〈マテリアル〉──物質的想像力について、あるいはシームレス化する世界の先

丸橋浩(建築家)

高分子素材、つまりプラスチックや合成繊維、合成ゴムなどの登場が、素材の可能性を飛躍的に押し広げ、社会を劇的に変化させたと言える。その素材が見せた可能性とは、いわばどんな形にも姿を変える高い可塑性であり、そして部分と全体とをシームレスにつなげてしまった一体性にあったと言える。その素材が見せた新しい局面とは、古典的な意味での物質としての属性、性質というものが後退し、求められる機能によっていかようにもそのプロパティを再編しうる操作性にあったと言える。つまりそこでの素材とは固定的な物質性なのではなく、機能と操作とが不可分の物質の再現可能な状態だということだ。
しかし思い出してみればそれは極めて当たり前のことなのかもしれない。水がまわりの環境によって水蒸気や氷に姿を変えるように、外から加えられる力や環境によって物質は状態を変えている。目の前に現れている物質性とは一時的な状態でしかないことを私たちは自然を通して知っている。とはいえ新素材あるいは複合素材と呼ばれる新しい物質は、私達の想像力をはるかに超えてさらにその操作性や可塑性、機能やプロパティのシームレス化を推し進める。金属とセラミックの融合、有機物と無機物の融合など、それまで異なる物質性と理解されていたものがシームレスに連続する。全体と部分といったいわゆる機械的な分節を溶解させ、機能やプロパティさえ滑らかにインテグレートしてゆく。内に複雑な機能やプロパティを内包させながら、表れとしては極めて単純な姿をまとう素材、シンプリシティとコンプレクシティが矛盾なく同居するその姿は、古典的な素材観である質感や肌理、肌触りといったものから、抽象度の高い思考と想像力へと私たちを誘導し、「素材とはなんであるのか?」という根源的な問いに再び立ち戻らせる。

出来事=マテリアル

物質性とは、機能と操作とが不可分の、物質の再現可能な状態と書いた。素材に要求される機能に応じて、組成や構造、プロパティを改変させてつくられる機能材料や複合素材は、成形や加工など素材を製造する技術の進化が、つまり素材の進化であった。素材に加えられる操作が、素材のプロパティを左右し、素材の物性と機能が一体であるという事実は、素材というものが物体としての「物」から、出来事としての「事」へと限りなく近づいている風景を私たちにつきつける。操作という出来事そのものが素材であるということ、あるいは履歴や時間さえもが素材に内包され、素材という一言で捉えきれない幅広く多様な世界がひたすら拡張している。裏を返せば素材が解決しなければならない社会的な課題がそれだけ無数にあり、複雑化した社会の多様な文脈に対応するように様々な素材が生み出されていると考えることができる。素材はそうした多様な文脈の流れを制御し一時的にインテグレートした状態であり、原材料から素材、そしてプロダクトへと連なる流れを切断した一断面だと捉えることができる。素材という一断面を取り出し、その部分だけを思考するのではなく、その背景や素材を貫いて流れる社会や環境という大きな流れの中で素材を捉えることでしか、その姿を捉えることは不可能であろう。
例えば微生物が分解し土にかえるという生分解性プラスチックがある。プロダクトとしては耐久性が要求されるが、プラスチックは分解されにくいがゆえに使用された後にゴミとしての問題を引き起こす。生分解性プラスチックは、素材として使命を終えた後のことにプライオリティを置いて開発された素材である。分解されにくいというプラスチックの特性をあえて捨て、耐久性と分解性という相反する性能をバランスさせて成立している。その性能には、社会的な課題やプロダクトして利用される時間、そのあとの分解性能などが織り込まれており、大きな社会環境や資源循環の流れのなかに素材の意味が位置づけられている。

