国内外3大学による、次世代サステイナブル住宅のアイディア── 国際大学建築コンペ公開審査会(LIXIL住生活財団主催) 「NEXT GENERATION SUSTAINABLE HOUSE IN TAIKI-CHO」レヴュー

平塚桂
LIXIL住生活財団環境技術研究機構「メム メドウズ(MEMU MEADOWS)」は2011年10月28日に開設された、北海道の厳しい気象条件で住宅に関わるさまざまな実験を行なうことができる施設だ。敷地は北海道南部の大樹町。かつてG1馬を輩出したことでも知られる競走馬育成施設があった約18ha、56,000坪という広大なスペースを利用している。そこには築30年近い厩舎をコンバージョンした宿泊室つき研究施設や、競走馬になるための馴致調教施設であった円形建物を利用した多目的施設、競走馬を雨天や降雪時でも調教することができる全天候型屋内走路だった楕円形の大型施設を転用し、レストランやバーカウンター、サウナなどを設置した「サークル」など、牧場の記憶を留めた多彩な施設が点在する。
「メム メドウズ」では実験住宅を建てて、その効果を検証する取り組みがなされている。2011年6月には隈研吾建築都市設計事務所による、光を透過する膜材や断熱材を利用した実験住宅「Même(メーム)」が竣工した。



寒冷地実験住宅「Même(メーム)」

オープン記念および東日本大震災復興支援として2011年に開催された「学生のための住宅デザインコンペティション」で最優秀に選ばれた作品(小笠原正樹、塚田圭亮「町まとう家」[早稲田大学創造理工学部建築学科古谷誠章研究室])は、LIXIL住生活財団の支援と隈研吾都市建築事務所監修のもと、2012年度内の竣工を目指して建設中だ。
実施コンペの第2弾として行なわれたのが、本稿で紹介する、招待式の「国際大学建築コンペティション」だ。テーマは「NEXT GENERATION SUSTAINABLE HOUSE IN TAIKI-CHO」。次世代のサステイナブル住宅だ。第1弾の国内コンペ同様、最優秀受賞作品は公開で決定し、メムメドウズ敷地内に建設されるというものだ。9カ国12の大学に対して募集がなされ、このうち11の大学からエントリーがあり、1次審査を経て選ばれた3つの大学が2012年4月27日(金)の公開審査会にのぞんだ。招待校全12校のラインアップと、ノミネートされた上位3大学は下記のとおり。

○アアルト大学(フィンランド)
○慶應義塾大学(日本)
○スイス連邦工科大学(スイス)
清華大学(中国)
中国美術学院(中国)
コロンビア大学(アメリカ)
マサチューセッツ工科大学(アメリカ)
AAスクール(イギリス)
ミュンヘン工科大学(ドイツ)
ミラノ工科大学(イタリア)
オスロ大学(ノルウェー)
東北大学(日本)

上位3大学のなかには、環境先進国といわれるフィンランドやスイスの大学が含まれている。サステイナビリティに関わる技術や発想、教育水準の国際的な違いとはどこにあるのだろう。また環境技術は地域固有の自然条件に依存する傾向があるが、あえて地域を超えて提案を募る可能性や課題とは何だろう。本稿ではこの公開審査会のレポートを軸に、次世代のサステイナブル住宅に対する先進的な取り組みの方向性や、そのアイデアを学生に向け国際的に募る意義を探ってみたい。

国内外3大学による、次世代のサステイナブル住宅の提案

公開審査会には各チーム学生2名と指導教官1名の計3名が来場し、学生2名による7分のプレゼンテーション+13分の質疑応答、計20分の持ち時間で発表が行なわれた。審査員は建築家の隈研吾(委員長)、東京大学教授の野城智也、建築家の貝島桃代の3名だ。発表順に提案をざっと紹介しよう。


左から隈研吾氏、野城智也氏、貝島桃代氏、淵上正幸氏(司会)/会場の様子


①スイス連邦工科大学(スイス)
作品名:Transient Boundaries
学生:Susanne Buechi、Janine Erzinger
指導教官:prof. Arno Schlueter


