「タクティカル・アーバニズム」は日本でも展開できるでしょうか?

水野大二郎(デザイン研究者、デザインリサーチャー)
タクティカル・アーバニズムの実践例が増加傾向にあり、昨今注目を浴びている。2015年5月6日に東京・池袋で開催された「GREEN BLVD MARKET」や、2016年1月に静岡市で開催された「プレイスメイキング アクション」をはじめ、多くの事例がウェブ上で確認できる。これらの活動に関する紹介はソトノバTactical Urbanism Japan、そして本サイト(「〈タクティカル・アーバニズム〉──XSからの戦術」)などから発信され、日本におけるタクティカル・アーバニズムの隆盛の一助となっている。国土交通省も2014年度から「ミズベリング」プロジェクト(http://www.kkr.mlit.go.jp/river/kankyou/mizberingp.html および http://mizbering.jp/)を立ち上げ、日本全域で水辺のさまざまな利活用法をタクティカル・アーバニズムも射程に入れつつ模索しているのがうかがえる。

fig.1──Janette Sadik-Khan
and Seth Solomonow,
Streetfight
タクティカル・アーバニズムの特徴は、Street Plan Initiativeのマイク・レイドン(Mike Lydon)らが指摘するように一地域のまちづくり組織だけに留まることなく、国土交通省や地方自治体も巻き込みつつ、安価で短期的な市民主導の都市空間への戦術的介入を、長期的な行政主導の戦略的都市計画のための道標として実践すること=Short-term Action for Long-term Changeにある。発祥の地であるアメリカにはCenter for Urban Pedagogy のような都市生活者を支援する「都市教育」組織や、タクティカル・アーバニズム的な都市計画について述べられた『Streetfight: Handbook for an Urban Revolution』(Viking、2016)の著者であるジャネット・サディク=カーン(Janette Sadik-Khan)元ニューヨーク市交通局長の存在も含め、無償で読める研究資料が多数あることが確認されている。しかし、これらの成功事例を日本で導入するにあたってはさまざまな課題が浮上してきている。

たとえばソトノバ編集長の泉山塁威は、タクティカル・アーバニズムの代表的実践例であるParklet(道路脇の駐車スペースの転用)と同様の事業が日本で容易に実施できない理由として、法律の問題(道路法、道路交通法)、管理者の問題(道路管理者に対しての交通管理者)、規制緩和の問題(道路占用許可に対しての道路使用許可、仮設占用物に対しての長期的占用物)、安全性などの問題(光源、電源、飲食、風の対応、協議スケジュール)を挙げている(http://sotonoba.place/ikebukuro_greenblvdmarket_parklet)。「自動車事故からの安全性の検証など、説明材料がないと難しいです。可能性があるとしたら、車両規制を行った歩行者天国上の設置になるかと思います」と述べる泉山に明らかなように、実現には数多くの利害関係者間調整としてのコミュニケーションに関する課題があるだろう。筆者はこれまでdot architectsとのコラボレーションとして、またDESIGNEAST実行委員としてタクティカル・アーバニズム的な活動を実践してみたが、やはり実現に至る道筋にはさまざまな障壁があった。ましてや池袋のような東京の都心部で実践するならば、さらに問題が複雑になることは想像に難くない。

fig.2──Inclusive Architecture, 2010 / dot architectsとのコラボレーション
ダンボールのモジュールで構成された、小学生らとともに作った仮設建築を「持ち運びながら」東京・白金の路上にて撮影(筆者撮影)

fig.3──designeast06 xo, 2015 / designeast実行委員会
大阪市大正区の協力によって、一時的に大正区内の使われていない港湾部をシンポジウム会場として利用とした(筆者撮影)

利害関係者間調整に関する課題の複雑さについては、『日本都市計画学会論文集』Vol.51、No.3における「街路・沿道型ストリートデザインマネジメントの展開プロセスに関する研究──地方中心市街地における「みち空間」での実践を事例として」(野原卓+釣祐吾、2016)においても明らかである。野原らによると、タクティカル・アーバニズムのような街路事業(ストリートマネジメント)の導入段階、イメージなどの共有段階、そして実施段階のそれぞれに支援が必要であるが、各事業ごとに「特殊解的要素」が多く内包されているため、システムの一般化分析が課題だとされる。

翻ってアメリカでは、どのような一般化されたガイドラインがあるのだろうか。「The Planner's Guide to Tactical Urbanism」(Laura Pfeifer、2013)によると、タクティカル・アーバニズムを実践するにあたり、以下の項目の検討が推奨されている。推奨検討事項の多くは行政と市民とのあいだをとりもつ「Planner」のコミュニケーションにかかるコストについて述べられており、有益な項目が含まれていると判断し以下に翻訳してみた:

