何かをハックすること

元木大輔(建築家、DDAA主宰)

日々デザインをしていて思うのは、世界はすでによくできたモノで溢れているということだ。誰もが認める名作から100円均一で売っているような器まで世の中にはモノがすでにたくさんあって、ダメだったりよくできていたり、安かったり高かったりする。デザイナーとしてゼロから新しいものをつくってみたいという欲求はあるのだけれど、何か最小限のものを付け足したり視点を変えてみるだけで、いつもの風景が違って見えるようなことはできないだろうか。例えば有名なことば遊び「ここではきものをぬいでください」のように、句点を打つ位置によって「ここで、はきものをぬいでください」「ここでは、きものをぬいでください」といった具合に文章の意味が変わってくるように、最小限のデザインによって目の前にある見慣れた風景が少しだけよく見えたり、愛情をもって接することができるようにならないだろうか。もう少し現実味をもつように言い換えてみると、見慣れた風景や既製品をハックすることで効率よく新しい視点や楽しさを提示ですることができないだろうか、ということだ。モノにとっては些細な変化だけれど、街のべンチを考えることで、道路や商店街、自分の住んでいる街への意識を変えることができるかもしれない。

デザインによって意識をずらして新しい視点を提示する対象は、僕たちにとっては都市であったり、モノであったり、コトであったりするのだけど、とりわけ都市に対するアプローチは最近「タクティカル・アーバニズム」と呼ばれているものに近い。今回は都市についてのテキストを書きながらも、根本にはモノや建物のデザインを通じて新しい視点や楽しさを提示したいという興味に基づいている。だから関心が都市だけに向いているわけではないけれど、たしかにタクティカル・アーバニズムとも言えそうなプロジェクトがまとまってきたのでいくつか紹介したいと思う。

ガードレールをハックする、ベンチ・ボム

僕たちの事務所はhappaという駒沢通り沿いの1階にあるガラス張りのスペースに入っていて、通りに面した大きなガラスのファサードの目の前に、ちょうど1スパン分だけの短いガードレールと、道路標識のための白いポールが立っている[fig.1]。休憩スペースとしてしばらく間に合わせの適当なベンチを外に置いて使っていたのだけれど、ある日ガレージセールのゴミと一緒に誰かに持っていかれてしまったので、新しくつくり直すことにした。たまたま事務所の目の前にベンチにちょうどいい長さのガードレールがあったので、ベンチの脚はつくらずに、座面の部分をただガチャッと引っ掛けるだけの構造を考えた[fig.2]。引っ掛けているだけなので同じタイプのガードレールであれば、どこでも自由に動かすことができる。それから、公共のものなのか私物なのかよくわからない感じが面白いのではないかと思ったので、ベンチの引っ掛ける部分はガードレールにあわせて同じ緑色にした。写真には写っていないのだけど、白い道路標識に磁石でくっつけるコーヒー用のスタンドもついでにつくった。設置してみると天気の良い日にスタッフがタバコを吸ったりコーヒーを飲んだり、ちょっと早くついてしまったお客さんがそこで待つようになった。ちょうど坂のてっぺんにあるので、僕たちの事務所の利用者だけでなく疲れたおばあちゃんが休憩していたり、小学生がゲームをしていたり、本を読んでいる人がいたりと結構近所のみなさんに使われていたのだけれど[fig.3]、ある日、東京都から撤去せよとのお達しが届いた。しょうがなく片付けて別のデザインのベンチを使っているのだけれど、どうも釈然としない。例えばグラフィティの場合はヴァンダリズムの要素が多分にあるため、違法なのは理解できる。一方、ベンチをガードレールに引っ掛けるのは別に何も壊しているわけではないけれど、「路上にものを放置するな」ということらしい。バス停に勝手に置いてあるベンチと何ら変わらないのではと思ったものの、怒られてしまったのですごすごと片付けたのだけど、ふと別のアイデアをひらめいてしまった。

fig.1──happa

fig.2──《HAPPA BENCH》

fig.3──読書する人

グラフィティ・ライターが街に作品を描く行為をボムというのだけれど、街に勝手に「公共空間」をボムるのはどうか。僕らは街にとっても良いことをしているつもりだったのに、ダメだというのならダメなものとしてのセオリーにのっとってしまおう。何より僕はストリート・アートが大好きなのだ。ガードレールを調べていてわかったのは、渋谷区や中野区など道路を管理している自治体によってデザインが違うということだ。そこで23区すべての仕様のガードレールに引っ掛けられるベンチを勝手にデザインすることにした。そしてつくったベンチを勝手に設置してくる。ベンチ・ボムだ[fig.4]

