家具と機械の解剖学
「イームズ・デザイン」展と「ダヴィンチとルネサンスの発明家たち」展
             
 

「ダ・ヴィンチとルネサンスの
発明家たち展」

 本展は、まず始めにパリのラ・ヴィレットで1995年11月から1996年5月にかけて開催され、続いてフィレンツェ、ニューヨーク、ロンドンを巡回し、今夏、東京で開かれた。しかし、実は本展はそれ以前に企画されたルネサンスの技術者に関する二つの展覧会がもとになっているので、その準備期間も含めると今日までに15年以上もの長い歴史を経ていることになる。
展示は3部構成となっており、第1部はフィレンツェ大聖堂のドーム、第2部はシエナの技術を扱い、それぞれの都市で利用されたさまざまな機械が紹介された。ルネサンス時代の機械は、建設現場で用いた木製のクレーンにしても水力を利用した製粉機にしても、少ない力で大きな動力を効率的に得られるよう、ねじ、歯車、滑車などを複雑に組み合わせたものである。会場にはギベルティやジュリアーノ・ダ・サンガッロ、フランチェスコ・ディ・ジョルジョといった当時の技術者による多数のスケッチ(複写)や何台もの復元模型によってルネサンスの機械技術や建設技術がわかりやすく展示された。
第3部は「レオナルド−機械とメカニズム」をテーマとし、ここでも数多くのスケッチ(複写)や手稿(複写)およびその復元模型が展示された。レオナルドが「モナリザ」を始めとする優れた絵画を描くと同時に、馬や人体を解剖して筋肉、骨格、内臓器官などをスケッチしたことはよく知られているが、彼はまた、さまざまな機械やそのパーツのスケッチも残している(図5)。もちろんレオナルド以前の技術者たちも、第1部や第2部で紹介されたように機械のスケッチを数多く描いており、当然彼もその伝統を引き継ぐ一人だったことには変わりない。しかし、レオナルドが革新的だったのは、機械を部分に分け、ねじ、歯車、滑車などを別々に描いたことだ。これは単に機械を部品に分けたという問題ではない。機械が、全体で一つのものとしてではなく、個々の部材で構成された複合物として初めて認識されたことを意味するのだ。この点において、それ以前の技術者たちによる認識とは決定的に異なっていた。彼は人体から筋肉や心臓など「器官」を取り出して描いたように、機械からもパーツを取り出して描き、それを「機械の構成要素」と名付けている。それだけでなく、滑車の運動やねじの力すなわちそこに生じる力学的問題やそれらの性能も個別に研究された。つまり「機械の構成要素」は連結している他の部分から切り離され、それぞれの性能は定量的にとらえられる。そしてその上で、それらの要素の組み合わせとして、用途に応じた幾種類もの機械を成立させようと考えたのだ。
レオナルドは機械と人体のアナロジーを唱えたが、建築もまた機械や人体との類似性を持ち、それらを扱う建築家と医者は対応関係を持つという。つまり彼にとっては建築も機械も人体もすべて、必要不可欠かつ完全に統合された部分からなる組織であり、完全な器官の集合と認識される。機械からねじや歯車が切り離されたように、集中式平面を持つ教会堂のスケッチの脇には、小ドームが本体から切り離されて描かれている(図6)。この小ドームは全体の中の部分でありながら、同時に完全な器官でもあるのだ。
H・ヴェルフリンやP・フランクルによって、ルネサンスとバロックは多数的と統一的、あるいは付加と分割という二つの対立する原理によって説明されたが、さらにフランクルは『建築造形原理の展開』で多数の建築スケッチを検討し、レオナルドにおいては空間形態の創造が単に付加の原理に基づくというだけでなく、科学的な組み合わせの問題となっていることをも指摘した。つまり、集中式教会堂の計画においては、円、半円、正方形、八角形といった付属空間を、基本形態の主軸や斜交軸に機械的に付加することによって、考え得る限りのあらゆる中心型平面を得ることができる。ここで、基本形態も付属空間も幾つかのバリエーションを持つが、それらは互いに置換可能なので、たとえばギリシャ十字プランをベースにして、中央の正方形の空間を八角形や円や十二角形で置換することもできる。従って、中心型平面の教会堂のバリエーションとは、一つの基本図式にもとづく組み合わせとしてパズルのように数学的に展開されうるということになる。そこには建築家の個性や想像力などというものが介入する余地はない。レオナルドの科学的な視線は、建築をも完全なる器官の集合とみなし、機械や人体と同様に扱ったのである。

さて、最後に両者の方法についてもう一度考えてみたいと思う。イームズは家具をパーツに分けることにより、量産に成功した。一方、全体を部分の集合としてとらえることの原点は、レオナルドのスケッチの中に読みとれる。両者に共通するのは、家具や機械を解剖し、それぞれの部材や部品の性能を個別に検討したという点である。イームズの脚や座面は椅子の一部であると同時に自立しており、それゆえに数種類の脚や座面は互いに置換可能で、部材は共用化される。全体を部分に分けること、しかも自立した部分に分け、その性能を個別に検討することは、もちろんイームズにのみ限られた方法ではない。それどころか何かを科学的に分析する際には、それは今日の私たちにとってあまりにも当たり前の方法かも知れない。しかしこのような科学的な視線は、レオナルドの機械や人体の研究において初めて出現した。彼は人体や機械や建築を完全なる部分から構成されているものとみなしたが、機械の部品は自立したものとして扱われるがゆえに性能を定量化することができる。また建築においても、円や四角など多様な形の主空間と付属空間は、それぞれが完全なものとして認識されたからこそ、互いに置換可能となった。そして、彼は教会建築までも、その形態の組み合わせを数学的に研究しようとしたのだ。
両者には、分解や分割という方法を手がかりとして、より合理的にそれらを組み合わせようという態度が見られる。レオナルドは工業化や大量生産からはほど遠い時代に生きたが、機械全体を一つのまとまりでなく、個々の部品からなる構成物としてとらえた彼の科学的な姿勢は、今日につながる大きな一歩だったと言えるだろう。           ←PREVIOUS

図5 レオナルド・ダ・ヴィンチ「歯付き円盤と組み合わせたウォーム(ウォームギヤ)」マドリード国立図書館蔵 マドリード手稿I、17葉裏

図6 レオナルド・ダ・ヴィンチ「集中式平面の教会堂」フランス学士院図書館蔵 手稿2184、5葉裏

 

参考文献

『イームズ・デザイン展コンセプトブック』APT International、2001年
『ダ・ヴィンチとルネサンスの発明家たち展カタログ』日本経済新聞社、2001年
P・フランクル『建築造形原理の展開』ジェームズ・F・オゴールマン編、香山壽夫監訳・編、鹿島出版会、1979年
20世紀建築研究編集委員会編『20世紀建築研究』INAX出版、1998年

図版出典

図1、2、3、4:『イームズ・デザイン展コンセプトブック』2001年、APT International、2001年
図5、6:『ダ・ヴィンチとルネサンスの発明家たち展カタログ』2001年、日本経済新聞社、2001年


展覧会データ

●イームズ・デザイン展 
2001年8月10日〜9月30日
於:東京都美術館

●ダ・ヴィンチとルネサンスの発明家たち展
2001年7月10日〜9月2日
於:日本科学未来館