住宅の制度とシェアを再考する
──「HOUSE VISION2 2016 TOKYO EXHIBITION」

門脇耕三(建築家、明治大学専任講師)+南後由和(社会学者、明治大学専任講師)
モデレーター=原研哉(デザイナー)+土谷貞雄(コンサルタント)

秘密の空間、闇の空間の必要性

南後──「nLDK」の「n」は家族の人数「−1」で、夫婦が寝室を共にすることを前提としていました。夫も妻も個室を持つことが一般的になって長いですし、性愛的な空間としての寝室が形骸化して、それが少子化と結びついていると指摘されることすらあります。今後は、さらに家の中に血縁関係ではない他者が入ってくることが増えてくる可能性が考えられます。夫婦どちらかが亡くなったあと、ひとり暮らしの期間が長くなると、介護のため福祉関係者が入ってくるのに対応した空間が必要になります。
ところで、《賃貸空間タワー》でおもしろかったのは、死角や闇の空間も確保されていることです。シェアというと、人間的で創造的なものをシェアするという方向に傾きがちですが、性愛や動物的本能もどこかで満たす必要があります。フロイトは、人間の精神構造を、エス(動物的、本能的、無意識的な部分)、エゴ(エスとスーパーエゴを媒介する自我)、スーパーエゴ(エスを調整する道徳的、良心的部分)の3段階から分析しました。地理学者のイーフー・トゥアンは、『個人空間の誕生:食卓・家屋・劇場・世界』(阿部一訳、せりか書房、1993)のなかで、このフロイトの分析を住宅に置き換えて説明しています。エスは貯蔵庫であり、エゴはリビングです。それに対して、スーパーエゴは意識と無意識が混ざり合う屋根裏部屋のような場所で、動物的で本能的なものに対応する場でもあれば、内向的な思索が育まれる場でもあります。近年の住宅は、エス、エゴ、スーパーエゴの関係がフラットであったり、エスに対応した空間が希薄で、エゴの側面だけが前面に出ているものが多い点に違和感を覚えます。
《賃貸空間タワー》は、専有空間と共用空間のバランスを見直すことがアピールされていました。かつて戦後日本の持家政策が理想とした郊外の庭付き一戸建ての住宅のなかには、いまや一室以上空いている物件が増えています。人口減少によるストックを見直すという意味で、所有ではなく賃貸の制度を考えなおすことがこれからの都市を変えていく契機になるはずです。これまで一般的に賃貸では、ひとりがひとつの部屋しか借りることしかしてきませんでしたし、2年契約が基本でしたが、《賃貸空間タワー》は、複数の部屋を借りることもできて、「分人(ディヴィジュアル)」の異なる関係性によって使用する部屋や場所をフレキシブルに変えられるような提案なのかもしれません。


土谷貞雄氏
土谷貞雄──HOUSE VISIONは、ディベロッパーとも研究会を行なってきました。前回のHOUSE VISION に参加した「地域社会圏」の山本理顕さん、仲俊治さん、末光弘和さんらと、三菱地所、三井不動産レジデンシャル、野村不動産などと展覧会までの期間に数多くのミーティングを重ねました。そのときには実際つくることを視野に入れていましたが、なかなか実現に向かいませんでした。


門脇──日本では建物の資産価値が時間とともに下がるので、分譲マンションは早く売った人が勝ちで、資産的には最後まで持っているとババ抜きのババになってしまうのですが、そういう観点から言うと、最初に売り抜けるのがディベロッパーです。逆に言うと、賃貸は事業者が最後まで住宅を所有しているモデルなわけですから、事業者からするとリスクが高い。


土谷──まさにそうですね。それで今回は賃貸の大東建託さんに参加いただきました。《賃貸空間タワー》は究極的にはすべての部屋を時間単位で貸すという方式です。それは居住者だけではなく、すべての人に対してです。都市の中で細分化した賃貸空間を考えるというプロジェクトでした。


門脇──事業者が住宅を所有してお金を稼ぐとなると、空間自体の良さをつねに維持し、そのメンテナンスフィーをもらうという形態に近くなります。新築は初期投資額が大きいのでなかなか難しいのですが、リノベーションの場合、古い建物は資産的価値が低いので、逆にリスクが抑えられてやりやすくなります。リノベーションではそうした事業形態も普及しつつありますが、時間貸しによって専有空間の大きさまで伸び縮みするようになると、共同の図式もフレキシブルなものに改まるはずですね。それがどのような世界を出現させるものなのかは、デザイナーがヴィジョンを提示するべきだと思いますが、ひとつ注意しなくてはならないのは、その先にすべてが個人責任に帰されてしまう世界もありうるということです。能力がそれほど高くない人や、経験が少ない人は、家族というリスクヘッジを外されると現代社会の中では生きづらくなります。個人がますます家族のしがらみから解き放たれて、それぞれの楽しさや快適性、利便性を自由に追求できるような社会は素晴らしいと思う反面、家族とは異なるリスクヘッジのシステムも考えておく必要がある。若い建築家には新自由主義的な傾向が強いと感じていますが、僕は建築家がもう少し社会的なリスクヘッジの仕組みも同時に考えておく必要があると思っています。
また、当然ながら性愛や恋愛の問題も議論されるべきでしょうね。建築家はそうした議論が苦手ですが、新しい空間が新しい家族像さえ導いてしまう以上、性愛の空間の問題も考える必要がある。「賃貸空間タワー」には、個の空間やオープンな空間と同時に、秘密の空間があるのがおもしろいですね。いま、都市から秘密の空間はどんどん排除されて、秘密の空間はネット上、つまり情報空間に追いやられています。しかし情報空間に渦巻いた人間の暗い欲望は、第三者にも突然見えてしまうことがあり、それはなかなかしんどい状況です。実空間の側も秘密の空間を真剣に考えないと、この状況は改善されないのでしょう。


