第6回:ライト・ストラクチャーの可能性
7──《HOUSE A》
西沢──《HOUSE A》は2006年につくった住宅です。木造密集地域にあり、道路が狭く車でアプローチできない敷地なので、人力で建材を搬入するという難しい条件でした。全体がワンルームで、5つの部屋がずれながらもつながっています。ズレをあちこちにつくることで、両端以外のところから採光や通風ができるようにしています
。佐々木──この頃から細い鉄骨柱を平面的にずらしながら全体の構造をつくるということが始まっています
。《石神井のアパートメント》(2011)につながりますね。- 7-1──スタディ
© 西沢立衛建築設計事務所 - 7-2──構造アクソメ
提供=佐々木睦朗構造計画研究所
西沢──言われてみれば確かにそうですね。5つの箱が、お互いに相持ちのような感じで、ひとつのようにも5つのようにも思えるという空間です。構造的にもそのようになっていると思います。
佐々木──現場の状況です
。柱が重複しているのでそれなりに複雑に見えますね。- 7-3──施工現場
提供=佐々木睦朗構造計画研究所
西沢──そうです。工務店の人たちは狭い敷地の中100ミリ角の細いH鋼を精密に組まなければいけなかったので難しかったと聞いています。
妹島──箱と箱がかみ合わないと、柱もそれぞれ必要になって構造的に不合理だし、力の伝え方や、雨仕舞も難しくなります。図面も、構造芯が基準ではなく、仕上げラインが基準となって、仕上げラインをインセットして構造芯が得られるので、構造中心ではないというか、構造芯が結果というか、なんとなくおかしな感じがあります。
西沢──構造芯がばらばらで秩序というものがなく、表現としてもフレームのような箱のような、一体どっちなんだ、と妹島さんから批判されました(笑)。基本的には平屋のワンルームで、箱と箱のぶつかる部分にはギャップができるので開口ができ、庭につながります。開放感が家の快適性につながらないかということを考えていた時期のプロジェクトで、中と外が連続するだけではなく、界隈、街の経験、その周辺の雰囲気も感じられてなお快適、という家をつくろうとしています
。1990年代の僕らの建築は、《アルメラ》に代表されるように、プログラムの配列を建築の中心的課題にして精鋭化するあまり、室内で起きていることが街の雰囲気とまったく別物というような、ある閉鎖的な建物に向かっているような感じがあり、僕はそれをなんとか突破しようとしていました。《金沢21世紀美術館》の開放性は、いろいろ反省もあるけど、われわれとしてはすごく大きなきっかけとなって、《HOUSE A》の頃はより積極的に街と建築のつながりを想像するようになりました。- 7-4──内観
© 西沢立衛建築設計事務所 - 7-5──内観
© 西沢立衛建築設計事務所
8──《ROLEXラーニングセンター》
西沢──《ROLEXラーニングセンター》(2010)は、スイスの大学内につくった学生会館です。たいへんなプロジェクトで、2004年から2010年までかかりました
。基本的には大きなワンルームですが、ワンルームが立体的に上下して丘や谷をつくり、空間を分けています 。エントランスが平面の中央にあり、東西南北どこからやって来ても建物の下をくぐって真ん中にアプローチします。166.5×121.5メートルの大きな建物ですが、建物の前にいる人が建物を迂回せずに、そのまま通り抜けて背後のキャンパスにまっすぐ通って行くという透明感があります。床には起伏があり、大きな丘がひとつと小さな丘がひとつあります 。丘の形は、階段教室や谷にあるカフェなどの機能に合わせて決めていますが、逆に丘の形に合わせて機能を配置したところもあります。- 8-1──《ROLEXラーニングセンター》
© Alain Herzog - 8-2──外観
- 8-3──模型
妹島──ちょうど《金沢21世紀美術館》が完成した直後に始まったコンペで、使う人たちがコミュニケーションを通して学ぶ場所だということもあり、いろんな人が出会えるワンルーム的な空間が良いなと思いました。《金沢》よりさらに大きい建物で、周辺部からしか入れないと真ん中のあたりがすごく遠くなってしまいます。ピロティにしてみたりもしましたが、地面から離れると良くないと思って下に降ろしたりしてるうちに、だんだんこういう形になっていきました。ちょうど佐々木さんも磯崎さんや伊東さんと3次元曲面の屋根をつくられていました。コンペを申し込む直前の打ち合わせで決まった案で、勝ったときはすごくうれしかったのをよく覚えています。いまから考えればスイスでよくこういうものが勝ったなと思います。
佐々木──もともと1階部分が自由に通り抜けできるようにピロティ柱で構成される案でしたが、それだと地上階は150メートル近い平面ですからどうしてもある程度の柱本数が1階部分に降りてきてしまうし、柱間のスパンは少なくとも数十メートルにはなるので、結果的にスペースフレームのような大げさな構造になることが予想されました
