第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ

モデレータ:新井崇俊(東京大学生産技術研究所特任助教)
市川創太(doubleNegatives Architecture主宰)+本間健太郎(東京大学空間情報科学研究センター講師)

4. 質疑応答

新井──ありがとうございました。会場からも意見や質問を受けたいと思います。

会場1──目的関数は、なぜ最小化や最大化で考えなければならないのか疑問です。目的関数を70%や30%で考えることはできないのでしょうか。

本間──とてもいい着眼点だと思います。現実には70%で十分という局面がよくありますよね。さらに言うと、実際には相反する目的関数がたくさんあります。例えば開放性を少しだけ高めようとして、プライバシーがとても悪化したら、意味がありません。最小化や最大化がもてはやされている理由は、理解しやすいのと、単に数学的に解きやすいからです。でも最近は、ファジィ最適化や多目的最適化といった、現実的な問題を解くための道具立てがそろいつつあります。まだいろいろな難しさはありますが、現実と手法がだんだんと近づいています。

会場2──市川さんが紹介された、街の解析シミュレーションについて。解析した結果と実際との違い、解析後に発見したことなどはありますか。

市川──デリバリーサービスのコンサルティングは、まだ事業が始まっていないので、シミュレーションと実際がどう違うのかは、私たちも興味のあるところです。青梅での空き店舗のプロジェクトでは、hclab.のメンバーのひとりが実際にタウンマネジメントをしています。例えば「この空き店舗は飲食系の事業に向いています」といったレコメンドの指標としてシミュレーションを活用していますが、その結果と実際の状況がどう違うかは、人海戦術で調査すればわかるかもしれません。でも、コストをかけられないときに、オープンなデータを使ってシミュレーションするのが現状の使い方です。

新井──数理モデルを使ったシミュレーションの醍醐味のひとつは、「もし」も含めたさまざまな状況を調べ上げられることです。実データを使った精緻な予測モデルもありますが、hclab.では社会実験できないようなことをコンピュータ上で実験して検証する、そういった使い方もしています☆29

☆29──[豊田]パラレルにあり得る世界をつねに動的に意識する感覚、こういうアプローチの価値を考えるうえですごく大事になる。

会場3──車のショールームの事例では、変数はどのように選択しているのでしょうか。無限に枝分かれしてシミュレーションしきれなくなるのではないか、と思ったのですが。

市川──実施設計では、構造上の制約でそれほど枝分かれしません。たしかに枝が分かれる局面では、何を目的にして枝を刈っていくか、デザイナーの価値観のなかでエンジニアリングをしていかざるを得ないと思います。先ほどの住宅のプロジェクトでは、多くの枝分かれがありました。敷地とプログラムと施主の意向さえあれば、パッと絞り込めるわけではありません。なので、コンピューティングと言っても、デザイナーやディレクターの意思が必要です。私はまだAIが自動的にレコメンドしてくれるようにはならないんじゃないかな、と思っています。

新井──この疑問は最初の質問(なぜ目的関数がひとつなのか)と通底していますね。ショールームの事例では、構造やコスト上の制約から変数を絞り込んでいますが、そこにまだ設計者の存在理由があるのではないかと思います。エンジニアド・デザインでのアプローチのコツは、あれもこれ含めて考えようとせず、シンプルに考えることだと思います。ショールームの事例の場合、例えば1台ではなく10台分のビジビリティをすべて考慮したら、360の10乗通りも計算しなきゃいけないわけです。もちろんそれをやるのもいいでしょう。でも、まずはひとつ、一点突破でアプローチしてしてみる。その先で、必要があるならば問題を複雑化していくのもいいと思います☆30

☆30──[豊田]おそらくそこに設計者の内部に芽生える新しい感覚とか評価バランスみたいなものがあって、それが価値なんだと。それはとにかく実践を繰り返してみることでしか育たない。


