第6回:建築情報学の教科書をつくろう

池田靖史+豊田啓介+石澤宰+木内俊克+角田大輔+堀川淳一郎+藤井晴行+渡辺俊+中西泰人+三井和男

既存の建築学と接続するのか

豊田──主に個人で活動している堀川さんや木内さんと、組織で実務に携わっている石澤さんや角田さんとではかなりの違いがあったような気がします。コアメンバーでこれまで1年以上議論をしてきても、まだそれぞれがバラバラで、建築情報学がどれほどの領域までを扱うかは難しい問題だと思いました☆14

☆14──[豊田]バラバラな領域や方向のそれぞれが「正しい」という圧倒的多様性、複雑性をもった豊かな領域であることをあらためて確認。

池田──教科書の役割のひとつは知識の体系化なので、そこに含まれる項目が見えてくることを予想していましたが、今日はそれだけではなく、どう学習していくか、学び方や教育という視点があるように思いました。まずはゲストの皆さんに第一印象からうかがえればと思います。

渡辺──どれも教科書としてありえると思いましたが、難しそうというのが第一印象です。これを教育のなかに位置付けるとすれば、学部レベルなのか大学院レベルなのか、読者のターゲットがあればもっとリアリティが出てくるのではないでしょうか。また、従来の建築教育では、基本的に設計実習が中心にあって、それをサポートするようにさまざまな専門教育のプログラムがあると思いますが、この建築情報学はそうした設計教育のなかにどう位置付けられるのかも気になるところです☆15

☆15──[池田]鋭い突っ込み。新しい学問だけに、誰が学ぶべきかという設問自体がその定義にも関わる。[堀川]設計実習が中心ではない建築に関わる学問はできないものでしょうか。[豊田]確かに、全員必修の基礎課程的なものなのか、ある程度専門性を備えたうえでのものなのかによって、いくらでも異なるバージョンの教科書はありえる。議論するならそれはもっと明確にしておく必要はあったかも。[石澤]実務の側からすると、マスターする必要はないけれど、やろうと思えばできるという素養をもってほしい。私は、建築情報学は表層的にはセンター試験の数学程度の知識で十二分に理解できると思うので、早くから触れてもらうのが自然に思える。

中西──すごく面白く聞かせていただきました。僕が気になったのは、既存のカリキュラムと整合性を取るのか、取らないのかということです。堀川さんの提案で、"Computer Science: An Overview"の目次をそのまま流用するというのは面白いなと思いました。例えば、1年生でプログラミングをちゃんとやって、2年生の前期で本家の"Computer Science: An Overview"を学び、後期ではまったく同じ目次の建築情報学の授業があれば、基礎を踏まえたうえで建築に入っていくことができると思いました。また、角田さんの教科書のカリキュラムを一通りやって、木内さんと石澤さんの本を使って掘り下げ、実務に繋げていくという流れも可能なのではないかと思いました。

ただ、これまでのオーソドックスな建築教育のカリキュラムと並列させていく場合は、いつどうやってコースを分離させるか、大学院じゃないと無理ではないか、などと考えさせられました。大きなポイントは、どのようなタイミングでどのようにプログラミング教育をかませていくかだと思いました☆16

☆16──[池田]また鋭い指摘。既存の建築学体系を別な角度から見直したような学問を既存の教育課程のなかでやるのは学生を混乱させるだけかも。[豊田]教育現場では既存のカリキュラムとその周辺の活動だけでも学生のオーバーワークが問題になっているので、ここで挙げられているような広く深い領域を、どう現実的に「建築」教育課程に組み込めるのかはすごく難しい問題。個人的にはせめて「建築情報学基礎」のような1コマを早い段階で必修にするべきだと思う。[堀川]まず、建築に関わる者すべてが設計がわかるという前提を考え直したほうがいいのでは。その前提に他業種からの参入の壁がある。

三井──私も非常に面白く聞かせていただきました。教科書のつくり方として、ないものをつくるのと、さまざまに分散している要素をまとめるという2種類があると思いますが、私の個人的な好みを言えば、前者が楽しそうです。後者の、散らばっているものの再構成はそれぞれの学生に任せればいいと思います。

建築情報学についての類書がまったくないときに、どこに焦点を当てるのかをもっと追求すべきだと思いました。皆さん、目次の構成を頑張ってしまったのだと思いますが、こんなにたくさんの項目があると僕も読みたくないなと(笑)。一番興味をもったのは、プログラミングについてで、あとで議論してみたいと思いました☆17

☆17──[豊田]与えられた教科書をこなすのではなく、既存の領域や日常のなかにある要素を自分なりにリサーチして再構成し、価値を見出すというトレーニングの重要性は、以前にも増して高まっている。

藤井──ありがとうございました。それぞれ自分で今すぐ受けてみたいと思う構成ですが、ほかのお三方と同じように、全部学ぶのは大変だなという感想をもちました。ただ、角田さんがMITメディアラボの授業を紹介されていましたが、日本の大学が生ぬるいのかもしれません。教える立場からすると、この建築情報学を教える前に、プログラミングや計算幾何学の基礎を学んでおいてもらわないと難しいと思いました。また、建築といかに接続するか、社会といかに接続するかについてはあとで議論できればと思います。

