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特集:201301 2012-2013年の都市・建築・言葉 アンケート<

福島加津也

●A1

線と点

漫画の話からはじめたい。2012年3月10日にメビウスが死んだ。フランス漫画(バンドデシネ)界の巨匠として、世界中に影響を与えた漫画家である。建築界では映画『ブレードランナー』の原型「the long tomorrow」の作者といったほうがわかりやすいだろう。ロットリングを用いた線と点による画風は、精緻でありながらニュートラルでもあり、画面上のすべてがフリーハンドで書かれている。このフラットな狂気というべき彼の絵は、漫画という2次元による空間と時間の表現の極北であり、線によって線を越えていくような魔力を持っていた。

moebius, Arzach, Les Humanoïdes Associés, 2011.


5月に出版されたこうの史代の『ぼおるぺん古事記』は、日本最古の神話をフリーハンドのボールペンだけで描いた漫画である。はじめに古事記の原文がページにびっしりとつづられ、その次の漫画の台詞も口語訳ではなく原文の書き下し、その下に注釈という構成である。漢字だらけでほとんど読むことができない原文の息づかいを、フリーハンドの線と点で現代に再生しようとする野心的な取り組みがうれしい。

こうの史代『ぼおるぺん古事記』(平凡社)


展覧会では、東京都写真美術館の恵比寿映像祭で上映されたサラ・モリスの《線上の各点》が印象に残る。ミースの《ファンズワース邸》や《レイクショアドライブアパートメント》、ジョンソンの《ガラスの家》など近代建築の映像作品である。これらの建築を点とすると、敷地にいたる周辺の風景から建築空間に入り、そのガラスの清掃の様子までを体験的に描く映像の流れを線と見ることができる。線の映像を高い緊張感で均質に撮影することで、点である見慣れた名作から新しい印象を引き出している。それを実現しているのが、正対するアングル、ズームの多用や視点のゆっくりとした水平移動など、古典的な映像手法であったことが興味深い。
これらの作品は、硬直化した世界を分解してオーバーホールするような力を持ち、そのためには今なお古典的な手法の執拗な積み重ねが有効であることを教えてくれる。なぜか「線と点」が心に留まる2012年であった。

●A2

建築の歴史と自律

ポストモダン華やかりし大学院生の頃、小さな車を借りて日本中の集落を1カ月ほど見て回ったことがある。寝泊りはほとんど車中の貧乏旅行だったが、いまでも夢に見るほどに私の建築体験の原点となっている。この旅に出る衝動のひとつが、文章が伊藤ていじ、写真が二川幸夫の『日本の民家』という本を読んだことであった。というわけで、汐留ミュージアムで2013年1月から始まる展覧会「日本の民家 一九五五年」をとても楽しみにしている。自然や風土として語られがちな民家を絶対的な美にしてしまう二川幸夫の写真は、歴史を懐古に陥ることなく現代に再生することの大切さを写し出すだろう。

「日本の民家 一九五五年」(パナソニック汐留ミュージアム、2013年1月12日〜3月24日)


建築では国際コンペを勝ち取ったザハ・ハディドの新国立競技場に注目している。歴史や文化だけでなく、構造や設備とも無関係な建築のかたち。それはスポーツという目的のために鍛えられたサッカー選手の身体ではなく、身体のための身体を持つボディビルダーを連想させる。私たちはあのプラトニックで自律したかたちを建築として美しいと思うのだろうか? もしコンペ案どおりに完成したら、日本建築の美しさの概念が大きく変換するかもしれない。

●A3

確実性の喪失

私が東日本大震災で驚いたことのひとつは、三陸地方で同じような災害が数十年おきに起こっていたことである。その原因を活断層による地震や津波とすると、日本のほとんどの土地が同様な震災にあう危険に晒されている。この震災によって、日本にはこれまでも、そしてこれからも確実に安全な土地など存在しないことが明らかになった。なぜそのような土地に私たちは住み続けてきたのだろうか。そしてどのようにさまざまな災害を乗り越えてきたのだろうか。
数世紀にわたる集落の持続システムを考えることは、震災復興支援にすっかり乗り遅れていた私に、その後衛に参加するチャンスを与えてくれるかもしれない。そんな想いから、2012年から仲間とともに「千年村」研究を始めた。それは、社会体制の変化や災害などによって建築やインフラの更新を繰り返しながら、千年以上持続している無名の集落を文献から洗い出し、土地環境(地質地形)、集落構造(空間)、コミュニティ(人間)の現地調査を行ない、その持続のシステムを明らかにすることである。調べてみると、千年村の分布には明快なルールがあることがわかってきた。これからさらに本格的な調査が予定されている。
不確実に生き続けるための秘密を解き明かすことは、これまで近代建築が取り残してきた落ち穂拾いであり、これからも建築をつくり続けていくことの新しい手がかりになると思っている。

千年村候補地、千葉県芝山町下吹入[筆者撮影]

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