スイス連邦工科大学「Transient Boundaries」[クリックでpdf表示]

「Transient Boundaries」(移りゆく境界線)と題した提案だ。再生コンクリートでつくられたプラットフォーム上に6つのボックス状の部屋が並んでおり、グリッド状の起伏ある屋根に覆われている。このボックスと屋根を構成する素材はカードボード(Cardboard)で、構造体を兼ねている。カードボードは再生可能なウッドファイバーでできており、断熱性が高くローコストで、湿気や日射にも強いという。それぞれの部屋は引き戸で開閉でき、開放的で風通しがよく視線が抜ける空間と、プライヴェートで親密な空間に変化する。
エネルギーに関する提案は、地熱の利用と太陽光発電の2つが軸だ。冬には地熱を利用して温水をつくり、屋上の太陽熱で暖めた後、それらを暖房の熱源と家庭用の温水として利用する。夏は地中を通した水によるプラットフォームの冷却効果と自然換気で、温熱環境をコントロールする。屋上に設置された太陽光発電パネルは光を透過するもので、地熱ヒートポンプの動力と家庭内利用のための電気を生産する。大きな屋根面でつくられた電気の余剰分は電力網に蓄積できるという。
質疑応答では、貝島委員からカードボードの利用意図と日本での実用可能性に対する疑問が投げかけられた。野城委員、隈委員長からは空間が閉鎖的ではないかという指摘があった。また野城委員からはエネルギーの収支計算をどの地域のモデルで行なっているか、それを日本に合わせて調整できるかという確認があった。

②慶應義塾大学(日本)
作品名:BARN HOUSE
学生:Milica Muminovic、小松克仁
指導教官:prof. Darko Radovic


慶應義塾大学「BARN HOUSE」[クリックでpdf表示]

「BARN HOUSE」(納屋の家)というタイトルからも伺えるように、馬と人間が同居する住まいの提案だ。これには馬との記憶が根づいた大樹町の文化を受け継ぎ、馬と人間の新しい共生の形を提示する意図が込められているという。
ここでは熱源としても、馬が大きな役割を果たしている。1頭の馬が発する熱は人間の約10倍もあるという。馬が家の中で生活する冬は、その発熱で室内を暖める。馬の排泄物は堆肥となり、その過程で発生する熱も室温上昇に効果を発揮する。建物は人のための空間と馬のための空間に立体的に分割されている。その空間は、人と馬にとって快適な温熱環境を最大化するように設計されている。
そしてエネルギー供給と温熱環境に貢献するもうひとつの材料が「炭」だ。壁一面には炭棚が並んでいる。その炭は、製材の過程で生まれるおがくずを集成したものだ。炭は馬から発生するアンモニアを吸収する。アンモニアを吸着しなくなった炭は熱源として使われた後、優良な肥料となる。太陽熱の吸収率と断熱性能は、壁面の炭を住人が積み下ろすことで変化する。人間が動物や建築と積極的に関わり合うことで熱源が生まれ、季節のリズムに応じて表情が変わるラディカルな提案だ。
質疑応答では、貝島委員から馬の世話を誰がどう行なうのか、という疑問が出た。野城委員からは、馬が家の中にどれだけ居てくれるのか、ということも含め、家を暖めるために十分な熱量が確保できるか、そしておがくずの確保が大樹町でできるのかという質問があった。隈委員長からは、動物との共生がなされている世界の伝統家屋に比べ、合理性に欠けるのではないかという指摘があった。

③アアルト大学(フィンランド)
作品名:THE FIVE TREE HOUSE
学生:Lars-Erik Oscar Mattila、Ville Keranen
指導教官:prof. Kimmo Lylykangas


アアルト大学「THE FIVE TREE HOUSE」[クリックでpdf表示]

