en[縁]:アート・オブ・ネクサス──「質感」と「リズム」の建築

篠原雅武(哲学、思想史、都市空間論)+今村水紀×篠原勲(建築家、miCo共同主宰)+伊藤暁(建築家、BUS共同主宰)+金野千恵(建築家、teco共同主宰)+能作文徳(建築家、能作文徳建築設計事務所主宰)
上段左から能作文徳氏、篠原雅武氏、金野千恵氏、下段左から、篠原勲氏、今村水紀氏、伊藤暁氏

前線からの報告

fig.1──「第15回ヴェネチア・
ビエンナーレ国際建築展」ポスター
篠原雅武──「第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」では、総合ディレクターを務めた建築家アレハンドロ・アラヴェナが、「前線からの報告(Reporting from the Front)」という全体テーマを定めました。これに対して日本館では、キュレーターを務められた山名善之さんが「en[縁]」という言葉を提案しました。結果として日本館は、審査委員特別賞を受賞しましたが、それもこの「縁」という不思議な言葉のおかげなのかとも思います。
fig.2──ブルース・チャトウィン
『どうして僕はこんなところに』
(池央耿+神保睦訳、角川文庫、2012)
今日の座談会では、「今回のビエンナーレは何だったのか」ということを振り返ってみたいと思いますが、その出発点として、私のほうから3つの問いを提示します。ひとつはビエンナーレ財団の日本館に対する講評文をめぐって。2つめは、今回、大賞である金獅子賞を受賞したスペイン館について。最後に3つめとして、「en[縁]」というテーマについて。
ビエンナーレのテーマが発表された際、アラヴェナは次のようなステートメントを掲げました("Venice Biennale Announces Theme for 2016 Event: 'Reporting From the Front,'" ArchDaily) 。
「建造環境と、さらに人びとの生活の質を向上させるためにも、戦われることが必要とされるいくつもの戦場、拡大されるべきいくつもの前線がある。地球上ではますます多くの人びとが、住むためのささやかな場所を探し求めているが、それを達成するための条件は、時とともにいっそう大変なものになっていく」。現代世界では生きていくうえでの場所を確保するための日々の戦いが一方にあり、ここに建築家が関わっていくことが求められるようになっている、その実践の様子を展示し、皆で議論するための素材にしましょう、ということです。ですので、これに素直に答えるとするなら、各々のパヴィリオンは、生きていくための場所を確保することに関わる実践の様子をちゃんと見せればいい。
ところで、ヴェネチア市内の至るところで見られたビエンナーレのポスターには、アルミニウムのはしごを登る女性の写真がありました[fig.1]。この写真の女性について、アラヴェナが、ビエンナーレのカタログの文章("Intoroduction by Alejandro Aravena")で、次のように書いています。ブルース・チャトウィンが、南米に旅行したときに、アルミニウムのはしごを抱えた女性と出会った。彼女はマリア・ライヘという考古学者。ナスカの地上絵の研究をしていた。そのエピソードは、チャトウィンの『どうして僕はこんなところに』(池央耿+神保睦訳、角川文庫、2012)[fig.2]のなかで語られていますが、それを踏まえてアラヴェナは、自分の考えを次のように展開します。ライヘは、ナスカの地上絵を見るときに、飛行機を使ったりドローンを飛ばしたりすることはなかった。車を使うようなこともなかった。彼女はただアルミのはしごに上って眺めるだけ。そこからアラヴェナは2つのことを読み解きました。
ひとつは「against scarcity: inventiveness」というキーワード。飛行機やドローンといった重厚なテクノロジーがない(scarcity)なかで、はしごを使うという彼女のやり方に独創性(inventiveness)を見出している。もうひとつは「against abundance: pertinence」というキーワード。車を使うことは一種の贅沢(abundance)と言えますが、彼女がそれに頼らなかったのは、車を使うと観察対象である地上絵が荒らされてしまうから。自動車を使うという荒々しい手段に頼るのではない、もっと柔軟な方法として、はしごに登るという簡略な手法を発見した。アラヴェナはこの彼女の仕事のやり方に丁寧さ(pertinence)を見出します。これを読んでみて思ったのは、彼は参加する人たちに、建築の「独創性(inventiveness)」と「丁寧さ(pertinence)」を見せてほしいと訴えていたのかな、ということです。人が生きることの条件となる場所づくりにおける独創性と丁寧さですね。