市川──アレグザンダーは、すべてをアンサンブルさせなければいけない、一点突破じゃだめだと言っているんですよ(笑)。いろんなことが量的に無理だという前提を共有したうえで、どうするかを考えたほうがいいなと。

会場4──目的関数を決めて評価した結果、好みではない形状が出た場合はどうするのでしょうか。結果として出た形態に対して、あとから恣意的に新しい指標や評価基準を入れることはあるのでしょうか。

市川──かっこいい形とは何か、新井さんともよく話をします。何を好みとするのか、見た目のかっこよさとは何かは、価値の問題だと思います。見た目のかっこよさを求めるのか、エンジニアリングで最適化されたことに重きを置くのか。最適にエンジニアリングされた形が受け入れられない場合は、もうそのアプローチはやめたほうがいいですね。エンジニアド・デザインはすべてに勝っているのではなく、あくまで方法のひとつであって選択肢のひとつです。でも私たちはエンジニアリングされた形がかっこいいと信じているので、そのアプローチを選択しています☆31

☆31──[豊田]何をもってかっこいいと思うのかも、過去の技術体系の蓄積による選択的な誘導でしかないので、新しい技術を使って自分や社会の評価軸そのものを変えたり新しく発見していくことこそ、そのアプローチの最大の価値ではないか。せっかく新しいアプローチを試しているのに、その評価を旧来の手法の結果由来の基準で判断していては新しい世界は開かれない。

新井──市川さんが「モニターすることが重要だ」とお話しされていたように、大抵は最適解だけでなく、その近傍にあるものも考慮します。自分がいいと思ったものよりも、お施主さんがいいと思ったものを選択する場合も当然あります。ただ、見た目のかっこよさを求めるのであれば、最初から目的を「かっこいい形」に設定すればいいわけですから、あとから調味料を加えるように、形のために目的関数を変えていくことはありません。

市川──これも最初の質問と通底していますね。その関数のなかではもちろんトップがいいんでしょうけれど、それをモニターすることが大事だと思うんです。エンジニアリングで序列をつけて、そのなかで現実的な判断をすればいいわけです。

新井──先ほど「目的関数を70%や30%で考えられないのですか?」という質問がありましたが、70%や30%を知るためには、何が最適(100%)で、どちらがベターかという序列をモニターしなければ、最適解も70%の解も選びだせないと思います。

本間──かっこよくないものが出てきたらどうするかという質問は、意地悪なようだけど本質的な疑問ですね。かっこいいもののイメージが最初からあるなら、そもそも手描きでデザインすればいいわけです。その案に対して、ビジビリティや陽射しがどうなっているのかをチェックすればよい。そうではなく、わざわざこんな大変な方法をとっているのは、「かっこよさ」が自明ではないことと関係していると思います。この方法の自動性を利用して、自分のかっこよさの概念を拡張するようなことを狙っているのかなと。


新井──ある関数やアルゴリズムをずっと考えるうちに、確かにその結果の形を愛おしく感じることはあるかもしれません(笑)。例えば、日射を考えたら建築計画学でよく言われる東西細長の屋根の形になるのかと思いきや、細かく周辺の環境を含めて計算したら、なんだか変な形が生まれたりすることもあります。でも建築のかっこよさって、ディテールとか仕上げとかつくり方とかいろいろありますよね。必ずしも形だけではないと思っています。

市川──自分は学生のころから、スケッチですばらしいものを生み出すのは、いつかアイデアが枯渇するんじゃないかと思っていました。だから、自分の価値の外側にあるものをどうやってキャッチできるのかを考えていた。自分の手癖では出てこないものをどうやってつくれるのか。計算する機械を使えば、それができるんじゃないかなと。

「Corpora(コーポラ)」というソフトを開発して設計した《なご原の家》(2014)という住宅があります。これを見た藤森照信さんが「すごく造形的な形をしているけど、建築家の恣意性を感じない」と感想を言ってくれたんですね。自分の直感では出てこないような、自分の価値観の外側にあるものをキャッチできるというのは、とても価値のあることじゃないかと思います。評価関数をつくることで、結果的に自分の外側の価値観を引っ張っこられたら、おもしろいなと思います。でも、新井さんとも一緒にやっていて、実際は「想像どおりだな」となることも多いですよね。