アアルト大学は学際的なチーム編成で、電気工学1名と建築学1名の計2名の学生による発表がなされた。提案のポイントは木質ペレットを利用したシンプルな仕組みで快適でサステイナブルな住環境を生み出すこと。サステイナブルな建築で課題となりやすいエネルギー需給のミスマッチを解消し、安定したエネルギー供給を年間通じて行なうことができるという。
エネルギー供給は、木質ペレットを燃料とするCHP(Combined Heat & Power)プラントと地熱を利用した、既存のインフラから自立したオフグリッドなシステムでなされる。木質ペレットを燃料に、91%と高効率な市販の小型CHPプラントで電力と熱を生成する。冬場は需要を上回る電力を生み出し、その余剰分は売電できるという。夏場に余ってしまう熱は、排気側の空気の加熱に利用し、自然換気を促すことに役立てる。室内に取り入れた外気は地熱を利用して、夏期は冷やし、冬期は暖めることで室内の快適な熱環境をもたらす。
建物には木を中心とした自然素材を主に使用している。北側にユーティリティをまとめ、南側はテラスと連続するフレキシブルなリビングとする。テラスは太陽光とプライヴァシーを調節できる、開閉可能なスクリーンで覆われている。
質疑応答では、貝島委員からはタイトルの「FIVE TREE」の意味と、テラスの外側や屋根を覆うスクリーンの仕組みがわかりにくいという指摘があった。野城委員からはペレットの確保の方法と、CHPプラントによるエネルギー生成システムの北海道の気候への応用可能性について確認があった。隈委員長からはテーマに合わせてスクリーンの素材は布ではなく木材に関するものを選ぶべきという指摘があった。

実現性かアイディアか、公開審査の論点。

ここから審査の議論を見ていこう。「『メム メドウズ』の敷地内か、大樹町か、日本なのか。それぞれの案のサステイナビリティをどの範囲で考えるかが議論のポイント」と口火を切ったのは貝島委員だ。「スイス連邦工科大学の『Transient Boundaries』は、カードボードという材料で北海道に建築をつくるさまざまな課題があり、滞在する際のアクティヴィティが内に籠る懸念がある。慶應大学の『BARN HOUSE』は馬の飼育、2年に1度の炭の交換といった継続的なオペレーションの難しさが課題だ。アアルト大学の『THE FIVE TREE HOUSE』は最も実現性が高いが、外壁の素材や開閉のシステムが複合的で実験が成り立つかがわからない」。
野城委員は「アイディアコンペではないので実現性も重要だが、そこばかりにとらわれると主旨が壊れてしまう可能性もある」と前置きした上うえで「いずれも素晴らしい提案だがあえて各々の欠点を挙げると、スイス連邦工科大学の案は夏に室内からの風と光を味わえない点が、慶應大学案はさまざまな実現性への課題が、アアルト大学案は最も現実的だが学生ならではの創造力が欠けている」と各提案の弱点を挙げた。
隈委員長は「スイス連邦工科大学の案は屋根の形が意外にも科学的ではない点が残念。慶應大学案は馬から排出される熱の利用法が科学的ではない点が気になるが、馬と人間、排泄物を含めた動物の資源を広い意味で詰めると面白いものに変わる可能性を秘めている。アアルト大学案は最初、『FIVE TREE』というタイトルに惹かれた。樹木の可能性を詰めると面白いものになる」と話した。
審査は1等=3点、2等=2点、3等=1点で審査員それぞれが採点し、合計点で順位を決める形式だ。
まずは野城委員から、スイス連邦工科大学=3点、慶應大学=2点、アアルト大学=1点と発表された。2番目の貝島委員も、野城委員と同様の採点だ。この時点でスイス連邦工科大学の最優秀は決まったかのように思われた。
しかし最後、隈委員長は慶應大学=3点、アアルト大学=2点、スイス連邦工科大学=1点という票を入れた。すると1位がスイス連邦工科大学と慶應大学が計7点と、同じ点数になる。そこで審査は一転し、委員長の権限により慶應大学の「BARN HOUSE」が最優秀に決定した。

