第6回:建築情報学の教科書をつくろう
建築情報学会は何をもたらすのか
豊田──Twitterの「#建築情報学会」に寄せられているコメントでは、「建築情報学会というよりは、建築情報処理学会のよう」、「情報という切り口しかイメージできなかったものの建築の要素:構造、計画、意匠、建築史、思想・哲学などからのアプローチも必要」というコメントがありました。確かにここまでの議論では情報処理、プログラミングの議論が目立っていたので、バランスをとりながら進めていければと思っています。
池田──今の二つ目の指摘はすごく面白いと思います。建築情報学が建築という分野に収まらないもので、これまでとは違う角度から見直そうとする試みだとすると、既存の建築史や構造などが情報学的な観点からはどう変わるのかという問題には可能性があります。
藤井──最初に堀川さんが話されていた二つの方向性で、「情報のための建築」ということを思い出しながら今の池田先生の話を伺っていました。建築の構造でないと表現できない情報があり、それは、例えば身体性に関わるものです。身体に埋め込まれているけれどもいわゆる記号で表せない情報は、建築の構造に埋め込まれていて、情報の側からそれらを使うことができないかと考えています。
最近、琉球の民家の石垣を積んでいて、それをマニュアル化するミッションに取り組んでいます。なかなか言葉で書けないことがたくさんあるのですが、石垣を解体すると、そこにはいろんな技術の知が詰まっていることがわかるのです。計算機では表現できないような情報を表現するために建築があるのではないかと思いました
。豊田──10年前であれば、情報学の枠組みのなかだけで建築や都市を考えることは、コンピューティングのなかに閉じてしまう危惧がありましたが、今は、技術発展によって可能性を開いています。今の藤井先生のお話では、物や身体性に繋がったフィジカルコンピューティングも範疇になってきます。Twitterでは「結局、建築におけるコンピュータの必要性を誰もクリアに語れないのか」という厳しい意見も頂いていますがどうでしょうか。
石澤──建築は、物でありながら膨大なデータの塊、集積です。それぞれの専門でコンピュータが使われていますが、誰も横断的に見ていないという問題を抱えています。それをもう少し整理したり、アダプタビリティを高めることが必要だと考えられ、それはコンピュータでしかできない。そういうことだと思います。
角田──建築をつくっていく時に伝わっていく情報をどう媒介するかという問題で、建築においてコンピュータは必ずしも必要ないかもしれないが、コンピュータのなかでプログラムがどのように動いているのか、そうした仕組み自体を理解することは必要だと思います
。木内──コンピュータがなくても建築はつくれるので、必要性については違和感があります。ただし、建築は社会的な産物であり、社会において建築をつくるうえでは情報を無視するわけにいかない。お金や工数や性能の把握にコンピュータが有用であり、そうした情報の総体として社会的に認識される建築という意味では、計算の必要性があると言えるかもしれません
。堀川──僕も建築にとってコンピュータが絶対必要だとは思いません。ただ、アメリカに行くのに飛行機を使わずに船旅でもいいですか、時間も膨大にかかりますよ、というようなものだと思います。
三井──問題解決のための選択肢が増えるということだと思います。そのなかで一番よい選択をするために人間の外部の脳が必要です
。中西──コンピュータがもたらす新しい様式、新しいタイプの建築を生み出す可能性を探求する人がいるのは自然だと思います。その一方で、昨日Processingのコミュニティのなかでもツールについての問題提起もされました。例えば、Rhinoceros+Grasshopperであれば、それを使うことでありがちな絵や建築が量産されますが、そうしたクリシェを超えたコンピュテーショナルデザインを生むために建築情報学があるべきだと思います。
池田──なぜ建築情報学会に「建築」という言葉が残っているのかという疑問も出てくると思います。つまり建築情報学会が考えている建築が問われているということです。建築がコンピュテーションによってデータやシステムに解体されていて、その時には必ずしも形があって空間があるということではなくなっています。建築築情報学会における建築は、オーソドックスな意味での建築から外れていると思います
。藤井──日本建築学会が考える建築の中心は物体でつくるものだと思います。ただ、情報でコントロールする何かがあり、建築の概念そのものが変わっていく可能性があります