新井──それはあるあるですね(笑)。複雑な条件をいろいろ加味したのに、想像の域をまったく超えないことのほうが多いかもしれないです。

市川──思ったとおりだと全然おもしろくない。でも、それは今まで定石と言われていたようなシステムが正しいということの証明です。だから自分たちがつくったシステムが正しかったねと言って慰め合っています(笑)。

会場5──公共性の高い意思決定の場では、数理モデルの条件を可視化することで、議論のハードルを下げられるのではないかと思いました。そういった可能性はあるのでしょうか。

本間──それは大いにあると思います。少し前までは、数理モデルの知見が行政上の意思決定に活かされることは、交通需要予測をのぞくと多くはありませんでした。ですが、今は研究者が自治体にけっこう入っています。例えば住民ワークショップで、数理モデルを使ったシミュレーションが活かされつつあります。公共施設の存続の是非といったセンシティブな議題に対して、客観的な判断材料になります。こうした動きはいい兆しです☆32

☆32──[木内]MIT Media LabのCity Science GroupのCity Matrixプロジェクトなども思い出される。データを可視化することによる意思決定のサポート。

会場6──コンピュータを用いたデザインのなかで、最適化以外の可能性はありますか。また、みなさんがそういった目的で探究されていることはありますか。

新井──もちろん、最適解を出すことだけが唯一の使い方だとは思っていません。科学的だけれど工学的ではないデザインアプローチもたしかにあると思います。流体の動きをシミュレートするモデルから美しいファサードのパターンを生み出すことも、コンピュテーショナルデザインのひとつだと思います。ですが、今日のテーマはあるひとつの目的を明確に設定して、それを達成するための形をつくるデザイン手法もあるのではないかという提案でした。ほかにも、手わざとエンジニアド・デザインをフィードバックさせていくやり方もあると思いますし、別のアプローチもあるのではないでしょうか。

市川──最適解が世の中を席巻しているかというと、そんなことはまったくないと思います。「最適」という言葉の印象から、それが盲目的に選択されるような錯覚に陥るのではないのでしょうか。最適解が、かならずしも万人にとっての「最適」とは限らない、「最適」の対象も、「最適」の範囲もさまざまである、という認識が共有されにくいのだと思います☆33

そもそも複雑な問題を抱えている建築設計においては、限定した問題に対して最適な解を出せるようにすら、まだまだなっていないと感じます。個々の問題に対して何が適しているのかを探し、エンジニアリングできるようになる、ということがまず第一歩だと考えています。

☆33──[堀川]Googleで異なる検索履歴を持つ人が同じ単語で検索すると、異なる順番でページが表示されるような。今は平均化された最適化よりも指向性が高まってきているのかと思う。

新井──例えば、本間さんは式の美しさをついつい追いかけてしまうということってあるのでしょうか。

本間──それはめちゃくちゃあります(笑)。設計するときに、ユーザーの使い勝手とは関係のない納まりとか割り付けを頑張って考えますよね。それと同じですよ。

最後に、たまたま読んだ『宇宙は何でできているのか』(村山斉、幻冬舎新書、2010)という本におもしろいことが書いてあったので紹介したいと思います。物理学では、素粒子を調べていくと宇宙のことがわかるそうです。世の中で一番小さなモノである素粒子と、一番大きな宇宙が、じつは根っこでつながっている。これが「ウロボロスの蛇」というモチーフで説明されています[fig.4-1]。同じことがデザインとサイエンスの関係にも言えるのではないかと。

fig.4-1──素粒子を調べると宇宙がわかる(ウロボロスの蛇)
[引用出典=『宇宙は何でできているのか』(村山斉、幻冬舎新書、2010)]

