MISC. DATA
──情報以前の「雑多な質」を扱うために

木内俊克(建築家、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻助教)

建築情報学会の立ち上げの議論に関わることになって真っ先に考えたのは、そもそも建築や都市において空間やその意味を構成する重層的な網の編み目一つひとつが、はたしてどこまで情報としてアクセス可能なのか、ということだった。むろん、オープンデータやビッグデータと呼ばれる既存のデータ群はすでに膨大な量に達しているが、現実の時空間に分布するあらゆる事物や環境がメディアであると考えれば、一般的にアクセス可能な前述のデータ群とは比にならない膨大な情報量が、日常のなんでもない暮らしのなかに埋め込まれている。私たちは、あらゆる瞬間にその大量の情報処理をした結果、変わり映えしない昼下り、時折吹き抜ける風の心地よさや家族との何気ない会話のささやかな変化を感じ取り、日々を楽しむことができている。

都市の雑多な質

2017年8月、高円寺北中通りの「キタコレビル」で開催されたアーティスト集団Chim↑Pomの展示「道が拓ける」(2017年7月29日〜9月5日)に際して、その1年ほど前に解体直前の新宿「歌舞伎町商店街振興組合ビル」で行なわれた「また明日も観てくれるかな?」展(2016年10月15日〜31日)からのプロジェクト全記録をおさめた『都市は人なり──「Sukurappu ando Birudoプロジェクト」全記録』(LIXIL出版)が刊行された。「都市は人なり」とは、終戦直後に石川栄耀が残した「そこに集まる人々の生活や姿が、すなわち街の姿」★1だという歌舞伎町の理念を示した言葉であり、Chim↑Pomが新宿から高円寺まで一貫して表現している、「人が作る」街の「スクラップ&ビルドといわれるほど短いスパンで様変わりする(...中略...)変化のスピード」や「リアルな都市の姿」を示すキーワードとして導入されたものだ。キタコレビルには《Chim↑Pom通り》と命名された、「プライベート空間の中にできた公共空間」として、アスファルトを敷き詰めた「道」が恒久設置されているが、その地中には、「渋谷パルコ、歌舞伎町商店街振興組合ビル、キタコレビル、旧国立競技場(...中略...)など、東京各地で同時期に行われた解体工事の残骸が埋め立てられて」いる。これら「廃材のレイヤー」は、「地層として標本化」されるよう透明アクリル板により露出されており、圧縮された東京の空気が滲み出している。

Chim↑Pomが執拗に描き出すこれら都市の「雑多な質(そしてその情報)」は、おそらく誰しもがその価値(少なくともその存在)を認識していながらも、公的な場で都市を評価する尺度としては捨象されたり、あるいは定性的にしか測りえない個々人のノスタルジーとして「計画」の外にあるものとされてきた。だからこそ、都市の可能性を検証するうえでChim↑Pomの仕事は示唆的なのであり、作品制作を超え、いかにあらゆる都市介入においてこれらの質にアクセスしていくのか、という問いはますます重要度を増してきている。そうした価値の所在を認識していながら、現在の計画やデザインは遅れをとっている。

では、Chim↑Pomがその描出を試み、私たちが日々の暮らしというメディアにそれと意識せず接し、受容している都市の「雑多な情報(MISC. DATA)」は、いかにして計測・運用できるのだろうか。

まず、一般的な都市の評価方法について見ていこう。「インデックス」による都市域の比較は好例だ。判断の根拠となる情報が提示され、その確からしさや強度が示されることで比較検証が可能になる。都市の働きを示すと思われる媒体を取り上げ、情報を読み取り、インデックスとして組み立てる。統計がその論拠となる。森記念財団の都市戦略研究所が2008年より毎年発表してきた「世界の都市総合力ランキング(GPCI)」はそうした都市評価指標としては代表的なものだ★2。2017年の都市総合力ランキングで東京は、ロンドン、ニューヨークに続き3位に位置付けられる。「経済」「研究・開発」「文化・交流」「居住」「環境」「交通・アクセス」の大指標6つの下位にサブカテゴリーが紐づけられ、それぞれのカテゴリーごとのスコアを集計することで、総合力が判定される。例えば「環境」であれば「エコロジー」「大気質」「自然環境」という3つのサブカテゴリーがあり、それらも複数のデータから成り立っている。(エコロジーは例えば「ISO14001取得企業数」「再生可能エネルギーの比率」「リサイクル率」の3つのデータ)。こうした統計をベースとした指標は、都市の機能的な働きを捉えるうえでは強力だ。

情報以前の刺激や感情

また、「刺激」に類するような、情報が情報として像を結ぶ前段階で人間の行為に及ぶ影響の評価についても、統計は有効であるようだ。行動経済学や建築計画学の知見はこうした部類に属するものが多く、例えばリチャード・セイラー、キャス・サンスティーンの共著『実践 行動経済学』(日経BP社、2009)では、認知バイアスのひとつである「フレーミング効果」の実例として、手術の選択に際しての情報伝達が取り上げられている。医者が患者に特定の手術を勧めるかどうかを判断するため手術結果を調べた際、まったく同じ事実でも「100人のうち10人が亡くなっている」と伝達されるより、「100人のうち90人が生存している」と伝達されるほうが、手術を患者に勧める割合が高くなることが1981年当時のダニエル・カーネマンらの実験により確かめられている。