。それは、既存の建築学では扱えないものなので、単純に興味がある人が集まってワイワイやっていくのがよいと思います。アンチでも賛成でもプロでも学生でも、好きだし、楽しいからやる、興味があるから集まって議論しているわけで、そもそもの必要性を問われるならば「来なくていいよ」と言いたくなります(笑)。前向きな話をしたいですね。石澤──ヴァーチュアルな建築はもちろんあっていいと思いますが、一方で情報化夜明け前の建築の問題も山のようにあります。例えば、現場の運営、積算、工程の管理など、挙げればきりがないのですが、そこに接続したいという思いもあります。既存の建築領域の内部にもフロンティアの一端があると思います
。藤井──実務面では確かに急務だと思います。例えばBIMの技術があっても、設計施工プロセスのいろんなところに分断があります。
池田──先ほど藤井先生は創造性そのものは教えられないとおっしゃっていましたが、ここでは人間にはデザインマインド、創造への本能的欲求があるという前提に立っています。建築学科であれば自然なことかもしれませんが、建築情報学においては創造性とコンピュータとの関係を考えなければなりません。デザインという欲求をどう扱うかはまたひとつ大きな問題なのではないかと気づかされました。
渡辺──創造性そのものを教育することはできませんが、コンピュータは創造性をエンハンスする道具、共創していく道具として、その能力を発揮していくような方法論は教育できると思います。最近の話ですが、将棋をコンピュータでトレーニングするなかで新しい手筋が発見されているという例もあります。
角田──渡辺さんがおっしゃっていたように、大前提としては人間をエンハンスすることが重要で、それが拡張された時に、コンピュータがある程度勝手にやってくれるということもあるだろうと思います。
仮に、意匠、構造などの領域とは別に建築情報学ができるとすれば、既存の考え方が変わる可能性があります。日常的にいろんなデータに触ったり分析をしていると従来とは違った側面が見えてくることも多いですから。ただ、それをいつ誰に教えるのかについては、いろいろな迷いがあります。最初からか、段階的に気づきが生まれていくようにするかという2通りがあります。
木内──今は物理的な物だけではなく、そのストーリーや関係性など、物を取り巻く情報まで含めてつくることが求められています。そして、より具体的に実装、アクションが取れるタイプの人が求められていて、明らかに情報のリテラシーが必要です。そうした人材を生み出すことはひとつ課題になると思います。
堀川──建築を学んでいない方が情報を介して、建築に関わる機会を得られるのではないかと思います。VUILDの秋吉さんの例が出されていましたが、技術を利用して、建築的な施工のかたちを見せながら、社会との繋がりを示すことで、建築出身の人だけが建築に関わるべきだというようなしがらみを取っ払うことができるのではないかと思います
。豊田──旧来のホテルというあり方をAirbnbが崩したり、タクシーという枠組みをUberが崩したように、建築情報学が建築の民主化や流動化を促すということですね。
渡辺──建築学会の情報システム技術委員会の立場から言えば、現状、われわれはそうした受け皿にはなっていないということなのでしょうか
。木内──僕の学会に対する理解が足りていないのかもしれませんが、やりたいプロジェクトのイメージがあった時に、その実現のためのネットワークをつくれるか、コミットできる仕組みがあるかという意味では、学会は不十分だと思います。学会は、論文を提出して、プルーフしてもらい、それをより確実なものにしてもらうところという認識をもっています。
三井──情報システム技術委員会は、最初に紹介したように、ざわつきをもった面白いところなのですが、ほかの委員会と比べると学会には座りが悪いところがあり、それをうまく納めるために、ちょっと機能を低下させるとか、木内さんが望むようなことをできないようにしないといけない感じがあります。だから、もっと流動的で、変化にも対応できるような建築情報学会があるといいと思いますし、そういう意味では、建築情報学に体系化はフィットしないのでは、という印象をもっています。
