第6回:建築情報学の教科書をつくろう

池田靖史+豊田啓介+石澤宰+木内俊克+角田大輔+堀川淳一郎+藤井晴行+渡辺俊+中西泰人+三井和男

建築情報学と人──誰が学び、どのような人を育てるのか

池田──建築情報学はそもそも計算論的側面から始まっているところもあるので、避けることはできないのですが、どこまで扱うかは僕らも悩んでいます。先ほど挙げた5つの側面について一つひとつ議論できるとよいのですが、時間が足りないので、補足の説明をしたいと思います。認知論的側面というのは、木内さんが指摘されていたように、人間の主体性と情報の深い関係などのことです。また、当然、建築は社会性をもつものですし、情報技術に限らず、工法、生産技術などの技術も関係します。最後の創造論的側面は、新井さんの回の「エンジニアド・デザイン」でも議論されていましたが、情報やコンピュータというパートナーが現れたことで、そもそも人間にとってデザインとは何かを再考せざるをえなくなっているということです。藤井先生は認知論的側面、創造論的側面に関心をおもちだと思いますがいかがでしょうか。

藤井──4つの目次の原案に共通していたのは、実装や形式表現のところにウェイトがあることだと思います。建築は、つくることや生活などの営みの解釈と表現、そこに認知構造が関わりますから、それらをどう形式言語に翻訳して実装するかを学ぶための教科書だとしたら、その繋がりの仕組みがほしいところです。例えば何かをつくりたいと思って勉強する時に、いきなりコンピューターサイエンスの本を見てもわからないところを、「あなたの構想している建築は、このような計算言語に翻訳していく道筋がある」というようなヒントが書いてあるとモチベーションが上がります。そして、社会や認知、計算、技術が繋がってくると思います。創造性に関してはなかなか教科書には書けないだろうと思いました☆21

☆21──[堀川]つくることと認知の繋げ方も無数にあり、一例を示すことで可能性がそれだけだと思わせてしまわいかという懸念があり、教科書の難しいところ。[角田]このあたりも藤井さんのご指摘通り。個人的には、繋ぐための共通認識のひとつは歴史で、社会と建築と技術の背景や関係を整理することではないかと考えている。[豊田]どこらへんを学びの道具や種として提供して、どこらへんを学び手に委ねるか。割り切りのデザインが必要で、また、それとペアになるワークショップ的な学びの形式についても議論すべきかも。[石澤]アルゴリズミックな手法による形は新しい、という議論はいずれ消費されてしまうように、クリエイティビティの所在は静的ではない。だからこそ、「つくりたい」という気持ちと、「こんな表現がしたい」を可能にする道具の対比構造という枠ははめておきたいし、それらを俯瞰するためのトレーニングもできたら素晴らしいと思う。

三井──クリエイティブではない僕が言うのもおこがましいのですが、建築と情報ということに関しては創造論的側面(Creation)がすごく大切だと思います。その意味で、第3回目の木内さんがモデレーターの議論を聞いてみたかったなと思いました。

大学の業務では今、ちょうど新しい教育プログラムを考えているのですが、右脳と左脳を意識しています。右脳的な感性で生まれてきたイメージを左脳の論理のほうに結びつけて実現する、そのあいだで、情報の捉え方が大切です。かつて自然言語や数学などでやっていたことですが、今はプログラミングで記述して試すことも可能になっているので、そこでは計算論的側面や技術論的側面も関わってきます。

渡辺──建築情報学が、どういうプロフェッショナリティをもった人材を社会に送り出していくかという問題に関わるのではないでしょうか。例えば計算論的側面について言えば、ツールとして数学が必要な領域もあり、数学自体が領域の学問もありますから、建築情報学が何をツールとして何を目的とするか、どういう人材を生み出したいのかによって戦略が変わってくると思います☆22

☆22──[池田]まさにコアメンバーが現時点でのロールモデル! [豊田]専門性の構成要素の抽出とそれらの混ぜ方を、体系として、カリキュラムとして、職能として提示するということが必要。

藤井──建築情報学によって世界的にも飛び抜けたことをやるのか、もしくは実社会で使える人を送り出すのか、それによって教科書の構成が変わると思います。私自身は建築と並行して哲学も専攻していて、論理学や計算理論を使って建築をやろうとすると、「あなたは計算機科学の知見を消費するだけだ」とか「哲学を消費しているだけで哲学の側に何もアウトプットを残していない」という批判を受けました。やはり、情報と建築を結びつけると宣言するからには、どちらにも貢献がほしいところで、そういう意味では社会で使えるだけではなく、深掘りが必要だと感じています☆23

☆23──[豊田]建築が他領域の成果を消費してばかり、という指摘は非常に耳が痛い。いかに貢献と影響を双方向にできるか。それには相当深堀りができる学問的道具立てが必要になる。[池田]だからこそ建築の世界に蓄積されてきた知見や方法論を、情報の世界に還元するような学問が必要。

