを持たないゲームは拡張性が高く柔らかいシステムだと言えます
。具現化しているゲームは「Horizon Zero Dawn」だけですが、これからのゲーム内のジオメトリ解析は、リアルタイムのシステムブラッシュアップによって、インテリジェンスを獲得する。そんな方向に進んでいくのではないかと思います 。
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fig.3.2──ゲーム内でリアルタイムに生成されるハイトマップ(高さマップ)
出典=Wouter Josemans, PUTTING THE AI BACK INTO AIR (Game AI North, Copenhagen 17 October 2017)
堀川──ありがとうございます。今後、現実空間をスキャンしてハイトマップ化することは可能になるのでしょうか。
三宅──そうですね。現実空間をセンシングしてジオメトリマップをつくる試みは、以前から行なわれてきたことですが、それがリアルタイム化するということです。先ほども申し上げたように、人工知能が一番苦手なのは3次元空間の認識です。しかし、その速度はどんどん上がって、いまではコンサート会場程度の大きさならなら、レーザーを使って一瞬で3次元の形状をつくることが可能です
。自動運転の技術では、つねにリアルタイムであることが求められます。いまは実現していませんが、いずれリアルタイム化するでしょう。そうすることによって、今度はエンターテインメントの分野でも現実空間でゲームAIを動かすことができます 。堀川──そうなると建築計画や都市計画においても革命的ですね。
4. 質疑応答
会場──建築的な美しさや空間体験の良さを、AIが判断して自動生成するような可能性はあるのでしょうか。
三宅──残念ながら、いまのAIは物事を体験することができません。人工知能は物事の情報的側面を抽出しているだけなので、人間のような体験ができない
。身体を持っていないので、皮膚感覚やパースペクティブがありません。考えられるとしたら、人間の体験(歩行記録など)をトラッキングしたデータを集めるといった、現実空間と人工知能のあいだを人間が介するような方法でしょうか。会場──プレイヤーは、ゲームに慣れてくると判断基準が変わると思います。そういったことをAIはどのように把握しているのでしょうか。
三宅──ゲームにおける飽きへの対応には2つの側面があります。ひとつは、なるべく飽きを分散してゲームを多様化することです。マップやモンスターのパターンをダイナミックに変化させることが求められます。もうひとつは、プレイヤーのゲームレベルに合わせることです。かつては、ひとつのゲームは、すべてのユーザーに同じ体験を届けるものでしたが、いまは逆転していて、一人ひとり違う体験を与えるものと考えます。人工知能がプレイヤーの特性を理解し、プロシージャルをやる。すると、プレイヤーは自分だけのゲーム体験をYouTubeにアップしたくなるわけですね。それはプロモーション的にも利点があります。ゲーム側がユーザーに合わせることでゲームを多様化して、飽きをなくしています。
堀川──今回、CGシミュレーションとAIの専門家お二人に、建築の分野に身を置く立場からジオメトリに関してお話を伺いました。どちらの視点にも共通して言えるのは、もともとの目的が高度な情報技術を介した現実世界や挙動の模倣であるということです。これらの分野にとって幸運なのは、現段階でそれらの技術を必要としている映像やゲームといった業界が存在しているということです。それゆえに発展もしやすく、本来の目的を超えて逆に現実世界に影響を及ぼすことができるほどの潜在力を持っています。建築・都市もその影響を受けるひとつの対象であることは間違いありません。
- 0. 建築のジオメトリと自己紹介
- 1. 各業界におけるジオメトリ操作
- 2. 業界の制限
- 3. 業界で進んでいないこと、面白いこと