スペイン建築界と共に歩んだGG社(Editorial Gustavo Gili, SA)

大島哲蔵

2G N.19: Waro Kishi. Recent works, Gustavo Gili

Mies van der Rohe: Barcelona Pavillion

I.Abalos, Good Life:A Guided Visit to the Houses of Modernity, Gustavo Gili, 2001.

A.Zabalbeascoa &J.R.Marcos, Minimalisms, Gustavo Gili, 2000.

Claesson Koivisto Rune, Gustavo Gili, 2002.

Craig Ellwood: in the spirit of the timeWorks & Projects 1948-1977

Land & Scape Series: Artscape

スペインの現代建築を出版活動の側面から考えると、先ず隔月刊の雑誌『EL QROQUIS(エル・クロッキー)』が世界中で売れている事実が思い浮かぶ。かの地での建築作品の充実度の飛躍的向上と軌を一にして、透明度が高く見易い誌面づくりに成功している。もちろん先行誌として「Quaderns」(カタロニア建築大学が発行する季刊誌で230号に達している)も同様の質の高さがあることは、いくら強調してもし過ぎということはない。今回取り上げるGG社はなかなか的確な人選で若手のシリーズや季刊雑誌(2G)をまがりなりにも成功させて来たのが目につく出版社である。そして人によっては、新興勢力のActar社の活動に注目したいという向きも結構多いのではないだろうか。

振り返ってみると、GG社は80年頃に大幅な方針変更を行ったことが歴然としていて、これが良い結果をもたらしたと思われる。1902年に創立された同出版社(従って今年は100周年の記念すべき年にあたる)は当初、化学工業の専門書を手がけていたが次第に建築関連書に重点を移したことが知られている。この間、1961年に社屋を新築した。その設計には一族のものが参画し、社屋には質の高いモダニズム・オフィス空間が成立している(多くの「建築ガイド書」に取り上げられている一Rossello 89 Barcelona)。この頃、メキシコにも同名の出版社を設立し、美術書や翻訳書も射程に入れて言わば拡大路線を突っ走っていた。

しかし想像するに、ポストモダンの到来と共に転機が訪れ、つまりスペインでも専門書の伸び悩みが水面下で進行し、その現象への対策として前記の方針転換がなされたことは言うまでもない。方針は視覚上のインパクトを最優先させる企画・編集に傾いたわけだが、同社は単純にその傾向に追随したわけでは決してなかった。品格のある知力に優れた若手を中心に、モダニズムの価値観から見ても成立する表現を的確にセレクトすることで、着実に需要を掘り起こしたのである。この判断の確かさには、先見の明と共に永年の出版活動で培われた「歴史の流れを読む眼力」ともいうべき能力が貢献している。

そういうわけで、かつてGG社の主力商品だった「技法書」や「理論書」がすっかり背景に後退し、その多くが「売り切れ」になっているのは淋しいが、これは世界的な傾向で仕方ない成り行きだろう。現在前面に押し出されているのは2Gシリーズ(各巻¥4,100)で、最新刊(no.19)は岸和郎である。今後の出版企画としては'Portugal,next generation''Lacaton-Vassal architects(フランスの設計事務所)''Abalos Herreros'が予定されている。さすがだなと思ったのは、売れ行きの点からは消極的にならざるを得ない「Architecture and Energy」という特集を前号(no.18)で実現させていることで、社会的な責任感や編集サイドの嗜好が今なお旺盛に働いている。また去年の夏頃に発売されたミースのカラー写真中心の作品集『L.Trigueiros & P.M.Barata/Mies van der Rohe』(¥8,200)もかなりの好評を得ている。これはバルセロナ・パヴィリオン再建の報告書、『Mies van der Rohe:Barcelona Pavillion』(¥4,100)を受け継いだ出版だが、2年程前に同社の肝煎りで行なわれた同パヴィリオンのゲスト棟のコンペはジリ貧に終った。

日本でのマーケットは限られるが、興味深い新刊として『I.Abalos/The Good Life:A Guided Visit to the Houses of Modernity』(¥4,100)がある。これは作家としても人気のある'Abalos & Herreros'[彼らの近作集は『Abalos & Herreros:RecyclingMadrid』(Actar刊、¥5,600)が適している]のアバロスの方が、ハイデッガーが隠棲した小屋とか、ピカソの画室+居室(あちこち居を変えているが、著者によると「本質は変わらない」とのこと)それからウォーホルの「ファクトリー・スペース」などを例に住居論を展開した本で、知的な興味をそそられる好著となっている。スペインの建築家の実作での腕前には定評があるが、論理水準も高いことがこの本を拾い読みしていて実感される。

ファイドン版が出るまでは定番だった『John Pawson』(第三版、¥4,100)や『Alberto Campo Baeza』(¥6,800)などを出版している同社は、明らかに「ミニマリズム」を戦略的なレパートリィに組み込んでいる一『A.Zabalbeascoa &J.R.Marcos/Minimalisms』(¥2,900)などもリリースしている。その路線の延長線上ではスウェーデンのミニマリスト・グループ、『Claesson Koivisto Rune』(¥4,100)が注目される。処女作が「Wabi House,1994」というのも面白いが、これが一時都心の忙しくてヤバイ公園一麻薬が取り引きされ、娼婦が出没する一内に設置されていたエピソード(現在は移設)も興味深い。作風自体は穏健で工夫が認められ、光の処理など参考になる点が多く含まれている。

これから出る予定のタイトルでは、『Craig Ellwood: in the spirit of the timeWorks & Projects 1948-1977』(価格未定)が注目される。これは2Gシリーズでエルウッドを取り上げた(no.12)のをきっかけに、さらに取材を積み重ねて、全作品のカタログを備えた出版に結び付けようとしたものである。判型が小さい(24X17cm)ので作品集とは言えないが、住宅以外の作品も網羅したエルウッドの全体像を知るには格好の出版となるだろう。また『Land & Scape Series: Artscape』(価格未定で発売が本年後半にずれ込むらしい)も期待できそうで、事例のセレクトさえ間違わなければ今日的に待望されている方向性(アートを援用したランドスケープ)が打ち出されるに違いない。

GG社の最新の出版傾向をみると、再び模索の時期に入っていることが推測される。言うまでもなく、視覚優先主義の行き詰まりが明確に意識化されている。打開策の方向はまだ見えて来ないが、これは他人事ではない。つまりデザイン界は全体として、非常に困難な時期を迎えているからだ。意匠上の新機軸が問題解決(とくに人間関係の活性化)につながらない限りにおいて、評価につながらなくなって来ている。従来と同じような価値観で商品や情報をリリースしても、マーケットは反応してくれない。また読者層が新しい情報摂取の方式、もしくは批評的コミュニケーションの新しい形式を未だあみ出しているわけではないから、供給側も手探り状態の域を出られない。まだまだ当分こうした状態は続くが、様々な試行を積極的に展開しているGG社の取り組みに接していると、さすがに一味違うなと思わされるのである。

[おおしま てつぞう・建築批評家]


200202

連載 海外出版書評|大島哲蔵

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