これからの建築家に求められるもの

新井崇俊(東京大学生産技術研究所特任助教、hclab.)

建築情報学の確立のために

「建築情報学」という視点から建築を体系化し、「建築情報学会」なる学会を立ち上げたいので議論に加わってもらいたいというお話をいただいたのは約半年前だった。私は、建築情報学が何を目的とした学問なのか、その輪郭が見えないままミーティングに参加し、この原稿を書くことになった。ミーティングに集まったメンバーは全員建築に携わる人たちではあったが、組織やゼネコンの設計人から、大学人、プログラマーまでさまざまで、立場や問題意識も一様ではなかった。そのため私にとって議論はほぼ領域横断的で刺激的、かつさまざまな問題を共有できる素晴らしい経験となっている。しかし、この種の議論においていつも消化不良だと感じることのひとつが、用語の定義である。定義が共有できていなければ、共通の用語を使って議論を進めたとしても発展するはずはない。例えば、ミーティングで頻出した「パラメトリック」「ジェネラティブ」「コンピュテーショナル」といった言葉は、議論を消化不良とする代表的な用語であった。建築情報学なる学問を確立するのであれば、はじめに、使用する用語の定義を行なうことから始めるべきだと感じたのが、最初の感想であった。体系化の目的や手法が依然十分に共有されないままではあるが、情報技術に関して言うと、近年の進歩は目覚ましく、建築分野においてもさまざまに利用されているが、体系的に整理されているとは言い難い。情報の蓄積、活用を効率的に行なう目的で学術的に体系化するのであれば、これまで蓄積された先行論文や報告を整理し、それぞれの手法である情報技術と研究対象や目的から、論文、報告書を再分類することが必要ではないだろうか。

情報の「手ざわり」

私の専門領域は空間解析である。空間解析とは、空間を点、線、面などで表現し、その分布、長さ(距離)、面積等、空間の概念を媒介に現象を解析する学問であり、「定量化」された情報が解析の基本となる。本稿では、「建築情報学とは何か」と問う代わりに、情報化時代の建築家に何が必要になるか私見を述べる。近年、定量化されたデータで注目を集めているのが「ビッグデータ」で、2010年頃から頻繁に見かけるようになった。(何バイト以上のデータかなど)ビッグデータの厳密な定義を行なうことは避けるが、端的に言えば、従来のデータベースが蓄積、運用、解析できる能力を超えた、多量、多様、多頻度なデータ群である。医療、マーケティング等幅広い応用例が報告されており、建築分野でも、建築の設計、施工、運用等、すでに多くの事例で活用されている。しかし、ビッグデータに対する期待が高まる一方、データ解析への誤解も少なくない。当然だが、データを眺めているだけでは何もわからない。データの利用者自身が、何が知りたいのかを明確にしながら、意味ある量を統計的プロセスを経て抽出しなければならない。目的が同じであっても、データ特性を把握する分析のスキルや着眼点によって、結論は異なる。情報にも「手ざわり」が存在するのである。もちろんデータ解析を専門家に依頼することは可能であるが、たとえ、誰かがどんなにわかりやすく分析したとしても、最後は結果を解釈する利用者の決断が必要になる。つまり、情報技術を積極的に利用し、建築設計に利用しようとするならば、建築家自身が得られたデータに対するコンテクストを読み解き、「手ざわり」を確かめながら利用するスキルを身に付ける必要がある。