プロパティ=マテリアル

素材が、要求される機能や性能に合わせてデザインされる時に、操作される対象は「物」ではなく、素材のプロパティであることを先に述べた。そしてプロパティは社会や環境に連続し外部との関係のなかで他律的に定義される側面がある。私たちは素材を記述する時に、弾性、靭性、耐熱性、耐蝕性、耐候性など、プロパティを記述し、プロパティによって素材を把握している。
「材料に有用な機能(働き)を賦与するために、材料自身の組成、構造、添加剤、製造プロセスなどの改変によって製造された材料」(『機能材料キーワード』工業調査会、1987)である機能材料は、用途に合わせてプロパティを積極的に操作し創りだされた素材である。例えば、太陽電池に利用されているアモルファス半導体(Amorphous Semiconductor)、生体適合性材料として人工歯根や人工骨と利用されているアルミナ(AL2O3)、歯の再石灰化を促す歯磨き粉に使われる水酸アパタイト(Ca(PO4)6(OH)2)、実用形状記憶合金として利用されているニッケルーチタン合金(Ni-Ti Alloy)などがある。素材の性能や機能を改変し、素材のプロパティを自由にデザインできるという状況は、プロダクトの機能や性能からの要求に応じて素材をデザインし、併せて素材とそのアプリケーションとが同時に思考されるという、素材とプロダクトをシームレスにつなぐ共時的で相対的な創造の場がそこに出現している。材料特性の操作がその物質性をかたちづくるという価値の転倒がそこで起こっていることも見過ごせない重要な事実である。
興味深いことは、こうして開発された新しい素材のなかに、自然からヒントを得て作られたものが数多くあることだ。南米のモルフォ蝶の発色原理を研究し、その薄膜干渉発色を利用して開発された構造発色繊維(光干渉発色繊維MORPHOTEX®)、強靭な蜘蛛の糸の特性を活かした新素材「QMONOS®」、外側は密度が高く、内側は密度が低い骨のように機能によって素材の密度などがグラデーションした傾斜機能材料など、バイオミメティクスは未来のテクノロジーとして注目を集める最先端技術である。素材のプロパティを操作する先に、自然のなかで長い年月をかけて最適化してきた生物の優れた機能へとたどり着いた。素材のプロパティを操作するように、生物は長い年月をかけて機能を変化させてきたといえるし、また素材の固有のプロパティから自由になれたからこそ生物を模倣することができるようになったとも言え、もはや素材は工学的な進化から生物学的な進化にフェイズが移ったとも言えるのではないか。

制御=マテリアル

バイオミメティクスが顕在化させた素材の生物学的なイメージ。素材のプロパテイ、操作、機能、アプリケーションは相対的で有機的な関係にある。そこでは、物の固有のプロパティは一つの因子に過ぎず、いわゆる古典的な物質性と言われるものは遠く後退し、そして「物」の意味は著しく低い。そこでは素材あるいは物質に関する新しい言葉の発明が必要とされているのかもしれない。素材において「物」としての存在が後退するという事態においては、操作あるいは制御というものが大きな意味を持って立ち現われてくる。
タッチパネル用のフィルムを製造していたタッチパネル・システムズという素材メーカーは、タッチパネルの機能を左右する透明性や耐久性を追求した結果、「表面弾性波方式」という超音波を利用した素材を媒介しない入力技術を確立することで、素材を捨てた素材メーカーとなった(『SD9905: 特集 挑発するマテリアリティ』)。
建築家のGramazio&Kohlerは、コンピュータ制御されたマニピュレーターを駆使して、ありきたりのレンガを複雑に積み上げたり、木を複雑に組み上げる、木パネルに穴をさまざまに開けるなど、新しい建築の表現を追求したり、ドローンを使った建築の自動建設の実験を行なったりと、ロボットを活用して建築のクリエイティブな可能性を拡張する試みを行なっている。

Keller AG. Gramazio & Kohler Architects レンガメーカー、Kelle AG本社の産業用ロボットを用いてつくられたレンガ積のファサード
photo: Claudia Luperto Fotografie
[出典=http://www.gramaziokohler.com/web/e/projekte/195.html

Keller AG. Gramazio & Kohler Architects
産業用ロボットを用いたレンガ積のスタディ
※Gramazio&KohlerのETHでの研究
[出典=http://gramaziokohler.arch.ethz.ch/web/e/lehre/81.html

