千年村疾走調査・完全マニュアル

小林千尋(伊藤暁建築設計事務所 所員)
神保洋平(早稲田大学理工学術院 建築学専攻 修士課程1年)
私たちが〈千年村〉を初めて訪れるときには「千年村疾走調査」(以後、疾走調査)というユニークな調査を行っている。何十もの集落を数日で調査するのだが、集落間を自動車で駆け抜けることから「悉皆」調査ではなく「疾走」調査と呼ばれるようになった。本稿では過去の疾走調査を振り返り、その方法をマニュアルとして記述することで、これから〈千年村〉調査を行う方々の一助となることをめざしたい。

fig.1──疾走調査中のようす
(利根川流域疾走調査、2014、撮影=千年村プロジェクト)


疾走調査が生まれるまで

千年間を基準とした持続する集落地域〈千年村〉を発見するひとつの手段として、古代地名を手がかりにした候補地の発見方法がある。平安期の文献『和名類聚抄』★1には、3986もの古代郷の地名が記載されている。これらは律令制の下で税収が見込めた地域と考えられている。千年村プロジェクトでは〈千年村〉を全国からひろく収集するため、『和名類聚抄』に記載される古代地名を現在地名へと比定した既往成果★2をもとに、デジタル地図上へのプロットを行った。この成果は千年村WEB(http://mille-vill.org)で公開され、現在の場所に比定可能な1977件がプロットされている。(なお、比定がなされたのは全古代郷のうち約半数であり、残りの半数は未だ現在地が特定されていない。)

fig.2──〈千年村〉候補地のプロット
青色は『和名類聚抄』記載郷名のプロット、橙色は一般投稿者からの提供情報をプロットしている(千年村WEBより)

これで「千年前」の集落の候補地が分かったが、この集落が「千年間」持続しているとは限らない。集落の移転や消滅も当然考えられるからだ。そこで私たちは、プロットした地域の全てを見に行くことにした。実際に歩くことで、その地域が千年持続するポテンシャルを有しているか自分たちの目で確かめるのだ。とはいえプロットは関東だけでも366件あり、数日かけてひとつの村を調査するような方法ではとうてい時間は足りない。複数の集落を短期間でもれなく調べながらも、ある地域のキャラクターを全体的に感じる方法はないか。「疾走調査」はこうしたジレンマの中で生まれ、次第にその方法が洗練されていった。

水系から見る〈千年村〉

調査を行うにあたって、まずは千年村WEBを眺めて調査エリアを選定する。
これまで千年村プロジェクト関東拠点では、2012年の房総半島疾走調査(81村)を皮切りに、利根川流域(2014、56村)、相模川流域(2015、18村)の疾走調査を行った。疾走調査だけでも150以上の集落地域を実見していることになる。

とくに2013年以降の調査エリアは都道府県単位ではなく、より長いタイムスケールを持った河川流域に着目している。〈千年村〉の立地に「生産」や「生存」の条件を満たす水系との深い関係性があること★3がその理由だが、調査エリアを同一流域範囲内に制限することによって、訪れる複数の集落を、河川の水利や治水を巡る同一の文化圏の中で比較検討することが可能になった。★4

車を走らせるルートの設定は距離の近い〈千年村〉同士を線で結んでいけばよいが、一日に回れる集落は7、8村が上限であることに注意したい。1村あたりの調査にかけられる時間は30分から1時間ほどだが、興味深い集落に出会うとついつい長居してしまう。集落間の移動にも時間はかかるし、村の古老に話しかけられると30分は時間が過ぎている(大変有難いのだが)。スケジュールは盛り込みすぎないのも疾走調査のコツである。

fig.3──房総半島、利根川流域、相模川流域疾走調査のGPSログ
fig.4──関東における〈千年村〉候補地のプロット・一級河川とその水域の関係
(出典=千年村プロジェクト『利根川流域疾走調査報告書』、2015)