審査の様子

「国際大学建築コンペティション」の意義

各委員からの講評を下記にまとめておこう。
貝島委員「大樹町にとって歴史的な競走馬育成施設であった場所に馬が戻って来ることになり、施設にとって新たな試みとなるでしょう。建築が人間のためだけにあるのではなく、動物とともにあるという世界観には共感しています。実現して、多くの馬がいる研究所になることを期待しています」。
野城委員「アアルト大学案はサステイナブル建築を早い段階で研究しはじめたフィンランドらしい世界最先端の提案がなされており、さすがだと感じました。スイス連邦工科大学案は、3作品のなかで最も技術と建築的提案がインテグレートされた、技術と建築の融合を重視するスイス連邦工科大学らしいすぐれた案でした。慶應大学案は予備審査段階からダークホースと感じていましたが、まさにその通りの結果になり驚きました。馬が室内に居てくれるか、臭いをどう解決するかなど課題はあると感じますが実現を楽しみにしています」。
隈委員長「3つの大学による提案に、異なる文化的背景を感じました。サステイナビリティについての正解はひとつではありません。複雑な要素が絡み合い、そのなかで本人の持つすべてが問われるテーマだとあらためて実感しました。選ばれた案は大樹町にふさわしいものです。『メム メドウズ』ではこれまでにも、室内トラックなど馬のための施設を活用していますが、熱源に対する提案はなされていません。ここに馬を利用したエネルギーに関する提案が加わると、サステイナブルの概念を超えた面白いものになると期待しています」。


最後、観客席で以上のやりとりを聞いた私個人の感想を付け加える。まず3大学すべての提案で、環境性能のシミュレーションがなされていることには率直に驚いた。欧米でのコンペや実際の建築に要求される環境性能の高さは話では聞いてはいるが、学生レベルでもここまでの検証が要求されるのかと、海外における環境性能に関わる教育水準の高さを強く実感した(ちなみに本レヴューでは紹介しきれないのだが、コンペ結果発表後には参加3大学の各担当教官によるレクチャーがあり、"サステイナビリティ設計教育"の最先端を目の当たりにし、かなり刺激を受けた)。

コンペ結果発表後のレクチャーの様子(prof. Darko Radovic氏)

3大学の提案のなかで最も実現性が高いと評価されていたのはアアルト大学案だ。エネルギーのシステムのみならず、躯体のつくりや細部のおさまりから、都市的な視野から見た住宅の位置づけ、将来的にその建物がどう持続し変化していくかというところまで、幅広い視点から現実に即して検討がなされた案であった。
この地に足のついた提案は審査員から「学生らしさに欠ける」というコメントがなされ、結果的には"学生らしい"ラディカルさを持った国内の大学からの案が選ばれた。
従来の日本の学生向けのコンペはおそらく"学生らしさ"を求める傾向にある。だがこのコンペは実施を前提とした国際的な招待コンペという点で、一線を画している。さらに差別化を図るのならば、ラディカルさを重視する傾向をいったん捨て、とことん現実性にこだわるという選択肢もあったのかもしれない。
しかし今回のコンペの最大の特色は、環境技術を軸とする建築のアイディアを募るという点だ。省エネルギーや持続可能性に関する技術情報があふれシミュレーションが容易な今の時代、性能を数値的に満たす建築を考えるだけならば、おそらくそんなに難しいことではないだろう。だからこそ、特にコンペや実験住宅という形式では、すでにある技術にとらわれすぎない柔軟な思考が求められるはずだ。
さらに北海道には、ハイレベルな環境技術がすでに蓄積されている。大学や研究機関では寒冷地住宅の研究がなされ、一般の住宅レベルでも環境性能の高いものが実現されるだけの基盤がある。そこであえて、他地域の、しかも学生によるアイディアを募る意義は限られてくる。
こうした条件を踏まえると、やはりありきたりなものではなく突き抜けたアイディアが必要なのだろう。今回最優秀案として選ばれた、慶應義塾大学による馬と人間が共生する住宅は、大樹町という競走馬育成で有名な町の新たな歴史をつくり、北海道という"環境先進国"を刺激する面白い実験住宅になりそうだ。


→国際大学建築コンペ公開審査会映像はコチラ
 [LIXIL建築系WEBマガジンイエストで配信中]

201205

特集 新しい「まちデザイン」を考える4
──Learning from 富山市


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