池田──ありがとうございました。僕は、皆さんから出していただいた建築情報学の教科書の目次には、計算論的側面(Computation)、認知論的側面(Cognition)、社会論的側面(Communication)、技術論的側面(Construction)、創造論的側面(Creation)という様相があり、この5つの「C」について議論をしていければと思っています。まずはここまでのご意見にコアメンバーから反論はありますか。


堀川──そもそも僕は教育に使うための紙の教科書という意識をそれほどもっていませんでした。大枠のカテゴリがまずあり、各記事がコレクティブナレッジ的に書かれ、ウィキペディアのようなハイパーリンク性をもち、時間の経過によって段々とそのジャンルが固まっていくというイメージでした。

角田──僕もアカデミックな世界から離れて長いので、既存の建築学の授業への接続という配慮は欠けていたと思います。主に、どういう順番で、いかに学ぶかということを考えて組み立てました☆18

☆18──[豊田]ある領域のパイオニアである堀川さんと角田さんがそれぞれ独学で切り開いてきたという前提が面白い。現時点でこうした教育の体系はない。

池田──既存の建築学科の科目として位置付けようとすると手に余るのではないかというコメントでしたが、コアメンバーからすれば、既存の建築教育課程を離れて、建築情報学科という学科ができた時の全科目を表しているような感じですね。

木内──東京大学の小渕研は、教育プログラムとしてはカオスでした。1年〜1年半という期間で、ある規模の大きさのパヴィリオンを全員でつくることだけが決まっていて、そのために、ありとあらゆるスキルが必要になり、藁にもすがるように身につけていくというのがリアリティです☆19。確かにそうしたやり方は既存の建築教育から外れている部分があり、設計がすごくできる学生でも、そのプロジェクトでは全然伸びないということもあります。ただ、学生がプロジェクトに猛烈にコミットすることで、必要にかられて先鋭化したスキルを身につけ、指数関数的に成長していく場面を何度も目にしました。ある主軸ができれば、そこから能力が広がっていくので、今の時代にほしいトピック立てで、先鋭化を目指すことを主にした目次をつくりました。学生でも若手の建築家にも適応しうると考えています。

☆19──[角田]やはり小渕研で学んできた人はスキルがあるし優秀だったと思います。ただ、条件が特殊なので、一般的には特殊なものをつくるためのスキルという認識にもなりがちだったのではないでしょうか。[石澤]私の会社では、若手はRhinocerosやSketchUpを使える、と見なすことがありますが、実際は課題やアルバイトや卒業設計のヘルプで学んでいる、ということも多いのではないでしょうか。小渕研の状況を聞き、デジタルスキルにはじつはそうしたミスマッチが多くある気がしました。[池田]典型的なプロジェクト・ベースド・ラーニングですが、設計演習が中心にあり、そこから演繹的にスキルや知識の必要性がわかるという建築教育の標準的方法論は、この領域でも有効であることが示されています。

石澤──建築教育と情報教育の両方がないとこの教科書に入れない、学部生には厳しいというようなコメントをいただきましたが、私は文系出身ながら、実務を泥縄でやっているなかで必要な要素を挙げているので、情報学の基礎がなくても大丈夫だと思っています。理論として完璧ではない部分があっても、実用に供するための目次であり、そういう意味では、応用的に使われている局面での原理を意識しています。例えば、有限要素法というくらいの大きな塊として捉え、それらと付き合っていくうえでどういうキャラクターの違いがあるのかを知っているほうが適用が容易になると思います。

中西──例えば、BIMを情報の領域の話に置き換えれば、バックエンドをつくるサーバーサイドの話だと僕は理解しています。そこではそれほどアルゴリズムの理解はいらなくて、泥臭い実運用の問題が大きいので、確かに石澤さんが言うように、「BIMをやる人は数学ができなくてもいい」というのは当たっていると思います。情報学科のなかでも、アルゴリズミックな数学的素養がある人もいますし、文系の人でもロジカルに考えられればプログラマーとしてやっていけます。なので、建築家のなかでも社会に興味がある人、造形に関心がある人がいたりするのと同じように、必ず計算論的側面が建築情報学に必須というわけでもないと思います。そうした広がりをもつものだと考えれば、先ほど池田さんが挙げた側面をひとりですべて備える必要はなく、備えるべき素養のレーダーチャートをつくっておくことが大事なのではないでしょうか☆20

☆20──[池田]建築情報学が建築学と相似しているのは広範な「総合性」でもあったことを指摘された気がした。特定の部分に特化した専門性ではなく、情報と空間的構築の関係性を俯瞰できる能力を共通項に、それぞれの関心を位置付けることができることだと理解した。[豊田]建築情報学の体系化と、その教育プログラム、専門性の時系列的な体系化はパラレルにならざるをえないことが浮き彫りになる。[石澤]よく考えると、こうした素養のバランスは、チームワークで大規模プロジェクトの設計を考えるか、独立したひとりが備えるスキルセットとして考えるかでもゴールが変わる。大学はジェネラルになっているようにも思うが、職能についてもう少し解像度を上げた議論があってもよいのでは。


201902

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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