建築のデザインと本のデザイン
──『建築家・坂本一成の世界』制作チームによる座談

坂本一成(建築)+服部一成(ブックデザイン)+qp(写真)+長島明夫(編集・執筆)
左から、長島明夫(司会)、qp、服部一成、坂本一成

まな板の鯉と料理人たち

長島明夫──今ご紹介があった『建築家・坂本一成の世界』(LIXIL出版、2016)の編集を担当した長島と申します。書店に並んだのが本当に今日が最初というくらいなので、まだじっくりご覧になった方はあまりいらっしゃらないのではないかと思いますが、今日は坂本先生をはじめ、ブックデザインをしていただいた服部一成さんと撮り下ろし写真のqpさんに、この本のことを中心にお話をしていただきたいと思っています。早速ですが、まずご挨拶もかねてお一人ずつ、今回の本について一言お願いいたします。では坂本先生から。

坂本一成──坂本でございます。今日はこんなに集まってくださって、私どもの仕事を紹介させていただけるのはたいへん嬉しいことだと思います。『建築家・坂本一成の世界』という、とんでもないタイトルの作品集ができました。このタイトルは、今日ここに出ている3人、長島さん以外は全員反対いたしました。『~の世界』というのは普通もう亡くなった人の作品を紹介するものだ、いかがなものか、私は反対だと。服部さんも反対だと。qpさんも反対だと。それを押し切ってやる長島明夫というのはすごい人ですね。十分それに耐えられる本にしてくれたと思っています。
私は今までいくつか作品集的な本はあったのですが、それは大体が展覧会のカタログでした。ですから今回、LIXIL出版と長島さんから作品集をつくらないかというご提案をいただいて、そういう意味でもたいへん嬉しく思いました。結論的に言いますと、私はまな板の鯉。どう料理されるかわからない状態を楽しみました。総料理長が長島さん。ですから服部さんにお願いする、qpさんにお願いするということも、長島さんがお決めになられた。服部さんは装丁ですね、エディトリアル・デザイン、本の最終的な味付け。これはまた後で話題になると思います。qpさんは建築のカメラマンではないと僕は理解していますが、《House SA》(1999)という住宅と、熊本の《宇土市立網津小学校》(2011)を撮っていただきました。気がついてみたら、前者のほうは建物と物との関係で、後者のほうは建物と人との関係。非常に明快に、建築を他の次元に広げながら撮る、そういう味付けをされたのだと思います。
長島さんはとにかくめちゃくちゃ大変な人ですね。今までも付き合いはありましたが、僕の事務所に来て、書類棚からすべてかき回してですね、未公開の写真がないか図面がないか探しまくる。ですから今回は新たな資料が露わになりまして、いくぶん気恥ずかしいところもあるのですが、お話ししたようにまな板の鯉の気分を味わったと。内容についてはまた後でお話しいたします。

長島──では続いて服部さん。

服部一成──はい。今回、本のデザインを担当しました服部です。奇遇というか、名前が同じ、坂本一成さんの本で、どういう理由かわかりませんが長島さんが僕を指名してくれました。デザインの細かい話はいろいろありますが、坂本先生の話を受けて言うと、確かに『建築家・坂本一成の世界』のタイトルについては、長島さんに「これどうなの?」みたいなメールを送りました(笑)。でも僕は最後にデザインで定着させる立場なので、このちょっと時代がかったタイトルを、逆に「なるほど、これはありだな」というふうに見せられるデザインがないか考えた。まあ、そうなっているかどうかわからないですけれども★1
中身については後ほど出てくると思いますが、普通こういったタイプの本は、ある程度フォーマットをつくってレイアウトしていくことが多い。でも今回はそういうやり方をしないで、オーダーメイドみたいな方式で1見開きずつつくっていきました。だから作業としてはなかなか大変でした。まず建築が素晴らしいということが前提にないと、これはできないと思います。僕としては、長島さんが集めてきたいろんなテキストや写真を並べて、大変は大変でしたけど、楽しい作業というかな、やはりいい素材を並べるというのは得がたい体験でした。詳しくはまた後で。