豊田──日本建築学会は、外の世界から見ると三田の建物の中にある不思議な世界で、気軽にアクセスしにくいのは確かだと思います。せっかくいろんなベンチャーが出てきたり、産業へ即コミットできる可能性があるなかで、民間の動きへのアクセスももった懐の大きさ、機動力の高さがないのはもったいないと思います。そういう意味で建築情報学会は、かちっとした学会というかたちを諦めて、外側へ向けて、フレキシブルで動的なネットワークとなるよう求められているような気がします。
池田──私は建築情報学会と日本建築学会の二重スパイのようですが、渡辺先生のご意見は応援のようにも感じました。建築学会の外につくるからには、はっきりとそれとは違うモデルでなければいけません。必ずしも建築という姿がなくても、建築が果たしていたような役割を担っていくことがあるかもしれません。例えばVRのなかに存在する建築的な体験などといったものまで包含して考えなければいけません。その時の新しい物事のくくり方のベースとしてコンピュテーションが鍵になると思います。
中西──僕は人工知能学会と日本建築学会の両方に入っていますが、建築学会では、建築の領域を少し拡張するようなものは喜ばれるけど、外れすぎるとうしろから撃たれるからそこが難しい、というような話があります(笑)。建築情報学会が既存の学会と離れるメリットは、「それは建築じゃない」というツッコミをなしにして、躍動感、ざわつき、建築の何千年もの歴史から自由になる空気をまとったコミュニティにするということではないでしょうか。それは、どんなスキルを備えた人材をどこに輩出するかとリンクします。角田さんがモデレーションした第3回で議論されている杉原聡さんは当初コンピューターサイエンスをやっていて、その頃から知り合いでしたが、久しぶりに会ったらProcessingで建築をつくっていてびっくりしました。先ほど秋吉さんの例もありましたが、そうしたロールモデルになりそうな人も出てきているなかで、新しい躍動感のあるコミュニティができれば、ゲームや映画、舞台演出など、もっと自由に集まれる場所として機能できるのではないでしょうか。
池田──素晴らしい視点を頂いたと思います。
豊田──既存の建築学会との生産的な棲み分けということも考えていかないといけないなと思いました。せっかく錚々たる方々がいらっしゃっているので、会場から質問を受けたいと思います。
会場1──日本大学名誉教授の新宮と申します。かつて日本建築学会の情報技術委員会の委員長を務めておりました。私自身の専門は力学分野のシェル構造で、そこではコンピュータは必須のツールです。新しく建築情報学会をつくろうとされていることに関して言えば、どうしても建築学会から独立する必要性があれば、十分な議論をされてつくっていけばよいと思います。
池田──ありがとうございます。過去5回の参加者の構成を見ると、建築学会の会員はおそらく半分以下だったと思います。かなり多くの建築以外の方々に可能性を感じてもらっていて、こうしたことは建築学会だけでは難しいと実感しています
。会場2──名古屋市立大学の3年生です。建築情報学の教科書で何を教えたいかではなく、学生に何を問いかけたいのかを端的に聞きたいです。私自身が3年後期で、パラメトリックデザイン、Rhinoceros+Grasshopperに取り組む課題がありましたが、授業時間が3割で自主的に勉強した時間が7割という感じでした。やはり建築情報学の教科書でも、問いを積み重ねていくことで導くことができるのではないかと思いました。
石澤──教えきれないというのは本当にその通りだと思いますが、そこで何かを切り捨てるのも違うと思っています。何かのときに戻ってこられる教科書として、授業とは分けて考えました。
藤井──気持ちとしては「これを身につけたら楽しいことがあるから、今はわからないかもしれないけど、我慢してやってね」という感じで教えています。効用があるからやったほうがいい、という言い方も多少はしますが、やはり信じてほしいと思います。
角田──質問の通りで、僕も問いによって教科書をつくることができないかなと考えていました。例えば「パラメトリックにモデリングをしてみましょう」ではなく「100案つくってみよう」というように、コンピュータを使わなければ解けない問題設定をするなどの問いかけが重要だと思います。
木内──自分は何に興味があるのかという自覚と、何か調べたい時にそれを正確に調べられる能力がとても大切だと思います。自ら目的を定めて調べると、また違う場所へ導かれるので、またそこで新たに必要な知識や道具が芋づる式に見えてきます。自分に対して必要な道具立てを揃えるという勝負の方法を学んでほしいと思いながら、目次をつくりました。