。そこで思いついたのが床の一部を地面から持ち上げ、力学的に無理のないRC自由曲面シェルによって2階の床スラブをつくるという案でした。こうしたシェルの前例のひとつである伊東豊雄さんの《福岡アイランドシティ中央公園中核施設ぐりんぐりん》(2005)では、歩行屋根であるシェル曲面に土や植物などの重い積載荷重を載せています。であれば、設計床荷重として人や本などの積載荷重や上部の鉄骨屋根からの荷重が乗っても大丈夫だろうという話をしました。数十メートルスパンの複数のアーチを組み合せた曲面を初期形状として感度解析によるRC自由曲面シェルの形状最適化を進め、最終的には短時間ながら構造的にある程度合理的にできることを検証してからコンペに提出しました。ただ現実的には基本設計の段階に入ってからが大変で、障害者が勾配の急なところの床をどう上がるかなど、バリアフリーの問題も出てきました。歩行の容易な勾配の設定はシェルとして必要なライズの確保と逆相関にあり、調整には大変苦労しました。- 8-4──構造システムおよび解析概要
提供=佐々木睦朗構造計画研究所
妹島──構造的にはもう少しライズを大きくできれば有利でしたが、そうすると角度がきつくなり、歩くことができないなどの難しい問題がありました。また、冷房を使わずに自然換気で、レマン湖から風を入れるシミュレーションや、通風のほかにも採光や遮音の問題も解決できるように、カーブをつくっていきました。佐々木さんによる構造設計があり、その上でいろんなエンジニアの要求もすべて統合しています。コンピュータはいまだに私はよくわからないというか、ブラックボックス的イメージが私にはありますが、コンピュータと私たちのあいだに佐々木さんがいらして、佐々木さんは経験と勘と科学的思考とでコンピュータを使いこなし、答えを出していってくださっています
。私たちはすごくローテクに模型をつくり、あと佐々木さんのプログラム解析とで、良い着地点にたどり着けたと思います。- 8-5──建築とのフィードバックを重ねた構造形態デザインのプロセス
提供=佐々木睦朗構造計画研究所
佐々木──こちらからの指示に応じてものすごくたくさんのスタディをしていましたね。毎度うちからSANAAにデータを出して、それを元に模型をつくってはまた壊す。構造だけでなく設備、機能、意匠などの諸々をすべて反映しながら何度も何度もフィードバックしています。それらの模型はものすごい迫力でした。建築の創造という点ではコンピュータの力はたかが知れていて、デリケートな模型のスタディによっていろいろな検証をすることが重要です。私も良い経験をさせてもらいました。
難波──一番高いところに最大の荷重を持つ図書館を置いているのがすごいですね。学生が斜面の床で寝ていたり、さまざまなアクティビティを喚起するような空間で、みんな内部に入ると興奮しますね。
妹島──そうですね。子どもたちが駆け回っていたりとか。
西沢──内部からもキャンパスやレマン湖が見えて、屋外にいるときと同じ空間の方向感覚があります。一番高いところが展望レストランになっていて、レマン湖が見えるようになっています
。丘で囲まれた階段教室です 。- 8-6──内観、展望レストラン
- 8-7──内観、階段教室
妹島──スラブは仕上げも含めて厚さ80センチくらいで、80メートルくらいのスパンを飛んでいます。本当は初期の基本設計で佐々木さんが計算した結果だと、中に鉄骨を入れて60センチ厚でできたのですが、予算その他いろいろな問題がありました。《スタッドシアター・アルメラ》と同じで、ゼネコンにとって難しいからやれないということで、最終的にコンクリートだけで解いていますが、もしあれがさらに薄かったら本当にとんでもないものになっていたなあと思うので、それは残念です。
佐々木──20センチ違うだけで全然シェルの印象は違ったと思いますね。アートの領域から普通の世界に引き戻されてしまった。ただ、打ち放しコンクリートの仕上がりはすごくきれいでしたね
。- 8-8──外観
難波──佐々木さんの側に写っている構造家の礒崎あゆみさんは、いまはスイスのバーゼルにいますが、彼女から佐々木さんは現場視察のときに厚いスラブを見て少し不機嫌になったと聞きました
。直射日光をコントロールするために外部に遮光ルーバーを付けていますが、全部サイズと形が違っていて、よくここまでやったなあと感心しました。- 8-9──左から平岩良之氏(佐々木睦朗構造計画研究所)、礒崎あゆみ氏、佐々木氏、妹島氏。
201610
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2020-06-01