(1)WORKING WITH CITIZEN INITIATIVES:市民との協働
- 市民主導プロジェクトは、潜在的な課題へのリアクションと考えましょう
- 施行されている条例や規制などについて学びましょう
- 市民の創造性とエネルギーを増幅させましょう
- パイロット版プロジェクトを現状の条例・規制に基づき検討してみましょう
- 礎となる工程をたたき台としてつくりましょう
- 窓口となる担当者を決めましょう

(2)DEMONSTRATING WHAT'S POSSIBLE:実現性の実証
- 利害関係者間のコミュニケーションを図りましょう
-「テストケース」になりましょう
- 公的許可の取り方をひと通り検討しましょう
- コミュニティ内で関係する集団・組織と連携しましょう
- 学んだことはコミュニケーションの対象としましょう
- 計画中でも素早く行動可能な出来事を創出し、達成させましょう

(3)GETTING INTERNAL BUY-IN:役所内に仲間をつくる
- さまざまな課の要望に応えるべく、何をすれば許可がもらえるかを聞きましょう
- 役所にはできるだけ早い段階で行き、職員もプロジェクトに巻き込みましょう
- 計画の広義のゴールについて、さまざまな課の職員とコミュニケーションをとりましょう
- 失敗も成功の元、経験として学びましょう
- 対話を促進しましょう

(4)Adapting Ideas to Your Context:アイデアを文脈に適合させる
- ほかの都市で実践されている例を参照・分析してみましょう
- ロジスティクスについて検討しましょう
- 新たな計画を立てている最中でも、市民に相談をしましょう
- パイロット版のプロジェクトを興味がある人たちを募って実施しましょう
- 効果について分析・評価できるようにしましょう

(5)Using Existing Resources:既存資源の活用
- 公共の遊休資産を見つけましょう
- 公共資産のマネジメントができるかを検討しましょう
- 既存の条例・規制のなかで実現できるかを検討しましょう
- 使用許可をもらえるよう、必要であればプロジェクトを最低限変更しましょう
- 遊休資産の転用可能性について、コミュニケーションをとりましょう

繰り返しになるが、目下のところ日本では、交通管理者との交渉の難しさやCenter for Urban Pedagogyのような中間支援組織の不在など、さまざまな理由からタクティカル・アーバニズムは「社会実験」か「歩行者天国上での設置」のような一時的イベントになりつつある。長期的占用許可を得るために、役所のなかに仲間を見つけようとしても職員は数年毎に異動してしまうし、市民コミュニティも高齢化に伴い関係性の持続的な維持が難しい。タクティカル・アーバニズムを実践するには上記のような具体的なガイドの日本版作成を通して、利害関係者間調整における課題の発見、分析、漸進的解決案を提示することが求められる。

日本固有の文脈に適合させたタクティカル・アーバニズムとはいかなるものだろうか。そもそも、日本のミチ的空間の利用法がアメリカに比べて劣っているとする理由はない。商店街など一定の枠組みのなかでのみ成立するとはいえ、一時的に広場化できる場は日本中いたるところにある。例えば芋煮会などの開催を通して、どこにでもあるありふれた場は瞬時にふつうの市民によって驚くべきかたちで再発見されるだろう。「熱々の芋煮が入った、やや不安定なプラスチックのどんぶり」などは他愛もない人工物に思えるが、じつは多くの人を包摂し、場を読み換えるブリコラージュ的な創造力をもたらす「都市への戦術的介入のための小品」でもある。場とのかかわりを規定する機能を持つ解釈図式(フレーム)としての割り箸、紙コップ、プラスチックのどんぶり、ゴザなどの人工物には、必ずしも「ストリートファニチャー」のようなオシャレさはない。しかし、このような高い移動性(モビリティ)が認められる人工物のセットリストと共に都市を恒常的に一時利用するふつうの市民を増やすことを、日本におけるタクティカル・アーバニズムの普及・定着に向けたひとまずの目標として考えてみても面白いだろう。

国土交通省や地方自治体が乗り気になっていても警察庁や都道府県警、警視庁が動かなければ、アメリカ式のタクティカル・アーバニズムは現在のところ実現できない。Short-term Action 「for」 Long-term Changeを目指し苦悩するのであれば、戦術的にShort-term Action「as」Long-term Changeの道も同時に模索することも検討してみてはどうだろうか。日本固有のミチ的空間に関する解釈図式を応用し実践することで、ふつうの市民の都市に対する視点を養う「都市教育」が2017年、求められる。


水野大二郎(みずの・だいじろう)
1979年生まれ。デザイン研究者、デザインリサーチャー。芸術博士(ファッションデザイン)。慶應義塾大学環境情報学部准教授。共著=『FABに何が可能か──「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』(フィルムアート社、2013)、『リアル・アノニマスデザイン──ネットワーク時代の建築・デザイン・メディア』(学芸出版社、2013)、『インクルーシブデザイン──社会の課題を解決する参加型デザイン』(学芸出版社、2014)など。編著=『fashionista001』『vanitas002』『vanitas003』(vanitas編集部、2012-14)ほか。
http://www.daijirom.com/


201701

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