木内──建築情報学と人材について言えば、僕は「VUILD」の秋吉浩気さんが面白いと思っています。CNCを全国にインストールしながら、それらを使うためのソフトウェアもつくり、社会状況とも結びつけています。技術が普及してさてどうしようかという今だからこそ、計算論的側面、認知論的側面、社会論的側面、技術論的側面、創造論的側面のバランスをわかっている人が活躍できる現状があるのではないでしょうか。5年前の、議論はされていてもなかなかリアリティがなかったような状況とはかなり変わってきています。もちろん、あと5年でまた変わっていくはずですので、その都度時代のリアリティに合わせてアップデートしていくことが必要ですが。

角田──今日はある程度の知識を前提にした議論がされていますが、すでにそれ以前に障壁があって、うまく繋げられていない人がいると思います。秋吉さんの事例が出ましたが、VUILDには、いろんな背景を含めたストーリーがあり、そうしたことを共有しなければ物事はうまくいかないと思います。計算論的側面について言えば、そもそもなぜそれが必要なのかが多くの人と共有されていないので、多くの人にとっては個別の方法や技術としてしか認識されていません。優秀な人はいろいろな要素を繋げられますが、そうではない人は建築と情報を分けて捉えたままになってしまっている気がします。教科書がやるべきなのは、まず多くの人との前提共有のために、建築学と情報学、コンピューターサイエンスを繋ぐことだと思います。


池田──誰に対して何のための教育なのか、どういう順番で学ぶべきものなのかということが問われていますね。

また、建築は物理的に存在するという前提になっていますが、建築情報学の前提はそうではないかもしれません。社会的には情報システムがあれば建築はいらなくなるというケースも出てきていますから、建築情報学は物理的な存在としての建築よりも広い概念を扱わなければいけないと思います。

渡辺──学会をつくるためには貢献や研究をみんなで蓄積しないといけませんが、それを言葉で言っているだけではだめで、どうやっていくかという戦略が大切です。例えば、GIS学会は、地理学、都市計画、造園、地球科学などの人のコラボレーションが起きることで立ち上がっていきました☆24

☆24──[池田]これも鋭い指摘。既存の分野を横断する強い共通軸があれば、自然と新しい学問分野になる。それが建築情報学にも可能か。

豊田──枠組みを考えるうえでの大きな問題意識としては、日本建築学会もさまざまな領域に細分化されていて、共有言語がなかなか持てないということです。アメリカの大学での建築教育は主にデザイン教育で、構造や材料はエンジニアリングの領域として分けられていますが、日本では構造、環境、歴史、材料などが一緒になっているというよい面もあります。そうした建築学の内部を流動化させるためのプラットフォームとして、建築情報学が重要だと思います。また同時に、実務をやっているなかでは、建築の外部領域から建築に関わりたい、コラボレーションしたいというニーズもあるのですが、建築業界に情報的な知識や言語がないために障壁をつくってしまっているという問題があります。今回、議論を単純化するために教科書を題材にしていますが、その背景には建築情報学が扱うべき領域、トピックを提示することで、建築の内部を流動化し、かつ外部への接続のとっかかりを提供し価値を生み出せるかが問われていると思います。

僕がよく参照しているのは人工知能学会です。人工知能自体もしっかり定義できていないなかで動いている不思議な学会ですが、明らかにこの社会のなかで盛り上がりがあり、それが価値を生み出していて、関わりたい人もたくさんいて......、という実動している状況から始まっています。建築情報学としても、すでに技術があって、価値も生み出されているというなかで、学会を運営しながら定義を喧々諤々するというかたちでもよいのではないでしょうか。

中西──僕も豊田さんと同じく、ニーズがあるのだから、あるまとまりをつくったほうがよいと思いますが、どこまで体系化するのかは難しいバランスだと思います。情報デザインというジャンルは、体系化しようとしたがゆえにその躍動感が少し失われたところもあるような気がしています。

堀川──人工知能学会はさまざまな分野の人がいろんな研究や実務を投稿していますが、建築情報学会もそういうかたちがいいなと思っています。体系化やカテゴライズについて疑問もありますが、今回はまず教科書の目次をつくろうということだったので、どんな具体的な実務や研究の事例でも入れられるような章立てを意識しました。

石澤──建築の実務で漠然としたニーズがあるのは肌で感じますが、設計者が頑張ればいいだけだと思われていて、ニーズ自体をちゃんと捉えられていないのが問題です。体系化よりも、あるエリアに旗を立てて領域形成をするためのインフラが必要だと思います。そのインフラは、拡張や改廃があってもいいのではないでしょうか。

先ほどの教科書の目次案は、大学の建築学はさておき、現状の設計者ができるようになってほしいことという思いを込めてつくりました。学問を持ち込んだり持ち出すということは勝手に起きることではなく、そのためには人の存在が必要で、建築においてその主人公は設計者だからです。設計以外の人にそれができないこともないですが、最大のインフルエンサーが設計者です。


201902

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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