能作文徳──このチャトウィンとライへにまつわるエピソードのなかで、アルミのはしごに上る前は、石はランダムに置かれているように見えるのだけれど、はしごに上って眺めると石の配置が鳥や花のかたちに見えてくるという話があります。篠原さんが言われたことに加えて、アラヴェナが提示したかったのは、パースペクティヴを変えることで物事の捉え方が変わるということです。

篠原(雅)──そうですね。視点が変わることで見えてくるものも変わってくる。「inventiveness」と「pertinence」を駆使することで新たに見えてくるものがあるということでしょうね。
これに対し、日本館は「en[縁]」という言葉を提示しています。最初、企画概要をいただいたときにもその言葉があったのですが、その時点では、正直どういう展示になるのか私にはよくわかりませんでした。それで皆さんと議論を重ね、試行錯誤をするなかで、展示会場に掲載されていた文章を書きました。日本語版もあるので読み上げましょう。

─縁は、仏教に由来する言葉である。だが、現代の日本でも、日常的に使用されている。

─縁は、世の中は偶然の出会いに満ちているという信念に、対応する。偶然の出会いを大切にし、一緒に生きていこうという気持ちに対応する言葉である。それは、次々と起こる出会いや出来事を、それらが偶然のことのように思われたとしても、受け入れていこうとする心意気である。

─そして縁は、「へり」や「ふち」を意味する言葉でもある。それは生活の場を、外の世界へと開き、内と外とが相互に作用し接触していくことを促す曖昧な境目である。「へり」や「ふち」は、異なる領域を連関させて相互浸透させるものとして考えられている。この相互浸透的な場が、人のふるまいを触発し、人を出会わせていく。

─本展示の建築群は、「縁の建築」と名付けることができる。建築家たちは、人間が確かに生きていることを可能にしてくれる空間世界をつくりだそうとしている。その個々の実践が、人と人、人と物、建築と地域の連関から建築をつくりだそうという流れをつくりだす。人間外で作用する不可視の力としての縁が、この流れを促していく。

私自身は、「縁」という言葉は、とりあえずいい言葉だと考えようとしていたのですが、能作さんによると、ある世代以上の人たちのなかには警戒心をもってしまう人もいるらしいですね。そのあたりはまた後で聞かせていただければと思っています。
金野さんは会場構成という立場から展示に関わられてみて、今回の展示についてどのようなことを考えましたか?

日本館の展示、会場構成

金野千恵──私は展示計画のファーストプランができあがった状態で声をかけていただいたので、その段階ではすでにコンセプトもあり、出展建築家や展示作品も決まっていました。といっても、それに捕らわれずにもう一度ゼロから考えてもらって結構ですというお話だったので、それを素直に受け取りました(笑)。
しかしアイデアルなものだけだと、なかなか展示空間を決定できません。そこで作品を実際に体験して理解しようと思い、8、9作品ほど見学に行きました。今日いらっしゃる皆さんの作品もすべて見に行きました。そこで、出展作家たちには自分たちでこれからの建築の枠組みをつくっていこうとする気概があることに気づきました。「大文字の建築」みたいなものが共有されていた時代、建築家が待っていればクライアントのほうからやってくるような時代もあったと思うのですが、今やそれは難しくて、自分たちで建築をつくる枠組みから考える方がとても多い。「それってそもそも建築家がやる仕事だったっけ」というところまで建築家の職能が拡張されているのを、作品を見させていただくなかで感じたんですね。そのリアリティというものを一歩引いて伝えるのではなくて、なるべくその世界観に入り込めるような展示をやりましょうという話をした記憶があります。社会で共有する大きな問題を抱えていてそれを解くというやり方とは違った、それぞれの枠組みの設定とその空間への落とし込みを、展示を見にきた人がそのままの目線で入っていけるようなものを目指しました。

篠原(雅)──先ほど引用した文章にもありましたが、「縁」という言葉には「へり」や「ふち」という意味もあります。今回の展示は、個々の作品が適度にばらけた状態でありながら連関していくような、それぞれが違うものでありながら共存するようなものになっていたように思います。

金野──それぞれの出展作家が抱えているものが異なるなかでどうやってひとつの展示として見せるのかということは、篠原さんをはじめ、皆さんとかなり議論しましたね。最初のアプローチとして、純粋に一つひとつの建築をどう見せるのが適切かというところからスタートして、その後レイアウトを考えていくなかで、作品が互いを補完し合ったり、連続するストーリーとして見えてくる部分があり、こっちにこのスケールがあるからこっちはこういう大きさにしようといった、全体と部分、それぞれの関係性のなかで微調整を重ねました。