南後──時間貸しなど「時間のマネジメント」のスキルも、情報技術や情報インフラの整備によって向上してきています。例えば「スペースマーケット」というWebサイトは、遊休施設を使っていない時間帯に貸し出すサービスです。従来はビルやオフィスのオーナーが個別に自前でやっていたものが、Airbnbのようにプラットフォーム化されることで、時間ごとのマネジメントができるようになっている点が現代的だと思います。
《賃貸空間タワー》についてひとつ不満なのは、敷地の外部との関係をどう捉えているかわかりにくいことです。専有空間は最小限に抑えられているわけですが、居住者の生活が敷地周辺のライフサイクルのなかでどう息づいているかが見えません。ただ、「分かれてつながる/離れてあつまる」ということを考えながら展示会場を巡ると、《賃貸空間タワー》で不明瞭だった敷地の外部との関係が、例えば《電波の屋根を持つ家》(カルチュア・コンビニエンス・クラブ×日本デザインセンター)では情報デバイスを介した、外部にいる家族との距離感覚やコミュニケーションの変容として捉え直されていました。それぞれの建物で提案されていることはバラバラのようでありながら、互いに補完し、つながって見えてくるところが今回のHOUSE VISIONの「分かれてつながる」のテーマと共鳴していて、キュレーションの妙として興味深かったです。


門脇──確かに《賃貸空間タワー》は中央が谷状になっていますが、境界には壁が立ちはだかり、ひとつの単位として閉じていることが暗示されている。一部分でいいので、境界の壁が再び谷状になって地面に降りてくる場所があったほうが、提案としてはクリアだったと思います。
インターネット以前の都市では、欲望が渦巻く空間は一箇所に集め、施設化するという発想が一般的でしたが、《賃貸空間タワー》が示唆しているのは、いろいろな欲望がいろいろな場所で起こりうるということです。それはある意味で自然な状態で、オープンな空間と個の空間と秘密の空間が折り重なっていくことの真髄はそこにあるのだろうと思います。これからの住宅は、われわれ自身が抱えている秘密性や暗い部分、欲望にも向き合う必要があるのでしょう。


南後──プライバシーの話はおもしろくて、現代の情報社会では、Twitterで鍵を掛けるとそこがプライバシー空間だと考える人もいます。そうすると、自分の内側ではなく、外部化された情報空間にプライバシーがあるということになります。物理空間と情報空間の重層性を鑑みれば、単純に内外の境界を線引きすることが難しくなっていますね。


門脇──SNSが示唆していたように、私自身だけで「私」の性質は定まらず、必ず環境との相互作用を通じて定義されると考えるならば、「個の空間」それ自体を単独で考えることもできないはずです。また、「私」のあり方は環境のデザインに依存していると考えることもできる。環境のデザインを通じて、人間存在までをもデザインできるのが建築家やデザイナーなのでしょうし、そのことの可能性と危うさの両方について、自覚的であることが必要なんでしょうね。



[2016年8月19日、HOUSE VISION会場にて]



門脇耕三(かどわき・こうぞう)
1977年生まれ。2001年東京都立大学大学院工学研究科修士課程修了。明治大学専任講師。専門は建築構法、構法計画、設計方法論。博士(工学)。著書・共著書に『シェアをデザインする』(学芸出版社、2013)、『静かなる革命へのブループリント』(河出書房新社、2014)、『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』(PLANETS、2015)『「シェア」の思想/または愛と制度と空間の関係』(LIXIL出版、2015)など。Twitter: @kadowaki_kozo

南後由和(なんご・よしかず)
1979年生まれ。明治大学情報コミュニケーション学部専任講師。社会学、都市・建築論。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。編著=『磯崎新建築論集第7巻 建築のキュレーション』(岩波書店、2013)、『建築の際』(平凡社、2015)、共著=『モール化する都市と社会』(NTT出版、2013)、『TOKYO1/4と考える オリンピック文化プログラム』(勉誠出版、2016)、『商業空間は何の夢を見たか』(平凡社、2016)ほか。

原研哉(はら・けんや)
1958年生まれ。デザイナー、武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科教授、株式会社日本デザインセンター代表取締役社長。受賞=世界インダストリアルビエンナーレ大賞、毎日デザイン賞、ADCグランプリ、亀倉雄策賞、原弘賞ほか。著書=『デザインのデザイン』(岩波書店、2003)、『日本のデザイン──美意識がつくる未来』(岩波書店、2011)ほか。

土谷貞雄(つちや・さだお)
1960年生まれ。コンサルタント、建築家、暮らし研究者、コラムニスト。株式会社貞雄代表取締役。編著=『南イタリアの集落──生き続ける石の住まい(学芸出版社、1989)、『あったらいいな こんな住まい』(メックecoライフ、2015)。



201610

特集 グローバリズム以降の東南アジア
──近代建築保存と現代都市の構築


社会の課題から東南アジアの建築を考える
マレーシア・カンボジア・シンガポール紀行──近現代建築の同質性と多様性
インドネシア、なぜモダニズムは継承されるのか
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