長島──ではqpさん。

qp──qpと申します。写真家として活動しているということは全然なくてですね、ブログをやっていまして、そこに毎日のように写真をアップしています★2。それを長島さんも見てくださっていたことで、おそらく今回の依頼があり、やりたいなと思ってやらせていただきました。あの、今朝夢を見ましてですね。このトークショーの夢を見たんですが、お客さんが4人くらいしかいないんです。しかも服部さんも忙しすぎて遅刻して来ていない。坂本さんもなぜかいらっしゃらない。長島さんはいるんですけど、その状況にすごいイライラしている。その後、服部さんは最後のほうに来られたんですが、忙しすぎて頭がちょっとおかしくなっていて。夢特有の変な状況なんですけど、なにもない空間を、ドアをノックするみたいにとんとん叩いてるんですよね。とんとんって。なにもないんですけど。まあ、そういう夢を見ました。でも実際にはお客さんは4人ではなくて、たくさんいらしていただいてよかったなと思います。今日はよろしくお願いします。

本の外観についての見解

『建築家・坂本一成の世界』函と表紙(220×297mm)

長島──まず本の外観、たたずまいみたいなことについて、qpさんはどういう印象ですか? もともとqpさんは服部さんと親交があって、服部さんのデザインもよくご存じですよね。

qp──たたずまい。そうですねえ......。

長島──今回はA4を横に1センチ伸ばした大きめのサイズで。わりと初期の段階から函入りにしようという話がありました。

qp──僕はけっこう服部さんのファンで、今までのお仕事もいろいろ見ていますけど、この函のフォントと本体のフォントのサイズが違う感じとか、斜めの直線と真ん中の縦の線とか、服部さんらしくて謎めいていて、面白いなと思いました。

長島──この前は「服部さんらしくもあるし坂本さんらしくもある」みたいなことを言われてましたよね。

qp──この斜めの線が坂本さんらしいなと思いました。僕も坂本さんの建築にいくつか行かせていただきましたが、階段づかいが面白いなと思って。普通の階段じゃなくて、ちょっと不思議な使い方をされますよね。長島さんが『建築家・坂本一成の世界』というタイトルを提案されたときに、あ、それはやめたほうがいいと言って、代案として『階段』にしたらどうかと言ったんです。それは無視されましたけど。まあ僕の印象で、斜めの線が坂本さんという感じがしました。

長島──坂本先生はいかがですか。最後の段階まで出来上がりはご覧になっていなかったと思いますが。

坂本──僕は先ほどお話ししたとおり、すべて長島さんに任せていました。全体のデザインについては後でお話ししたほうがいいかもしれませんけどね、編集言が最初のほうに載っていますが、そこで長島さんが、作品集というのは写真と図面と文章で構成される、そのこと自体は同じであるけれども、この本は普通とすこし違うんだということを書かれています。そういう本の構成の面白さが、やっぱりさまざまなところで感じられる。表紙の斜めの線はですね、服部さんの斜めというのは有名な話らしくて★3、あ、そうか、ここに服部さんが出ているなというふうに思いました。
また表紙のこのピンクは、じつは中のページにもあるのですが、これが最初は「どうかなあ」と思ったんです。僕が今まで関わってきた美的な世界とかなり違う。かつて僕がピンクのシャツを着たとき、笑われた経験もあるものですから(笑)。そんなこともあって、「ピンクかあ」と。ただ、みなさんはどう思われたかわからないですが、実際に本として見てみると、柔らかくて明るくてとてもいいですね。もしかすると外側の函のほうがピンクでもよかったくらい。函も、ある種の感性をすごく感じた。函ってあまりそういうものではない気がしていたのですが、いい意味で裏切られて、より面白い結果になったという印象がありました。