一般的にデザインとサイエンスって、この図の左の構図だと思います[fig.4-2]。現実を分析(アナリシス)してサイエンスの知見に至る(下向きの矢印)。一方、個別の知識や技術を統合(シンセシス)することでデザインになる(上向きの矢印)。でも、右の構図のように捉えたほうが役に立つのではと思います。ウロボロスの蛇のように、デザインとサイエンスは表裏一体で自由に行き来できると思うわけです。この感覚が僕にはあって、例えば、設計のトリビアルな実践から基礎理論を思いつくことがあります。その逆に、シンプルな数理モデルを動かしてみて、そこから教訓を得て、それが設計に直結することもあります。これって無敵のモチーフですよね。もし数理モデルによる最適化それ自体が役に立たなかったとしても、そのことによって見逃していた目的関数がわかったり、想像しない形が出てきたり、まったく別のデザインにつながったり。このように、デザインとサイエンスは隣り合わせなんだと皆さんにも感じてほしいと思います☆34

☆34──[池田]実際に数理モデルを扱ったさまざまな経験が、直接的な目的ではなかった別な包括的視点の知見を生み出す。こうした構造が、情報学の時代のなかで、その知的な活動の意義をどのように位置づけることができるのか。そんな哲学的な命題を言い当てていると思う。

fig.4-2──デザインとサイエンスの関係

新井──本日は、市川さんと本間さんをお招きし、普段からよく話している内容やさらに掘り下げた話題などあって、個人的にはかなり面白いディスカッションができたのではないかと思っていますが、取り上げられなかったトピックもまだまだあると思います。お二人からの話にもあったように、エンジニアド・デザインの方法論はまだ確立されたものではありません。今日の話にあった、一点突破型のアプローチから、アレグサンダーが言うアンサンブルになるまで、まだまだエンジニアド・デザインを展開する必要があると改めて思いました。本日は本当にありがとうございました。


[2018年12月14日、Impact HUB Tokyoにて]


市川創太(いちかわ・そうた)
1972年生まれ。建築家、doubleNegatives Architecture主宰、都市研究室hclab. コアメンバー。東京藝術大学大学院修了。作品=《gravicells》(三上晴子との共同制作、2004-2012)、《MU: Mercurial Unfolding》(中谷芙二子との共同制作、2009, 2014)、《HUGO》ほか。共著=『ダブルネガティヴス アーキテクチャー 塵の眼、塵の建築』(INAX出版、2011)ほか。都市研究室hclab. コアメンバーによる共著=『時間のヒダ、空間のシワ...[時間地図]の試み:杉浦康平のダイアグラム・コレクション』(鹿島出版会、2014)ほか。http://doublenegatives.jp/ http://hclab.jp/

本間健太郎(ほんま・けんたろう)
1981年生まれ。東京大学空間情報科学研究センター講師。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)。作品=今井公太郎+本間健太郎+矢野寿洋《東京大学生産技術研究所 千葉実験所 研究実験棟Ⅰ》(2017)ほか。本テーマに関係ある論文=本間健太郎+今井公太郎「視対象のある部屋のビジビリティに基づく形状最適化」(『日本建築学会計画系論文集』第84巻 第759号、2019.5)ほか。

新井崇俊(あらい・たかとし)
1982年生まれ。東京大学生産技術研究所特任助教、hclab.コアメンバー。2007年京都大学工学部建築学科卒業、2013年東京大学大学院工学系研究科修了。都市研究室hclab. コアメンバーによる共著=『時間のヒダ、空間のシワ...[時間地図]の試み:杉浦康平のダイアグラム・コレクション』(鹿島出版会、2014)ほか。


201901

連載 建築情報学会準備会議

第6回:建築情報学の教科書をつくろう第5回:エンジニアド・デザイン
──一点突破から考える工学的プローチ
第4回:コンピュテーショナルデザインの現在地第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し第2回:BIM1000本ノック──BIMに対する解像度を上げるために第1回:建築のジオメトリを拡張する
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