ここで、再び都市の「雑多な」情報に戻ってみよう。特に物語性の強い出来事や、情報の連なりの結果生じる感情的な反応と、一連の物語を取り囲んでいた環境や状況との対応関係に焦点を絞った場合、それはいかに記録しうるのか。この問いに上述の都市指標や行動経済学のフレームワークを当てはめてみると、それら統計的に因果関係をつむぎ出すアプローチでは困難ではないか。そもそも個々の因果に対応する事物が曖昧で、個別的で、かつ多様である点にも、「雑多な質」の難しさがある。例えば、本論と似た問題意識を持ち、「都市の本当の魅力を測る物差しを模索し、提案すること」「ジェイコブズ以降、多くの研究者や実務家が論じ、先進国ではコンセンサスになっているにも関わらず、...中略...ノスタルジーや個人的趣味として退けられてきた都市の魅力」を可視化することを目的に掲げている「Sensuous City」でも、例えばセンシュアス指標のひとつである「ロマンスがある」ことの統計として「デートをした」「ナンパした・された」「路上でキスした」「素敵な異性に見とれた」といった事象が、「しょっちゅうあった」か、「頻繁ではないが数回あった」か、「1〜2回あった」か、「ほぼなかった」かの4段階で統計を取るという組み立てに留まっており、そこにどんな感情の動きがあり、それがソフト/ハードや自然/人工物を問わないどんな環境的な要素によりドライブされ、または抑止されていたかといった捕捉や計測には至っていない★3

一方で、2016年に大きな話題となった「Pokémon GO」の前身であり、実際に都市のなかでプレイする位置情報ゲーム「Ingress」では、ゲーム参加者が「Niantic」に申請し、許可が下りれば、自ら「ポータル」という陣取りゲームの核となる場所を登録可能なシステムを採用したことにより、いままで都市のアイコンとして認識されていなかった膨大な量のオブジェクトがそれとして抽出された。Ingressでも細やかな感情の動きと環境の相互作用を計測できているわけではないものの、位置情報ゲームの体裁により、「アイコンを眼差す」という半ば無意識化にあった感覚的な行為を意識化に浮上させ、それまで無意味に存在していたかもしれない、ないし別の例えば機能的な意味でしか存在していなかった「雑多な」オブジェクト群が、いかにアイコンとしての潜在的な情報を持っていたかが可視化されたことには、ひとつの可能性を見て取ることができないか。

まとめよう。
都市をメディアと考えれば、そこには大量の情報が埋め込まれている。それは上妻世海が指摘している、汲み尽くせないオブジェクトの魅力と同質のものでもあり、その意味でどのスケールのどんな単位から情報が抽出され、どのような感情のゆらぎに接続するのかはほぼ無限のバリエーションに開かれていると言えるかもしれない★4。であれば、そうしたメディアとしてのオブジェクト群や情報群を、特定の因果関係を引き出すための統計処理に落とし込むのではなく、徹底してそれらの間の相互参照構造に網を張り続け、検索可能性だけを担保しておくような方法に、そうした情報の運用可能性があるのではないかと思えてくる。

あくまで本論は仮説の域を出るものではなく、以下は検証もままならい単なるアイデアに近いものだが、最後に上述の「雑多な質(そしてその情報)」を起点に、今後接続したいトピックを挙げて締めくくりたい。

ひとつめの補助線は、京都市立芸術大学などが取り組む「タイムベーストメディアの保存修復」★5を、複数の情報媒体のハイブリッドによる都市記述という観点からトレースする作業、2つめは「オーラル・ヒストリー」におけるテキストと行間の取り扱いを、やはり都市記述という観点からトレースする作業、そして3つめの補助線には西澤徹夫が論じる「レイアウト」の概念から組み立てる「アーカイブ論」★6を軸に立て、Google検索的な、Aという概念の定義の参照構造による例示可能性や、そこでの情報の基本単位としての非言語素材(画像や音、素材)の運用を、深層学習による画像生成といった分野を通して検証するような作業★7を想定してみたい。

いずれも、実際にワーキンググループを立ち上げての勉強会のような形式をとるより進め方がないもので、今後しかるべき方々にお声がけし、作業を進めていければと思っている。


★1──寺谷公一「歌舞伎町の歴史」(歌舞伎町商店街振興組合)
★2──「世界の都市総合力ランキング(GPCI)2017」(都市戦略研究所)
★3──『Sensuous City[官能都市]──身体で経験する都市:センシュアス・シティ・ランキング』(ネクスト HOMEʼS総研、2015)
★4──上妻世海「消費から参加へ、そして制作へ」(『「ÉKRITS / エクリ」』2017.01.20)
★5──「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存のガイド」(京都市立芸術大学)
★6──西澤徹夫「〈展示空間〉──チューニング、アーカイブ、レイアウト」(10+1 website、2016年4月号)
★7──Ian J. Goodfellow, Jean Pouget-Abadie, Mehdi Mirza, Bing Xu, David Warde-Farley, Sherjil Ozair, Aaron Courville, Yoshua Bengio, "Generative Adversarial Networks", 2014.

木内俊克(きうち・としかつ)
1978年生まれ。建築家。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻助教。2004年東京大学建築学専攻修士課程を修了後、2005-07年Diller Scofidio + Renfro、2007-11年R&Sie(n) Architects勤務。2011年砂山太一と建築におけるデジタルデザインのリサーチプラットフォームkwwekを立ち上げ。2012年木内俊克建築計画事務所設立。


Thumbnail《オブジェクトディスコ》©木内俊克+砂山太一+山田橋


201712

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