今村水紀──全体として強いメッセージを出すためか、他国のパヴィリオンには展示のフォーマットみたいなものが決まっているところもありましたが、日本館はそういうフォーマットがなかったので、作家として信じてもらっているという思いがありました。吉阪隆正さんが設計された日本館は上階と下階をつなぐ穴が開いていて、緩いひとつながりの空間になっています。そうした強い力を持った空間のなかで、バラバラの展示がひとつにまとまって見えたのは、tecoのお2人の力だと思っています。
今回の日本館では「縁」という統一のテーマのもと、「人の縁」「モノの縁」「地域の縁」と三つのカテゴリーに分けられました。加えて、展示しているものによって扱いが変わってきますね。映像展示には照度を落とさないといけない、一方こちらの模型には光を当てたいというように。そういうさまざまなカテゴリーや条件が包み込まれている様が、都市のように感じられました。それぞれの作品が、用途地域のように3つのテーマに分けられながら、それでいてお互いを連想してしまうようにつながっています。ワンルームなのだけれど、4本の壁柱をうまく利用して、いろいろな大きなものが並んでいる。そのせいか、リノベーションという、条件としてはある種厳しいプロジェクトが大半なのに、すごく楽しそうな展示空間になっています。

篠原勲──参加した建築家はみな、展示に慣れている感じもありました。私たちmiCo.が属していた「モノの縁」のグループは、増田信吾さんと大坪克亘さんの《躯体の窓》(2014)を除いてみんな木造だったんですね。みんな木の模型をつくってしまうとそれぞれの意図も印象も埋もれてしまうから、青木弘司建築設計事務所の《調布の家》(2014)は、家の膨大なシーンをつないだ映像だけにしたり[fig.3]、レビ設計室の《15Aの家》(2016)は木のテクスチャーを、樹脂に古材、新材で異なる彫り方で表現したりといった工夫がありました[fig.4]。あの辺の感覚はみんなすごく鋭いと思います。展示の際の材料やスケールはどれくらい指定したのですか?

fig.3──青木弘司建築設計事務所《調布の家》展示

fig.4──レビ設計室《15Aの家》展示

金野──最初にいただいたプランでは、1/20や1/30の模型を置いてパネルがあるというかたちの展示だったのですが、なんとなく10倍くらいスケールアップさせたいなと思いました。そのために多くの作家さんたちと個別に打ち合わせをしました。1/30想定の人にも、1/3くらいでできませんかというお願いをして。例えば、西田司さんと中川エリカさんの《ヨコハマアパートメント》(2009)は見る人にできるかぎり体感してほしいなと思ったので、1/4の模型をお願いしました[fig.5]。《躯体の窓》も、最初「断面模型で1/10くらいのものならある」と言われたのですが、「写真を1/5くらいにしたいので、模型も1/5でお願いします」とか、予算のことも気にせずに無茶ぶりをしてしまいました(笑)[fig.6]。でも、できる限りよくしようと皆さんが動いていくれたので、かなり質の高い展示になったと感じます。

fig.5──西田司+中川エリカ《ヨコハマアパートメント》展示

fig.6──増田信吾+大坪克亘《躯体の窓》展示

能作──実現した展示を見たときに、建築のコンテクストを「体感させる」ということが大事だとあらためて気づかされました。コンテクストを理解するためには言葉や写真などを読み込むことが大切なのですが、各国の展示を短時間で詳細に読み込むのは限界があるように思います。大きな模型や実物といったモノの力によってコンテクストを体感させていくことが大事だと感じました。例えば、ピロティには人が実際に座り休憩できる縁側が置かれていますし、展示してある模型も、ドットアーキテクツの《馬木キャンプ》(2013)は1/1のビエンナーレ会場でセルフビルドでつくられた木造フレームのなかで小豆島のラジオ番組を聞いたり自主制作の映像を見ることができ、常山未央さん(mnm)の《不動前ハウス》(2013)は縮尺が1/2で、季節や時間、それに伴い人の影が動いている様子が映像で投射されています[fig.7]。BUSの「神山町プロジェクト」(2010―)の展示は大きな3面の映像に囲まれて、その場所に入っているかのように体感できます。

fig.7──常山未央(mnm)《不動前ハウス》展示

201608

特集 ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展──「en[縁]」の射程


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