書を捨てず、端末も持って村に出よ

ルートが決定したら、次に野帳(フィールドノート)を作成する。
過去の疾走調査では必ず野帳が作成され、メンバーはこの野帳を使って打ち合わせ、現地での書き込み、報告書の執筆を行っている。野帳は情報量とコンパクトさの両立が課題となっていたが、現在は1村につき以下の情報をA4サイズ見開き2ページにまとめた使い勝手のよいものに落ち着いた。調査中はその村がどのような環境要素で構成されているかを把握するために集落の断面ダイアグラムを作成し、環境・集落構造・共同体・交通の各視点からメモをとり、その村のキャラクターを一言で表すコピーを書くようにしている。

fig.5──書き込みを行った野帳 
野帳には「対象地の概要」「〈千年村〉の比定範囲が記された白地図」「過去の航空写真」「迅速測図★5」「土地条件図」「野帳作成者による見どころ」が記載される(作成=千年村プロジェクト)
fig.6──疾走調査の直前には作戦会議を行い、各村の見どころを野帳作成者がプレゼンする


また、2015年からはプログラマーの元永二朗氏が開発した千年村アプリ(非公開)を使用している。iPhoneの千年村アプリはオンラインで千年村の位置と各種地図・航空写真、現在地の重ね合わせを実現させ、調査効率を格段に向上させた。われわれは書を捨てず、端末も持って村に出ている。

fig.7──千年村アプリ


疾走調査7つ道具

疾走調査は1村あたりの滞在時間が短いため、「限られた時間でいかに現地の情報を記録するか」がひとつの重要なテーマになっている。これまで数多くの記録方法の試みがなされてきたが、現在の調査では、先述した野帳とiPhoneアプリのほかに、デジタルカメラ、GPS、ドローン、RAWフォルダ、千年村パンフレットが主要な道具となっている。

基本となるのはデジタルカメラによる写真記録であるが、千年村調査では2つの工夫を行っている。ひとつはGPSを携帯して写真データに位置情報を付加させること。地図と対応させることで、他の調査員が撮った写真であっても撮影場所を追えるようにしている。もうひとつは「たくさん撮る」ということ。調査中に気になった対象はもちろんのこと、目に入った景色から順にとにかく撮ることを意識している。つまり、駄写真もたくさん撮るのだ。〈千年村〉調査では意図的に撮影された麗しい村の風景写真よりも、意図せずに撮った写真のほうが後の発見が詰まっていることが多くあるからである。


fig.8,9──調査中に撮影された駄写真。車内からでもとにかく記録する
(撮影=千年村プロジェクト)


調査エリア内を車で移動する際は、車載カメラを使用している。これはiPhoneの定点観測アプリを用いたもので、車のフロントガラスに装着し、10秒に1回のペースで撮影している。ロードサイドを走っていたはずが道をひとつ曲がると風景が一変し、とり残されたような〈千年村〉の風景を見かけることがあるが、車載カメラはこのようなシーケンスを正確に記録し、調査地から帰ったあとでも私たちの記憶を鮮明に呼び起こす働きをしてくれる。

fig.10──車載カメラによる調査(撮影=千年村プロジェクト)


調査では写真撮影だけでなく、現地資料の収集も重視している。古地図、地籍図、古文書、小字図、現地のパンフレット、チラシ、頂いた名刺など、調査中に獲得した資料はすべてRAWフォルダと呼ばれる黒いフォルダに入れ、1次情報として保存している。これは千年村の前身である「瀝青会」から続いている方法であるが、10名を超す人数がバラバラに集めた資料を集約すると短時間の調査でもかなりのアーカイブになり、後のまとめ作業や報告書の執筆で大きな役割を果たしてくれる。

fig.11──RAWフォルダには調査中に獲得した資料を保管している


2014年からはドローン(DJI Phantom2+GoPro)が導入された。集落の構造や土地利用を鮮やかに映し出すドローンの映像は、短期間で村の特徴をつかむ疾走調査には画期的な道具だった。ドローンを導入したときに石川初氏は「"鳥の目"と"虫の目"をつなげる可能性がある」と述べていたが、実際にドローンを飛ばし上空50mほどの高さから見た映像は、村の全体像が直感的かつ具体性を持って把握され、航空写真にはない独特のライブ感がある。
(なお、2015年12月から航空法の改正によりドローン等の無人航空機のルールが定められたが、千年村プロジェクトそれよりも厳しいルールを独自に設けて撮影を行っている。)

fig.12──ドローンが離陸する瞬間(撮影=千年村プロジェクト)


