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19歳の時、コルビュジエの礼拝堂を訪れたのですが、今思い返すと中に入った時の印象があまりなく、リアルな実体験をあまり覚えていません。記憶や実体験が写真のイメージで上書きされている感覚があって、その時のことが契機となり、写真と建築、そしてパースペクティヴということを考えるようになりました。カメラにはパースペクティブがなく、焦点距離をリニアに合わせていくのに対して、人間はパースペクティヴで空間を認識しているのではないでしょうか。そして、人間は空間を規定する時、空間の中の、線の方向性と距離と消失点で認識しています。この考察は近作の《弦巻の住宅》にも展開されていて、ひとつの空間の中にいくつものパースペクティヴを混在させることで、空間を認識するうちにパースペクティヴが円環させることを狙ったものなのです。