地下空間に関する考察(3)|松田達

堤防的、放水路的

先日、写真家の新良太氏が首都圏外郭放水路を撮影に行くというので、その取材に同行させてもらった。新氏の迫力ある地下写真は、このWebSite_10+1や『10+1』本誌23号などですでに紹介されているので、ぜひそちらを参考にされたい。ここではその首都圏外郭放水路の概要から、まずは簡単に追ってみたい★1
 
★1——詳細については、次のホームページを参照。
国土交通省関東地方整備局江戸川工事事務所
http://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/project/
浸水/治水  

そもそも首都圏外郭放水路と聞いて初耳の方も多いと思う。首都圏外郭放水路は埼玉県東部の春日部市と庄和町をつなぐ位置にあり、大落古利根川と江戸川を結ぶ全長6.3キロメートルの地下トンネルである[fig.1] 。東京湾横断道路に次ぐ、建設省(現国土交通省)の大規模プロジェクトだという。

首都圏外郭放水路位置図
fig.1──首都圏外郭放水路位置図
出典=『首都圏外郭放水路パンフレット』
(建設省関東地方建設局江戸川工事事務所・放水路課)


この放水路が位置する埼玉 県東部の中川・綾瀬川流域とよばれる一帯は、荒川、利根川、江戸川といった大河川に囲まれた慢性的な浸水地帯であり、古くから大雨のたびに深刻な被害がもたらされてきた。流域面積は約1000平方キロメートル、その下流域には東京の下町も含まれる。中・上流域は、高度成長期以降の急激な市街化によって、森や水田が減少するなど土地の保水機能が失われつつあり、それがさらに浸水問題を深刻なものにしている。
断面で見れば、堤防より低い土地も多く、水のたまりやすいお皿のような低平地である[fig.2]。地形的に平坦であるため河川の勾配も緩く、いったん大雨が降るとなかなか河川の水位が下がらず、さらに浸水もなかなかひかないという悪条件をかかえた地帯である。そのためこの地域は、オランダのように、つねに治水対策を必要としてきた。


中川・綾瀬川流域断面
fig.2──中川・綾瀬川流域断面
出典=
国土交通省関東地方整備局江戸川工事事務所ホームページ
http://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/project/


 

 
首都圏外郭放水路  
首都圏外郭放水路は国道16号線に沿って地下50メートルの深さを走るトンネル状の治水施設であり、洪水時に中川、倉松川、大落古利根川といったこの地域の河川の水を、より大きな江戸川へと放水するためのトンネルである。すべての施設が完成すると、浸水面積は約5分の1に、また浸水被害人口は22万人から0.5万人へと激減するという。シールド工法によって掘られた内径10.6メートル、全長6.3キロメートルのトンネルは、途中五つの巨大な立坑によって地上と結ばれている。立坑の内径は大きなもので36.6メートルあり、施工時にはシールド工法の作業基地、完成時には洪水の取り込み口としての役割を果たす。河川の水は、それぞれの立坑から地下トンネルへと取り込まれ、最大毎秒200立方メートルが江戸川へと放流される。
先月WebSite_10+1に掲載された新氏の写真は、その立坑とトンネル内部、そしてそれらの接合部である★2。非人間的なスケール感に圧倒される。トンネル部分は基本的に、ボルト式のRCセグメントの集積によってできている。セグメントひとつは幅1.2メートル、厚さは60〜65センチメートル、重さ約7.4トンであり、それが内径10.6メートルのトンネルを9分割している。セグメント9ピースがひとつのリングとなり1.2メートル分のトンネルを組み立てるのだから、全長6.3キロメートルのトンネルは大体5万個のセグメントによってできあがることになる。
 
★2——「Under-construction」
01_首都圏外郭放水路[1]
https://www.10plus1.jp/underground/photo/atarashi01.html
1000平方キロメートルの砂場  
ところで、要するにこれは、地面に巨大な穴をボコボコと空け、そこから地下に掘ったこれまた巨大な川へと水を流すという、なんとも単純かつ明快な原理によってできたインフラ施設なのである。驚くべきは、地下において現われたその巨大なスケールである。言い方は悪いが、この治水の発想そのものは、幼稚園のときの砂場の水遊びで思いついたような、ある種の乱暴な解決方法である。けれども実際、流域面積1000平方キロメートルという巨大な浸水地帯に対して、あたかもそれが砂場であるかのような荒っぽい処置を施すことによって、その乱暴さが一気に現実味を帯びてくる。
「堤防」のような「洪水が起きないように」という回避型の治水対策よりも、「放水路」という「洪水が起きたら流してしまえ」という対峙型の発想のほうに、都市と自然の関係として惹かれるものがある。地下に巨大なトンネルを掘るという暴力的な土木工事であるのに、それは自然のダイナミズムを肯定しているようでもある。そう考えると「堤防」は逆に自然に対する抑圧的な装置であるようにも見えてくる。実際、「放水路」が作動するのはつねに「洪水が起きてから」なのである。そのとき氾濫する川の流れ自体はまったく抑圧されておらず、細流にいたるまで水は自由に流動しているのである。
 
