いま地域の変化を許容し、価値を認めること
──文化的景観の課題と可能性

杉本宏(京都造形芸術大学教授)+清水重敦(京都工芸繊維大学教授)+川村慎也(四万十市教育委員会)+惠谷浩子(奈良文化財研究所研究員)

文化的景観の担い手問題

惠谷浩子氏

惠谷──杉本さんのお話のなかで、文化的景観が地域の生業を支えていけるかといった投げかけがありました。これは地域の持続可能性に関わる重い問いです。川村さんはどのようにお考えでしょうか。

川村──四万十川の河口よりも少し上流に、流域のなかで最も人口の多い中村という町があります。そこは比較的都市化が進んでいるエリアで、これからの地域づくりを考えるうえで文化的景観の枠組みを生かしたいと思っているのですが、一方で先ほど杉本さんの話にも出たように、そこで経済を回せるかがとても重要なポイントになっています。町の実状と折り合いをつけながら役所サイドでもできることを探す作業がこれから求められてくるでしょう。宇治市のように文化財部局がしっかり食い込める仕組みに上手く移行できればよいのですが、とはいえ現状の体制でやりきれるかというと不安もあります。すでに選定された文化的景観だけでも、小さな集落を維持できるだけの人手がこれから確保される兆しがあるわけではありません。文化的景観に選定されることで地域の課題がすべて好転することもないので、買い物する場所や医療施設を整えていく作業と、環境との関わり合いのなかでつくり上げてきた景観の取り扱いを同時に成り立たせるのは難問です。

惠谷──それを今、ひとりしか担当者がいないくらいの規模の文化財部局で担えるかといったらやはり難しいですよね。町の総合政策のなかで、文化的景観の見方をいかに組み込んでいくか......。

川村──小さい町では地域の価値をわかりやすく語れる担い手いないと物事が前に進みません。役所の多くの部署のなかで価値の話ができる部署が文化財部局だけなので、そこが私たちの仕事だろうと思うのですが。

杉本──宇治市では、文化的景観がきっかけになって自分たちの町のらしさの成り立ちを考えるようになりました。今、小学校の地域学習で取り組まれており、これまでとは一味違う教育がはじまっています。文化的景観の最大の成果はこれだと思っています。〇〇学というのは最近流行りですが、宇治では「宇治学」というものが立ち上がり、地域の成り立ちを知る学習がはじまっています。私たちが調査した内容が副読本にも入り、子どもたちもいろいろな視点から自分たちの町を見はじめています。ただ問題はやはり経済活動との関係ですね。地域の維持は経済的な持続力とイコールです。文化的景観の力はじんわりと効く漢方薬が通常なので、カンフル剤のような事例もほしいなと思っています。

担い手は市民のなかに育っているのですが、逆に行政のなかで希薄になりはじめている感じはします。というのも、市民に熱く呼びかけられる人間がいなくなってきたんですね。文化的景観の調査や選定に関わった担当者は熱く一生懸命考えて行動していたのが、後任はどうしてもその形を受け継ぐところに目がいって、自ら積極的にアクションを起こさなくなる場合がある。今は市民のほうがよく動いているのでよいかもしれませんが、行政のなかに熱く語り続けられる人が必要です。

清水──地域の持続可能性を基本に考えたとき、手法はもっと自由であっていいんですよね。ボトムアップでもいいし、補助金を外部から調達してもいい。人も積極的に入れ替わってよいと思います。文化的景観とは言ってみればコンサバティブな地域再生の一手法で、とはいえ長い目で見れば、着実に効いてくるのではないかと思います。むしろ、急激な変化というのは色々な形で大きな影響を残すだろうと感じるんですね。持続可能性があるところではそれを追求してほしいと感じますし、文化的景観はそれを後押ししてくれる考え方であり、制度だと思う。私にとっては建築学的にこれまで持ち得なかった視点をたくさん与えられたので、これをもっと広げていきたい。

惠谷──おそらくそれは建築だけではなく、私自身専門とする造園学でも文化的景観の観点からやられていないことはたくさんあるなという気づきになっています。考古学はいかがですか。

杉本──文化財を使って地域づくりを進めようという方向性が明確になったとき、おそらく目に見える文化財は重用されると思います。ところが、私たちが専門としてきた埋蔵文化財はそこから置いてきぼりを食らうのではないかと思っています。なぜかというと遺跡は地下に埋没して見えないから。そこで「見えない」ことをネガティブに捉えるのではなく、歴史は重層して今の景観に継承されているという事実を理解していく必要があると思うのです。文化的景観に関わる行政人の中には考古学出身者は多いのですが、この分野の研究者はあまり強い関心を示さない現実もある。今の景観は歴史ではないということでしょうか。でも、こうして重なる歴史が現在に結節し、今の景観に立ち現れていることを皆の頭の中に描いていくことは、考古学にかぎらず多くの学問にとって必要なことだと思います。

惠谷──いろんな面で想像力を喚起するお話でした。ありがとうございました。

[2018年12月20日 京都工芸繊維大学にて]


杉本 宏(すぎもと・ひろし)
1956年生まれ。日本考古学、文化遺産学、文化的景観学。宇治市役所を経て、2018年より京都造形芸術大学教授。著書に『日本の遺跡6 宇治遺跡群──藤原氏が残した平安王朝遺跡』(同成社、2006)など。

清水重敦(しみず・しげあつ)
1971年生まれ。日本建築史、文化遺産論。京都工芸繊維大学教授。博士(工学)。著書に『建築保存概念の生成史』(中央公論美術出版、2013)、『辰野金吾』(共著、ミネルヴァ書房、2015)など。

川村慎也(かわむら・しんや)
1972年生まれ。考古学。四万十市教育委員会職員。文化財保護行政に関わる立場から、文化的景観の保全に加え、発掘調査などの遺跡保存や、文化財の保全や修理、活用などに従事している。

惠谷浩子(えだに・ひろこ)
プロフィールは別項に記載。


201902

特集 文化的景観の現在地
──四万十、宇治、伊庭、中川から「地域らしさ」の射程を測る


文化的景観15年で問われてきたもの
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建築と文化的景観──北山杉の里・中川の調査研究を通して
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