長島──では服部さんに。今のお二人のお話を受けて、このデザインの意図というか。

『建築家・坂本一成の世界』書影


服部──別にこの線が斜めかどうかということだけではなくて、大事なのは全体としてどういう本だったらいいかということですよね。函入りで、表面はツヤツヤのPP(ポリプロピレン加工)ですけれども、そういうこととか、あと本体は上製(ハードカバー)ですけど、それにしては表紙がかなり薄い。これも並製(ソフトカバー)がいいか上製がいいか、あっちに行ったりこっちに行ったりしましたよね。そういったことを引っくるめてのデザインなので、なにかひとつを取り出してどうこうという感じではない。ほかならぬ坂本さんの本というか、坂本さんの本がこんなたたずまいだったらおかしいだろうみたいな、そういうことを考えてデザインしたつもりです。
後はこのタイトルをどういうイメージで伝えるかですね。結局、単純に2本の線を引いて、3つの敷地に分けて、日本語タイトル・英語タイトル・出版社名をぽんぽんぽんと置いただけなんですが。本文のレイアウトもそうですが、主従関係というか、起承転結的なものではない配置にするということは、わりと考えていたかもしれません。だから例えばサブタイトルがあると困るなと思ったんです。qp君の『階段』もどうかと思いますけど、仮に『階段──坂本一成作品集』みたいに主従の関係を含むものだと、その順番に見せないといけない、デザインを縛ることになってきますよね。でも今回のタイトルの場合そうではないし、さらに著者名もないというか、坂本さんの名前がタイトルに入っている。普通はタイトルと著者名と出版社名の羅列になりますが、その制約もなかったので、そういう意味ではやりやすいタイトルではありました。肝心の書名が斜めなのはどうなんだみたいなことも思いながら、でもこれでいいだろうと最後は決めています。

qp──函と表紙の文字のサイズが違うのはどうしてですか?

服部──それは本屋さんでは函の文字が大きく見えたほうがいいだろう、みたいな。

qp──デザイン的にはもっと小さいほうがしっくり来るけど、ということですか?

服部──いや、どっちもしっくり来てますよ。ケースのほうは敷地に対してちょっと窮屈な在り方ですよね。中身のほうはむしろ小さい、ぽつんと置かれている。その両方があっていいと思って、あえてやっています。

坂本──中身のレイアウトもそうですが、階層性をあまり感じさせない。それぞれの要素がバラバラとある。その辺は服部さんのつくり方と重なって、僕も好むところなんです。そういう意味でもしっくりきました。だから斜めであろうとなんであろうとどっちでもいいというか、ある種の自由さが許容されるデザインですよね。

一成ミーツ一成

長島──そろそろ中身の話に移っていきたいと思いますが、その前に今日の裏テーマというか、「一成ミーツ一成」、これは僕が個人的に、今日だけでなくてこの本をつくっているなかで考えていたことなんです。今のお話でもそれを匂わせるところがありましたが、お二人の一成さんが、創作のジャンルは違っても、作家性や作品性としてどこか重なるところがあるのではないか。お名前だけではなく。そういうことを感じていて、それが一緒に仕事をしていただくことで相乗効果というか、よりよい本ができるはずだと考えていました。
例えばそれが具体的にどういうことか、色々あるうちのあくまで一例ですが、上が服部さんの10年前の発言で(「服部一成120分」『アイデア』317号、誠文堂新光社、2006)、下が坂本先生の今回の作品集のインタヴューでの発言です(p.44)。


服部さんは、まさにこの表紙を取ってみても、本当に文字と線しかない。ありふれたものだけを使って新鮮なものをつくっている。そして坂本先生のことをご存じの方はおわかりになると思いますが、そういうつくり方は坂本先生の建築のつくり方でもある。普通のものを普通とは意味を変えながら組み立てるということですね。こういうところでお二人が重なる。さらにこういったお二人の共通性は、建築というものと本というものの社会における在り方の共通性にもつながっていくのではないか。このあたりの話が今日最後のほうでできるかどうかわからないですが、ちょっと皆さんにもそんなことを頭の片隅に置いて今日のお話を聞いていただけたらと思って、先に紹介させていただくことにしました。

201611

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