 
堤防的/放水路的  
人工的なものに徹することによって、逆に自然を解放する。同じような例が、レム・コールハースのプロジェクトにも見出せる。コールハースの《スキポールS》というプロジェクトは、オランダの海岸沖約十数キロメートルの位置に、面積約100平方キロメートルの新しい島をつくり、現在内陸にあるスキポール空港をそのまま移転してしまうというものである。そのプロジェクトは建築的形態がなく、ほとんどプログラムだけでできあがっているという点でも興味深いのだが──コールハースはダイアグラムをもちいて関係者に説明をするという、ほとんどコンサルタントそのもののような新しい建築家のアイデンティティを説いている★3──それより面白いのは、海岸沖につくった島によって海流と水位に影響が出て、なんとオランダ沿岸の侵食が緩慢になるという効果が研究によって確かめられている(らしい)という点である。しかも直径10キロメートルの島がいくつも連なって、新しいオランダの土地となるという展望まで示されている。
もちろんある側面から見ればこれほど暴力的で人為的な計画もない。けれどもこのような発想は基本的に、「堤防的」計画とは一線を画しているように思われる。自然をスタティックなものとして閉じこめておくのではなく、自然のダイナミズムそのものを計画の中に入れてしまう、それが「放水路的」計画ではないかと思う。「堤防的」計画が理想化された経路のなかに水を通そうとする事前的な計画だとすれば、「放水路的」計画はあらゆる想定可能な水の流れという無限の潜在的経路を肯定する事後的な計画である。
 
★3──レム・コールハース「ビッグネスと速度」土居純訳『a+u OMA@work.a+u』2000年5月号臨時増刊(エー・アンド・ユー、2000)
建築的/土木的  

首都圏外郭放水路の話からずれてしまった。最後に新氏の今回の写真と重なる部分の話を追加しておこう。
地下へとただ水を流すだけではそこに水がたまってしまう。最後に江戸川へと排水するためには、ポンプと排水機が必要である。第1立坑という縦穴の先に、巨大な調圧水槽と排水機場があり、地下トンネルを通ってきた水は、調圧水槽を経て、排水機場のタービンポンプで江戸川へと放流される[fig.3]。今回掲載された新氏の写真は、排水機場と調圧水槽内の写真である★4。僕が撮影に同行して中を覗かせてもらうことができたのも、この部分である[fig.4-5]

調圧水槽・排水機場パース

排水機場入口

排水機場内部

fig.3──調圧水槽・排水機場パース
出典=『外郭放水路調圧水槽新設工事パンフレット』
(建設省関東地方建設局江戸川工事事務所・放水路課、
佐藤工業・奥村組・竹中土木特定建設共同企業体)
fig.4──排水機場入口
fig.5──排水機場内部

特に調圧水槽は、放水路が稼働しはじめると中に入れないので、今回は貴重な経験であった。外郭放水路全体の完成は2006年の予定だが、放水路の一部がもうすぐ使われはじめるらしいので、撮影の機会もおそらくなくなるだろう。
コンクリートの巨大な柱が林立する神殿風の空間が調圧水槽である[fig.6−9]。調圧水槽の幅は約80メートル、長さは150メートル以上であり、またコンクリート柱の高さは約20メートルである。撮影時にはまだ一部が工事中であったのだが、その足場に昇って神秘的な空間を見下ろすことができた。それは人工物がつくりだす神聖な内部空間の体験であり、建築的スケールをはるかに超えた土木的スケールの体験でもあった。そこではコンクリートが、建築で用いるそれとはまったく別の物性へと姿を変えていた。

★4——「Under-construction」
01_首都圏外郭放水路[2]
https://www.10plus1.jp/underground/photo/atarashi02.html
調圧水槽内部 調圧水槽内部  
調圧水槽内部 調圧水槽内部
fig.6−9──調圧水槽内部
fig.4−9
筆者撮影
 
 
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