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ヨーロッパへの船上の
ルイス・バラガン、1931
《バラガン邸》
メキシコ・シティ
ラミレス通り14番地
1947-48、居間の窓
《ヒラルディ邸》
メキシコ・シティ
1975-77、プール
ロス・クルベスの
《サン・クリストーバルの厩舎》
メキシコ・シティ
1966-68、穀倉側の眺め
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筆者は、つい先月までの約1年半の間、スイスのチューリヒという街に住んでいたのだが、その間にたまたまメキシコ・シティへ行く機会があって、《バラガン自邸》や《ヒラルディ邸》をはじめとするいくつかのバラガンの実作を体験した。スイス滞在期間中にメキシコのバラガンを経験したのだ。
と思ったら、この度、4月19日から東京都現代美術館で始まった「ルイス・バラガン 静かなる革命」展は、ある意味ではスイスから東京へやって来たのである。というのも、この展覧会の企画に協力しているバラガン財団は、メキシコ・シティにではなく、どういうわけかスイスのバーゼルにあるからだ。まったくの私事ながら、これには何かとても奇妙な偶然を感じる。実際にはこの展覧会は、2000年にドイツのヴィトラ・デザイン美術館を皮切りにスタートし、その後ウィーン装飾美術館、ロンドン・デザイン美術館、バレンシア近代美術館を巡回して東京へやって来たのだが。
東京展では、これに、建築家・安藤忠雄と氏の建築設計事務所および、東京大学安藤忠雄研究室の協力で、東京展のための独自企画が組み合わされたようである。
本展覧会に関するレヴューは、すでに『STUDIO VOICE』誌(VOL.317)で紫牟田伸子氏が、「telescoweb」によるメール・マガジンでは鈴木明氏がそれぞれ触れており、また、筆者も参加しているウェブ・サイト「architects'
café --- cybermetric」では五十嵐太郎氏が少し触れているので、それらを参照していただくとして、筆者は、特に東京展での独自企画と展示そのものに的を絞って触れておきたいと思う。
まず、いきなり目の前に現われるのは、東京展の一番の売り物になっている(?)《ヒラルディ邸》の一部を原寸大で構成した展示である。筆者のように、実物を訪れたことのある者にとってはもちろん物足りないものではあったが、そうでない方にとっては、そのスケール感をつかむ助けになることは間違いない。ちなみに、現在でも再版されている齋藤裕が撮影した、同住宅の写真(『ルイス・バラガンの建築』
TOTO出版)は、実際の建築の空気をかなりよく表現していると思う。
また、東京大学安藤忠雄研究室の女子3人組が作ったという、覗き込むように作られた模型は、少し荒いところもあったがなかなか良い。われわれ建築畑の人間が日常的に作り慣れている「全体主義的」で「俯瞰的」な模型とはまったく異なる、各場面ごとに視点を限定する、撮影用の「セット」のように作られた模型である。彼女たち自身も普段は作っているはずのいつもの模型の製作手順と比べて、これらは全く異なっており、戸惑いつつも楽しみながら作業したであろうことが想像できた。この模型が並べられているセクションでは、最初に彼女らの口上が控えめに記されていたが、そこには次のようにあった。いわく、バラガンの建築は、鳥瞰では把握できない空間を持っているため、建物の内部にいるかのような状態で見てもらう必要がある、と。それは筆者にはまったく正しい判断だと思われた。しかし、だからこそ、《サン・クリストーバルの厩舎》を映したビデオ・コンテンツが、ヘリコプターによる空撮映像から始まったのには本当に驚いた。筆者は館内で思わず声を上げてしまったほどだ(ちなみに、順路から言えば、そのビデオ・コンテンツのほうが模型より前にある)。確かに、バラガンの建築においては、鳥瞰というのはまったく予想だにしないアングルである。
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