fig.4──ベンチ・ボム

通りをハックする、happa Theater

去年、僕たちの事務所の向かいの撮影スタジオだった建物がとあるアパレル・ブランドのプレス・ルームにコンバージョンされた。それまでは年季の入ったグレーのコンクリート打放しの外壁だったのだけれど、入居者が変わったことで外壁が真っ白に塗りつぶされた。はじめはきれいになったなあなんて呑気に考えていたのだけれど、ある日ふと真っ白になった向かいの壁にプロジェクターで映像を投影できるのではないかということを思いついてしまった。ちょうど立っている街路樹が少し邪魔なのだけど、通りを挟んだ映画館並みの巨大スクリーンになるので、happa側のガラスの中から眺める駒沢通り越しの映画館はどうか。思いついてしまったからには、早く実行に移したくていろいろ調べていると、遠くに映写できるプロジェクターのルーメン数を考えるとプロ用の機材が必要そうだったり、街灯の光との干渉が問題になりそうだったりと、じつは問題が山積みなのだけど、向かいのビルに入っているアパレル・ブランドのファッション・ショーを中継して通りを挟んで鑑賞する......なんてこともできそうだ。それで、せっかくなので、座席のシートをデザインすることにした。映画館や劇場のようにひな壇状のベンチシートがhappaのギャラリー部分にパンパンに入っていて、大勢で通りを挟んだ向かいの外壁を眺めるのだ[fig.5]。向かいの外壁だけでなく、通りを舞台に見立てたコンテンポラリー・ダンスや劇などのストリート・パフォーマンスを、ガラス越しに建物のなかから鑑賞するのも楽しそうだ。路上には当然通行人がいるので、たまたま通りかかった帰宅途中のOLや、背景を通り過ぎるトラックにパフォーマンスがリアルタイムに影響を受けながら、ハプニングそのものを楽しむダンスや劇ができるのではないか。

fig.5──通り越しに映画を鑑賞するhappa Theater

じつはこのアイデアには元ネタがある。もともとhappaでは「駒沢通りを眺める会」というイベントが開催されていた。happaはガラス張りで夜中まで打ち合せしているので、前を通る人たちが不思議そうに動物園でも見るような視線に晒されている。イベントは大勢の人に集まっていただき駒沢通りを見ながらお酒を飲むというだけなのだけど、たまたまhappaの前の通りかかってしまった人が、まるでファッション・ショーのモデルのようにギャラリーに囲まれて歩かなくていけないという、いつもの「見る・見られる」関係に逆転現象が起こる。人が通るだけで中から見ている人も沸き立つという奇妙なイベントだったのだけど、第一回めにたまたまマジシャンがhappaの前を通りかかるという奇跡が起きた。たまたま通りかかっただけの人によるマジック・ショーにhappa内は大いに盛り上がった。通りをハックする面白さに気づいたのも「駒沢通りを眺める会」によってだった。

サッカーゴールをハックする

何かをハックした最初のプロジェクトは、このサッカーゴール・パビリオンだった。ちょうど東日本大震災によって予定していた企画が流れてしまった京都のギャラリーRADでの企画で、「Space Ourselves」をテーマに何かアイデアを展示しないかという話だった。特定の機能の建物や空間を考えるのも違う気がして、みんなのために最低限あるといいのは何かと考えた結果、広場に屋根をかけようと思いついた。「Space Ourselves」なので、誰もが設置できるようにできるだけ簡単な方法で屋根をかけることができたらいい。それでは、街や広場にすでにあるものを使って屋根をつくるのはどうか。

そういう視線で街を散歩していると本当に多くの「S造(鉄骨造)」があることに気づく。公園などはS造の宝庫だ。例えば、ブランコの構造体を使って三角形のテントをつくることができる。ジャングルジムもそうだし、一本足の時計は傘のような構造の屋根を吊るすことができそうだ。他にもいろいろな選択肢はあったのだけれど、最終的に河川敷の広場などにあるサッカーゴールを使うことにした。ブランコは地面に固定されてしまっているので簡単に動かすことはできないけれど、サッカーゴールは何人かで持ち上げれば比較的簡単に動かすことができる。そしてあたりまえなのだけど、ゲームの特性上つねに2つ1組で置いてあるので、2つのサッカーゴールの組み合わせでつくることができる形をいろいろとスタディした。ゴールを動かして、連結し、テント生地を貼れば完成する。その他にもサッカーゴールのいいところは世界的なスポーツなので、メーカーにより多少の誤差はあるもののその大きさに世界共通の基準があるため、世界中のサッカーゴールを使って広場に簡単に屋根をかけることができる[figs.7-9]



figs.7-9──《サッカーゴール・パビリオン》[以上、写真=DDAA]

このプロジェクトの延長ともいえるのが、非常勤講師をしている武蔵野美術大学で鈴木明先生と小倉康正さんとともに受け持っている「キャンパスをハックして空間をつくる」という授業だ。学内をよく観察してできるだけ最小限の手数で既存の何かをハックし、1/50スケールでシェルター、1/10スケールでテーブルとベンチ、1/1のスケールでコーヒーテーブルをつくるという課題だ。短期課題で瞬発力が求められるのだけど、スロープの立ち上がりを利用して犬小屋のような空間をつくったり、フェンスをうまく使ってコーヒースタンドを取りつけたり、ちょっとした穴ぼこを利用して日よけ傘をつくったりしていて、人数分だけ違ったアイデアが出てくるのが面白い。そのうち数がまとまったらアイデア集として発表できるといいなと考えている。




元木大輔(もとぎ・だいすけ)
1981年生まれ。建築家。DDAA主宰。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。2010年までスキーマ建築計画勤務。2010年独立。現在、武蔵野美術大学非常勤講師。主な作品=《Nishiazabu Building Conversion》(2017)、 《ART PHOTO TOKYO会場構成》(2016)、《HAPPA BENCH》(2016)ほか。


201802

特集 戦術的アーバニズム、Wiki的都市──場所と非場所のタクティカル・アーバニズム


都市を変えるいくつもの戦術的方法論──アイデア、スケール、情報工学
シリコンバレーの解決主義
何かをハックすること
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