新宿

超高層地下街
瀬山真樹夫 SEYAMA Makio


 

 

『アンダーグラウンド』という絵本がある★1。副題が「都市の地下はどのようにつくられているか」となっており、文字通り地中に埋まるインフラや、地下鉄、地下街などをイラスト付きで解説してある本なのだが、その中でもひときわ印象深いのは、いっさい土を描かずに地中に埋まっているインフラだけを描いてあるものである。しかも、それは地中の深いところから見上げるような角度の構図なので、建物の基礎や土管などといったものがまるで宙に浮かんでいるように描かれているのであった。本の中ではそのイラストは「高層ビルの基礎がいかに深くまで埋まっているか」を印象深くイメージ化するために用いられている。同じ目的の図であっても、例えば都市の断面を切って地中に埋まっているものを見せるとか、そのような類の表現がなされていれば、印象はずいぶんと違ったものになるはずだ。しかし、ここではきわめて具体的な構造物の解説図でありながら、本来であればそれら構造物を支えているものであるはずの地面が消されているがゆえに、人工的に作られたものとものとの関係だけを抜き出して捉えたような、ひどく抽象的な図になっている。このような書き出しをしたのも、今回の「地下設計製図資料集成」で新宿駅西口地下街を歩いたときに、この「透明な地面」のことを思い出したからである。それは、新宿駅西口地下街と、そこに直結する超高層ビル群との関係において見出されるような性質のものだった。

 

西新宿の高層ビル街の真ん中と聞くと、そこはきわめてアクセシビリティに富んだ、便利な場所として想像されるのではなかろうか。24時間、街では様々に使える店がいつでも営業しているし、終電車の時間もいろいろな場所にぎりぎりの時間まである。夜も昼もなくいつでも街とつながっているイメージ。ところがこんな話を聞いたことがある。その「西新宿の高層ビル街」のど真ん中に立地しており、29階建ての高層ビルがキャンパスとなっている工学院大学に通っている友人の話なのだが、大学はセキュリティのために、夜11時以降から翌朝になるまでは建物に対しての人の出入りを認めておらず、そのため家に帰る人は遅くとも11時には建物を出なければならないし、また大学に泊まる人たちも11時までには食料を近所のコンビニなどで買いだめしておかないと、翌朝までは食事をすることができなくなってしまうのだそうだ。この「西新宿の高層ビル街の真ん中」という場所と「買いだめ」という考えの間に大きなギャップがあるように思えてなんだかおもしろい。というか、ひょっとしたら郊外 (例えば新宿から小一時間の距離の駅を使い、その駅からまたバスで数十分というようなところ)にある大学のほうが、車さえあれば24時間いつでもアクセスできるということに関しては長けているかもしれない。しかし、西新宿の高層ビル街の一角は夜になると事実上孤島となる、地上から最も遠い場所が出現するのであった。

 

今回は西新宿でフィールドワークをしつつ、その工学院大学を利用してミーティングなどを行なったのだが、その最中にいくつかの興味深い発見をするにいたった。西新宿にある超高層ビルはほぼ例外なく地下道から直接アクセスでき、そこではフロアどうしがエレベーターにより垂直につながれることで、地下レベルと地上レベルとがほぼヒエラルキーなく反復するものとして現われることになっている (この意味では以前の池袋西口・東口地下街の形式と似ている)[fig.1]。ここで重要なのはフロアどうしを繋ぐ部分であるエレベーターの入り口部分の意匠が、地下レベルにおけるものと、地上レベルにおけるものとでほとんど、というか全く差がみられないということである。このことが、われわれに奇妙な感覚をもたらす。つまり、地下においてエレベーターに乗りこみ、再びその扉が開いてそこから出たとき、そこが何階であっても依然としてそこは地下の延長のように感じられるという錯覚である。実際そこはいくつかの点で地下とよく似た特徴を備えているだろう。例えばそのフロアからは「外に出ることができない」。窓から景色を眺めることはできるが、その窓が開くことはなく、徹底的に外部環境から遮断された空間となっている。これは、前述の「夜になると事実上孤島となる、地上から最も遠い場所」という考え方とも符合する。そこは、閉ざされたひとつの街のような場所である。そしてこれらは、そこが超高層であるがゆえに備わる特徴である。
諸星大二郎の漫画に「地下鉄を降りて」という短編がある。新宿と思われる街を舞台にしたものでサラリーマンの男が地下街で迷いさまよったあげく、地上を目指してひたすら階段を上ってゆくとそこは超高層ビルの屋上だったというものである。男は、階段を上ることで「最深部」へとたどり着いてしまうのであった。この設定は、単純ながら重要な思いつきであると言えるだろう。つまりわれわれは、「地下」と「地上」を容易には峻別することができない。実際に工学院大学の窓からの眺めは『アンダーグラウンド』の「いっさい土を描かずに地中に埋まっているインフラだけを描いてある」絵ときわめてよく似ているのだった。それはまるで「透明な地面」の風景である。しかし注意しなければならないのは、これを単に比喩的なものとして、安直に「拡張された地下街としての超高層ビル」などと捉えてはならないということだ。そうではなく地下がそこここに遍在しているという事態に自覚的になることが重要である。この、奇妙にねじれた潜在性に自覚的になることでわれわれの風景はどのように変化するのだろうか? フィールドワークは続く。


fig.1——新宿駅西口地下案内図。
高層ビルが地下街の案内図に描かれているということに注目。

■註

★1——デビッド・マコーレイ『アンダーグラウンド——都市の地下はどうつくられているか』(田村明訳、岩波書店、1981)
 
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