池田──問題集のほうが楽なのかもしれませんが、そうはいかないところがあります。教科書は、必要なことが書いてあるというよりは、必要なことを学ぶために物事の見方を変えるため、必要なことを探すための方針が書いてある、ということでよいのかもしれません。
渡辺──初等教育はステップアップ式ですが、大学の教育はメニューを提示するのが限界で、そこから先は発見的にやっていってもらうしかありません。個人的には建築情報学会を応援したい一方で、立場上は既存の日本建築学会の援護もしないといけません。情報システム技術委員会はけっして閉鎖的なところではないと思っていますし、建築学会での研究や実践の蓄積が建築情報学のフレームワークに繋がることもあると思います
。池田──そうですね。ぜひ相互交流をしましょう。
中西──最初に自己紹介が難しいという話をしましたが、最近わかりやすいと思っているのが、「エクスペリエンスデザインをやっています」という言い方で、エクスペリエンスデザインという言葉をつくられたドナルド・ノーマンさんに感謝しています(笑)。単にコンピュータのインタフェースやアプリだけではなく、空間やメディアアートも含んだ領域としてなんとなく理解してもらえます。最近、エクスペリエンスデザインの教科書が出版されています。さまざまな知識が求められるので、マーケティングの人、空間デザインの人、ソフトウェアの人など、いろんな人が集まり、勉強するスタートポイントとしての教科書の必要性が高まったからだと思います。ただ、教科書があっても、それをカリキュラムとして組み込んだ学校はあまりありません。質問された学生さんへのメッセージとしては、新しいカテゴリやコミュニティが立ち上がり、既存の学科の枠組みでは捉えきれない新しいエネルギーが流れ込んでいるところでは、教科書ですべてを教えられる訳ではないということです。しかし取っ掛かりとして領域を示すことができるだけでも、いろんな人の座りがよくなるという意義があります。もちろん最初から完璧な建築情報学の教科書をつくれるわけはなく、それは問いかけにもなりますので、第一歩を踏み出していただくことに意義があると思います。
三井──今、日本の建築学科や建築工学科は、建築士資格を取らせることが大きな命題になっていて、先ほどの学生さんがおっしゃっていたような授業は、大変だったかもしれませんが、貴重なものでラッキーだったと思います。
教科書は必要なものをどんどん盛り込んでいくと、ものすごく大きな本になってしまいますから、学生にとってはどんな世界があるのかを見られることが大切で、われわれにとってはその見せ方が大切です。すべてを網羅する必要はなく、気づきを与え、学生が自分で歩いていける教科書や授業であってほしいと思います。
池田──実務の世界では建築情報学が必要とされているのに、一級建築士の要件になっていないので、われわれが働きかけないといけないところかもしれません
。藤井──道標になっていくような教科書がよいと思います。計算機科学であればほかの本があるので、建築にとって十分に本格的なものが見つかり、読む人がそれぞれゴールを設定できるものが理想です。それと、建築学会の擁護が出ていましたが、話をする相手によってインタラクションが違ってくるので、観点が違う学会がいくつかあるのは楽しいことだと思います。
池田──大変ありがとうございました。大幅に時間をオーバーしてしまっているのでここで締めたいと思います。会場からもTwitterからも貴重なご意見をいただいて多くのことに気づかされましたし、われわれの至らない部分やもう一度立ち戻って考え直すべき部分も感じました。一方で、これだけの熱をもって議論していただけることもわかったので、今日のいろんな教えを噛み締めながら頑張って続けていきたいと思います
。建築情報学会準備会議第6回の終了後、コアメンバーは当日の議論を振り返りながら、さらに目次案の練り直しを行いました。池田靖史氏による「まえがき(のようなもの)」とあわせて、以下に公開します。
>>> まえがき(のようなもの)|池田靖史
>>> 教科書目次案|新井崇俊
>>> 教科書目次案|石澤宰
>>> 教科書目次案|木内俊克
>>> 教科書目次案|角田大輔
>>> 教科書目次案|堀川淳一郎
10+1 websiteでは、これまで6回にわたって建築情報学会準備会議の連載してきました。連載はひとまずこれでひと区切りとなりますが、学会設立にむけた活動は今後も継続されます。これまでの連載で撒かれた多様な論点を振り返りつつ、読者のみなさんもぜひこれからの議論にご参加ください。