Keller AG. Gramazio & Kohler Architects《Rimote Material Deposition 》
粘土を射出し、遠隔した地点に構築物をつくる研究(Gramazio&KohlerのETHでの研究)。粘土を射出するだけでなく、つくられつつある構築物の構造データをフィードバックし、射出を調整し構築物をつくってゆくシステム
(上段・右下=全景、左下=ディテール、)
[出典=http://gramaziokohler.arch.ethz.ch/web/d/lehre/276.html

Keller AG. Gramazio & Kohler Architects《Fight Assembld Alchitecture Installation》
ドローンを使った建築建設のインスタレーション
[出典=http://gramaziokohler.arch.ethz.ch/web/d/forschung/209.html

空気圧駆動機器や空気圧サーボシステムなどを製造しているFESTO社は、いわば空気を素材として扱っている会社である。様々な生き物の驚異的なロボットをつくり、自然界の動きを参考にして、次世代オートメーション技術の開発に結びつける研究を行なっている。
Gramazio&Kohlerのレンガや木、FESTO社の空気も、ありきたりの素材であり、素材そのものにはなにも手を加えていない(タッチパネル・システムズ社に至っては素材を捨ててしまっている)。ただ素材の高度な操作や制御に特化することで、新たな可能性を切り開いている点がとても興味深い。
高度な操作性に特化してゆくと、物質としての存在は消え行き、物の制御という局面が大きく立ち上がる。そこではありきたりの素材でも、今まで見たこともないような表情を見せる新しい世界が広がっている。

マテリアルの想像力

新しい素材が切り開く新しい建築を想像してみよう。
とんでもなく薄く、とんでもなく軽く、とんでもなく細く、とんでもなく硬くて強い、素材がどれだけ建築を更新するのだろうか?
建築は素材のアッセンブリーだ。部分と全体があり、各素材がヒエラルキーに基づいてまとめられ、建築を構成している。それぞれの部位には、機能が割り当てられ、新しい素材がその建築の部分と全体と関係を更新することはあるのだろうか?
建築の機能を刷新することができる素材が現れるだろうか?

素材の世界において、物としての存在が大きく後退している事態を記述してきた。
そのことから、物としての素材が建築を大きく変革させることについては甚だ疑問に思う。
物質的想像力。あえてそう書こう。物質的想像力とは、物としての存在にまとわりつき、そしてそこから抽象化し飛翔する機能やプロパティや操作や制御や環境などさまざまな文脈のなかから編み出される可能性の力なのだと思う。
物としての即物的な建築はそうは変わらない。しかしそれを取り巻くさまざまな事象を改変することで、建築の景色は大きく変わったものになるはずだ。
建築のつくり方を刷新しようとするGramazio&Kohlerの試みや3Dプリンター、CNC(Computerized Numerical Control/コンピュータ数値制御)工作機器などは、現に建築の構築の仕方を刷新しつつある。そうした技術を応用すれば日本の伝統的な木組みさえ再現することができるのではないか。
あるいはProcessingと組み合わせることで、最適解としての建築を素早く導き出されるのではないか。妄想は尽きない。
素材が挑発する驚異的な情景や、素材の物性を操作し、新しい機能や性能をデザインするという思考に、建築を前進させるヒントが数多く含まれている。物質的想像力が、物質の可能性を拡張したように、具象的な建築を書き換える抽象概念と新たな言葉を誘導し、建築の新しい風景を切り開くことだろう。




丸橋浩(まるばし・ひろし)
1968年群馬県生まれ。建築家。 株式会社アマテラス都市建築設計共同主宰。 武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。芝浦工業大学大学院建設工学専攻修士課程修了。作品=《杜の家》《聖光三ツ藤幼稚園》など。共著書=『現代住居コンセプション』『20世紀建築研究』ほか。


201605

特集 圏外から学ぶ都市/建築学入門


圏外から再構築される建築
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〈マテリアル〉──物質的想像力について、あるいはシームレス化する世界の先
〈写真アーカイブズ〉────歴史を振り返り、再発見する手段
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