第1回:森美術館からの学び

高島純佳(森美術館ラーニング・リーダー)+白木栄世(森美術館アソシエイト・ラーニング・キュレーター)+西澤徹夫(建築家、西澤徹夫建築事務所主宰)+浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ主宰)+森純平(建築家、PARADISE AIRディレクター)

はじめに

いま、建築は過渡期にあります。日本全体が同じ方向を向いていると信じられてきた時代とは違って、建築は新しい時代の多様な価値観に応えていかなくてはなりません。そして、建築は否応なくそれぞれの場所における文化的・歴史的・経済的・政治的条件が複雑に絡み合った網目の中に位置づけられるにもかかわらず、その根拠自体が決して今後も揺るぎないものではない、という難しさを持っていると思います。このような時代には、単に「地域に根ざした」という枕詞だけでは建物、とくに公共建築をつくることの理由にはなりえないことは明らかです。どのようにして地域の方々に受容され、あるいはどうすれば受容のされ方それ自体をドライブさせていけるのか。もはや「計画」という言葉が指し示す範囲はどんどん拡張していて、新しく建築を計画することそのものの困難を感じます。そう考えると、いろいろな使い方のアイデアや、建物、その運用、制度、将来的な展開可能性を含めた、建築にまつわるすべての要素をひとつの実体に落とし込もうとすれば、基本設計の重要性がとても高くなっていることに気づきます。
私たちは、2017年2月の八戸市新美術館のプロポーザルコンペにおいて、新しい美術館を「ラーニング・センター」と位置づける提案をしました。ここでは、とくに地方の美術館においては、今後それぞれの地域で培った文化をいかにしてすくい上げ、育て、根づかせていくのかという視点で、地域を総合的に捉えていくことが重要だと考えました。そのためには、八戸という街の文化的背景、行政との折衝の仕方、建築と人々の活動をどう結びつけるかなど、従来の設計の方法や考え方とは違ったアプローチでリサーチし、スタディし、論理や表現を組み立てていく必要があります。そして建物の形だけではなく、新しい美術館の概念も設計していかなくてはなりません。
この連載は、何を新しい設計の対象とすればよいのか、そしてそのためにはどんな知見が必要なのか、という視点に立って、私たち設計チームがさまざまな分野の方々に全6回にわたってインタビューを行なう企画です。そして観念的な議論に終始せずに、できるだけ具体的に、6人のエキスパートからそれぞれの経験と知恵を引き出し、来年2月までの基本設計の過程で美術館準備室や市民との構想の練り上げに活かしていくことを目指していきます。「ラーニング」というキーワードには、決まったことを決まった人が教える「エデュケーション」にはない、〈学びを共有する〉、〈教える人も学び、学ぶ人も教える〉というニュアンスが含まれています。いまも進行中の基本設計の過程で、あらゆる専門家相互の経験と知恵を交換するワークショップや議論が続いています。美術館設計チームがさまざまな知見を実際の設計に生かすこの思考と対話の枠組みは、これ自体「ラーニング」というワードの持つ可能性を探るものなのであり、その試みはすでにはじまっているのです。

西澤徹夫+浅子佳英+森純平

201710

連載 学ぶこととつくること──八戸市新美術館から考える公共のあり方

第6回:MAT, Nagoyaに学ぶ
街とともに歩むアートの役割
第5回:YCAMの運営に学ぶ
地域とともにつくる文化施設の未来形
第4回:学ぶ場の設計から学ぶ──
ラーニング・コモンズと美術館
第3回:美術と建築の接線から考える
美術館のつくり方
第2回:子どもたちとともにつくった学び合う場
──八戸市を拠点とした版画教育の実践
第1回:森美術館からの学び
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