ケーススタディ:神奈川県横浜市
──《丘の町の寺子屋ハウス CASACO》
──《丘の町の寺子屋ハウス CASACO》
町の生態系をみつける
《丘の町の寺子屋ハウス CASACO》(以下CASACO、2016)は、築70年の長屋を改修して、多世代多国籍の人々に開かれた場所を目指した地域拠点型シェアハウスである
住宅という私的な場所にパブリックな性質を混在させるという試みは、明確な建主との一対一のやりとりで進める設計とは方法が異なり、使われ始めてからも運営の工夫が必要になる。竣工から1年半が経った現在地から振り返り、その可能性について考えてみたい。
- fig.1──《丘の町の寺子屋ハウス CASACO》外観
《CASACO》の改修資金は、複数の個人の出資からなる民間資金と、「ヨコハマ市民まち普請事業」という横浜市独自の助成制度に採択されたことで得た公的資金のハイブリッドである。そのため、出資者=建主=意思決定者といった、プロジェクトを牽引する強力な立場が「不在」であった。設計者である私たちは、誰の声を聞き、どのように決定していくかという構造から組み立てていく必要があり、要件が決まりきったものよりも創造的なプロセスであった。
将来的な利用者である地域住民に対して、使い方のアイデアや要望をヒアリングするワークショップを開いたが、最も重視したのは、普段の生活のあり様や町の歴史を聞くことである 。個人の要望を「地域住民」という抽象的な存在の意思とみなすのには抵抗があり、むしろ設計に繋がりそうもない具体的で微視的な出来事や小話のなかに、町の生態系とでもいうべき大きなものを感じていた。
- fig.2──ワークショップの様子
些細な出来事を拾い上げるプラットフォーム
そこには私たちの歴史観への興味が関係している。歴史家のフェルナン・ブローデルは地中海とそれを取り巻く地中海世界の歴史を、民族誌学、地理学、植物学、科学技術といったさまざまな学問の調査や、言い伝えや貿易資料といった記録と対峙し、おびただしい数の具体的で断片的な小話のネットワークとして記述することを試みた
。またベンジャミン・ウォーフは北アメリカのホピ族の言語体系の調査によって、私たちが通常名詞を使って示す「物」を、ホピ族は「出来事」の来歴として捉えて動詞で示していることを発見し、そこに近代の直線的なものと異なる時間意識を見出した 。
このような歴史観や時間意識を補助線にすることで、私たちが通常コンテクストと呼ぶ環境に内在された時間の捉え方を、より自由なものにすることができるのではないか。ヒアリングと観察を通して作成した「出来事の地図」は、時間軸を含んだ絵巻物のようなプラットフォームであり、コンテクストからはこぼれ落ちていた些細な出来事を拾い上げる
建築への市民参加の観点で言えば、地域住民(市民)は施設の将来的な「利用者」というだけでなく、環境の歴史を目撃してきた「観察者」という側面が浮かび上がる。その両者を相対化し、組み合わせていく視点が重要である。
建築の自律性と他律性
《CASACO》に話を戻そう。竣工後、設計が及ばず手付かずだった道路沿いの外構が、近所のガーデニング好きのお母さんが企画したワークショップによって彩られた
資金的な枠組みが強力な意思決定の立場を「不在」にしたことや、共有資源としてのスキルや振る舞いが発現する「隙」があったこと。一見弱さとも捉えられることが、プロジェクトや建築を豊かなものにすることがある。人々の能動性を受けとめる他律的な部分を持ちながら、単なる部分の寄せ集めではない、建築ならではの自律性を持った全体をつくることに興味がある。
- fig.4──花を植えるイベントの様子