ENQUETE

特集:201201 2011-2012年の都市・建築・言葉 アンケート<

光岡寿郎

●A1
強迫神経症(obsession)としての「保存/記録」

まずは、現在も東北・北関東に限らず日本全国に避難しながら日々を送る被災者の皆さんに、心よりお見舞い申し上げたい。そのうえで、震災後に被災地を中心に日本全国で進む「記録すること」への強迫神経症について折に触れ考えている。僕は現代の「保存/記録」への欲求は、近代以降にメディア・テクノロジーが引き起こした情報の更新速度の加速と表裏をなす、ある種の神経症だと考えている。例えば、新聞の普及以前には、そもそも情報が一日で古くなるという意識自体が希薄だったはずであり、メディアの歴史はある側面では、情報が古びることの加速化の歴史として理解できる。この速度の更新に反比例するかたちで、僕たちの社会はモノを保存することに取り憑かれるようになった。いうまでもなく、そのための施設のひとつとしてミュージアムは整備されてきた。このような社会において、倫理的な是非は別として、この保存への妄信を露出させる典型的な事象が「大災害」なのだが、現時点でのモノの救出のあり方、もしくはその優先順位には僕は違和感を覚えている。こう考えるきっかけとなったのが茨城の六角堂の復元なのだが、正直緊急に復元すべき「文化財/モノ」だとは感じられなかった(理解はできたが)のである。基本的にはモノを保存する行為は、個人、もしくは家族や宗教団体といった小さなコミュニティに基盤をおく営為であり、現存するミュージアムもまたそのような営為の恩恵の一部として存在しているに過ぎない。ところが震災後、「saveMLAK」という被災地のアーカイブを支える動きは比較的早期に顕在化したが、被災の復旧に追われるMLA業界自体は、どれほどプロフェッショナルとして個々人の水準での「モノ」の収集と保存を支えてきただろうか。そこでは、むしろ救出が優先されるべき(だった)、被災者個々人、もしくは家族単位でのモノが失われつつあるのではないか。もちろん、文化財や博物標本の救出と、個々人の記憶の救出は別の水準にあることは頭では理解している。しかし一方では、両者とも限られた震災復興の予算を取り合っているのもまた事実だ。もし、ある文化財の修復、保存に莫大な予算があてがわれるのであれば、少しでも多くの個人の写真や思い出の品を救出して欲しい。なぜなら、このようなモノの集積こそが、むしろ未来のミュージアムの豊かさの基盤だからである。換言すれば、僕たちが気に留めなくてはならないのは、モノ自体が失われることではなく、暴力的なモノの消失によって、モノを慈しむという営為において人々が共有してきた意味の喪失なのだと思う。

●A2
メタボリズムの未来都市展──戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン

僕が大学生だった1990年代の後半から、近代以降の建築を対象とした展覧会が比較的頻繁に開催されるようになった。このような展覧会の主題としての建築の人気は、美術におけるジャンルとしての建築の評価の向上それ以上に、『Casa BRUTUS』や『PEN』を中心としたメディアによる建築の商品化(commodification)や、不況下における写真や模型に依拠した建築展の相対的な安価さなどに支えられてきたのだろう。けれども、一般に「ホンモノ」を見る場とされる美術館において、一般的な美術展の展示形式に即して模型と写真を眺めるというスタイルは、あまり僕にはしっくりとはこなかった。なぜなら、それならばホンモノを見に行ってしまうからである。ところが、今回の「メタボリズム展」は、従来の建築を対象とした展覧会とは趣きを異にしていたと思う。確かに依然として展示物全体に占める模型や写真の比率は高いものの、さほど美術展であることを意識させられることはなかった。過度に美術作品の展示のように「視覚」に頼るのではなく、むしろアーカイブのなかを歩かされるような印象を受けたからだと思う。一般に美術展は一過性のもので、後にカタログとしてアーカイブ化されていくのだけれども、これはむしろテクストメディアを展開した空間的なアーカイブだと理解したほうが良さそうな「場」だった。そう、たぶんこれは建築を対象とした美術展なのではなく、建築アーカイブの模型化なのである。

1101_toda_51c.jpg
メタボリズムの未来都市展──戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン

●A3
見田宗介・真木悠介著作集

2011年の晩秋から刊行が始まった社会学者見田宗介(真木悠介はペンネームと考えていただければ良い)の著作集。『現代日本の精神構造』(1965)、『時間の比較社会学』(1981)など、紛れもなく20世紀後半の日本の社会学における巨人である。僕自身、見田先生の影をぼんやりと追ってきたのだが、ここで同書を取り上げたのは「文化の社会学」の看板をなんのてらいもなく掲げられる現在の社会学徒の幸甚を改めて意識するためである。近年、文化、とりわけ芸術を対象とした社会学を専門とする大学院生が増えてきているけれども、社会学にとってはなはだ扱いづらい領域である「文化」を研究対象とすることが可能になったのはさほど新しいことではないはずである。その基盤は見田宗介氏や井上俊氏といった社会学者によって築きあげられてきた。この経緯を共有するうえでも、研究者に限らず、芸術文化の領域において社会学的なモノの考え方を武器にしたい皆さんにとっては、ぜひ手に取っていただきたい著作集である。

1101_toda_51c.jpg
『定本 見田宗介著作集 第I巻 現代社会の理論』(岩波書店、2011)

INDEX|総目次 NAME INDEX|人物索引 『10+1』DATABASE
ページTOPヘ戻る