調査中に出会った地域の方にお渡しする千年村パンフレットも活躍している。観光地でもない無名の村にカメラを持った大人たち突然が現れるため、地域の方々に怪しまれるのも仕方がないのだが、その際にこれまでの活動内容が記された千年村パンフレットを取り出し、調査について直接お話することで、今までトラブルなく調査を行うことができている。活動を周知して以降の詳細調査へとスムーズに繋げる広報の役割も担ってもらっている。

fig.13──千年村パンフレット
調査中に出会った方々にお渡ししている(作成=千年村プロジェクト)
fig.14──報告書の各村のページ
調査から戻り次第、獲得した情報と考察を加えた報告書を執筆する(作成=千年村プロジェクト)


「驚きかた」のアップデート

以上が疾走調査の主な方法であるが、実際の調査は驚くほど個人の興味に基づいて行われている。寺社に着目する人もいれば、水路を追いかける人、民家の特徴をスケッチする人など様々であり、リーダーがいるわけでもない。一見まとまりがないように見えるが、「〈千年村〉の持続要因の分析と、性格(キャラクター)の把握」という共通目標があるためか、調査がバラバラにはなったことはない。

むしろ多様な専門家が共同して調査を行うことによって、各人の「驚きかた」が調査のたびに更新されるというポジティブな現象が起こっているように思われる。千年村プロジェクトは建築史・造園・ランドスケープ、民俗学など多様なバックグラウンドを持つ研究者や実務者によって構成されているが、彼らが疾走調査で感動するポイントは見事なほど異なっている。それぞれの専門家の面白がりかたを現場で目の当たりにすることはとても興味深く、多様な専門家たちと複数の集落を訪れる千本ノックを繰り返しているうちに、自身の視点まで変わっていることに気づく。集落への「驚きかた」のアップデート、その相互作用が繰り返されること。実はこれこそが疾走調査の醍醐味なのではないかと筆者は感じている。


★1──『和名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)は、930年代に成立した日本に現存する最古の百科辞書。自然界の事物から人間や住居・船などの工作物、そして食物や植物などの名称を、分類・項目立てした漢語を見出しに掲げ、その語に対する説明・用例をさまざまな文献からの引用により説明する。さらにその「和名」を仮名文字で示している。原本とされるものは現在見られず、写本によってのみ内容を確認することができる。写本には十巻本と二十巻本の二つの系統が現存しているが、二十巻本に古代地名が記載され、当時の日本の地名が国-郡-郷の区分で記載されている。
★2──主に『角川日本地名大辞典』を参照している。同書は1978-90年にかけて刊行された日本全国の地名に関する辞書であり、刊行当時の日本全国の地名について、地名の由来と沿革、歴史を紹介している。この中で平安期文献『和名類聚抄』に記載される地名の現在比定地に関する記述が見られる。
★3──2012年度に実施した千葉県内の千年村の疾走調査では、河川や湖沼に近接して千年村が立地する傾向が仮説された。参照:梶尾智美「千葉県における千年村の地形立地と水系の関係」(千葉大学園芸学部卒業論文、2012)
★4──元永二朗、福島加津也、石川初、佐々木葉、中谷礼仁「デジタルコンテンツ構築と水系及び河川流域に基づく悉皆的集落調査の方法-千年村研究その4-」(2015年度建築学会大会発表論文)に詳しい。
★5──明治政府が明治初期から中期にかけて作成した関東平野全域の地図。当時の土地利用までみることができる。


小林千尋(こばやし・ちひろ)
1989年生まれ。2015年早稲田大学大学院創造理工学研究科 中谷礼仁・歴史工学研究室修士課程修了。同年4月より伊藤暁建築設計事務所勤務。

神保洋平(じんぼ・ようへい)
1992年生まれ。2015年早稲田大学創造理工学部卒業。同年4月より早稲田大学大学院創造理工学研究科 中谷礼仁・歴史工学研究室修士課程在籍。


201512

特集 千年村宣言


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