変容する設計の主体

情報技術がますます発達すれば、建築家はもはや必要ないだろうか。私は、これまで以上に空間や体験の専門家である建築家の知見が重要になると思う。プライバシーが確保され、同時に眺望も良くなるようにリビングの開口を数理的に計画するという例から、建築家の役割を考えてみたい。「眺望」や「プライバシー」というやや曖昧なデータは一般には手に入らない。はじめに、設計者は眺望やプライバシーを定義し、これらを計量するアプリケーションを探すか、自ら開発する必要があると同時に、とりうる状態(形態)の優劣を決め、評価関数として定式化する必要がある。位置を固定し開口を大きくして眺望を計量すると、眺望の評価は高くなることがわかる。一方プライバシーを計量すると、間口は大きくなったため外部からの視線を遮ることができず低下することもわかる。このシンプルな例でもわかるように、建築には「彼方を立てれば、此方が立たず」といったトレードオフが出現することが多くある。もちろん、パレート最適な解を見つけることはできるが、その解が実行可能解とは限らない。最終的に開口部の大きさと位置を決定するためには、プライバシーと眺望をどの状態でバランスさせるか、(建築主等の意向も聞きながら)建築家が決定しなければならない。私はこの決定こそ、建築家の「デザイン」であると思う。何に着目し、どのように評価関数をデザインするか、また与条件やこれまでの経験を加味して、何を実行解とするか、数理的に設計を進めようとしても、建築家が決定すべきことは多くある。世に語り継がれる名建築のコンセプトを紐解き、そのコンセプトを計量できたとして、はたして最適解が実現されているのだろうかと思うことがある。いかに情報技術が進歩しても、最後は人が決定する瞬間が訪れる。この時、建築家の設計対象は、空間にとどまらない。

脳を拡張するコンピュテーショナル・デザイン

コンピュテーショナル・デザインという言葉をよく耳にする。広義には、計算機を用いたデザインすべてがそれに該当すると思うが、私は「手の拡張」としてではなく、「脳の拡張」としてコンピュータを用いるコンピュテーショナル・デザインに着目したい。一例としてマルチエージェントシステム(MAS)について考えてみたい。MASとは、エージェント(人間)の特性をいくつかのパラメータとし、個々のエージェントの行動ルールをシンプルなアルゴリズムで記述したシステムであり、建築計画においては、避難計画の検証にも用いられている。MASは数個のパラメータと、シンプルなアルゴリズムで記述されるが、エージェント同士の相互作用の組み合わせは爆発的に増加し、手計算で再現することは難しい。まさに、計算機の計算能力を援用し脳を拡張しなければ結果に辿り着けない。MASでは、当然ながら結果である群の挙動はパラメータの値に左右されるため、目的にあったパラメータの値を数学的に推定することが必要不可欠となる。なぜなら、実際の人の挙動を再現してはじめて、建築の形状や室配置などの入力条件を変えて、人々の流れがどのように変化するか、シミュレーションすることができるようになるからである。恣意的な値では、実際の人々の挙動を把握することは困難になる。図面に一本の線を描く時と同様に、建築家はパラメータの設定や推定にも慎重になる必要がある。

計画解析の必要性

建築家の描く一本の線の重みを考えたとき、建築家は、デザイナーであると同時に、エンジニアやサイエンティストであるべきだと思う。現在、大学の建築教育において、構造分野では構造解析、環境分野では環境解析がプログラムされており、さまざまな問題を解決するため多くの研究や教育が行なわれている。しかし意匠・計画分野においては、定量的で再現可能な設計手法に関する教育をプログラムに組み込んだ大学は多くない。もちろん、設計は創造的行為であるため、数学的な手続きによって解を求めることとは本質的に異なる。しかし、思慮を欠いた設計が時に「想定外」の事態を起こすこともある。建築家は、経験的に把握できる範囲を超えた、「想定可能」なテーブルを事前に構築しておくべきではないだろうか。そのために、意匠・計画分野においても、情報技術の基本から、目的関数の設計プロセス、変数の設定、推定方法を教え、科学的な設計手法の構築を教育プログラムに組み込むべきだろう。意匠・計画分野にも、「計画解析」という分野が必要ではないだろうか。

新井崇俊(あらい・たかとし)
1982年生まれ。東京大学生産技術研究所特任助教、hclab.コアメンバー。2007年京都大学工学部建築学科卒業、2013年東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。都市研究室hclab. コアメンバーによる共著=『時間のヒダ、空間のシワ...[時間地図]の試み:杉浦康平のダイアグラム・コレクション』(鹿島出版会、2014)ほか。http://hclab.jp


201712

特集 建築情報学へ


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