ユーザー・ジェネレイテッド・シティ
──Fab、GIS、Processing、そして未来の都市

田中浩也(FabLab Japan発起人)+古橋大地(OpenStreetMap Foundation Japan理事)+太田浩史(建築家、Tokyo Picnic Club主宰)
「都市は計画できるのか?」「都市を計画するのはテクノクラートか? 建築家か?」と問われた問題系は、21世紀の情報工学やエンジニアリング、社会思想などによって、「ユーザーはどのように都市を変えていくことができるか?」という問題系へと、その位相を現実的に変えはじめています。Makeムーブメント、Fab社会、地理情報システム(GIS)、IoT(Internet of Things)......などの社会実装が進行して、ユーザーによるさまざまな課題解決のアプローチが可能になると同時に、〈人-情報-モノ〉のネットワーキングは大きな意味での「ヒューマニズム(人間学)」の転換期をも示していくでしょう。 今日は、現在進行する「ユーザー・ジェネレイテッド・シティ」の未来を複数の視点から考えるため、FabLab鎌倉をお借りして、FabLab Japanの田中浩也さん、OpenStreetMap Japanの古橋大地さん、建築家でTokyo Picnic Clubの太田浩史さんに語っていただきます。


左から、太田浩史氏、田中浩也氏、古橋大地氏(FabLab鎌倉にて)

田中浩也プレゼンテーション
デジタルファブリケーションが描く、トランスローカルのデザイン

田中浩也──ちょうど5年前となりますが、日本でFabLabの活動を始めた2011年に、「10+1 web site」で「パーソナルファブリケーション(ほぼ)なんでもつくる」という特集を組んでいただきました(https://www.10plus1.jp/monthly/2011/05/)。そのとき私は2020年までの10年間で、この活動を通してやりたいことをお話ししました。ちょうど半分が過ぎて折り返し地点に来た今、どこまで進めることができたのか、そして次の5年で何を成し遂げたいかを今日はお話しできればと思っています。

現在、FabLabとして国際ネットワークに公式登録されているラボ(http://fablabs.io)が世界89カ国に603カ所あります。日本ではFabLab Japan(http://fablabjapan.org)がポータルサイトになっており、過去5年で15のラボが生まれました。日本でFabLabが広まって国際会議なども開催しましたが、その後、台湾やフィリピン、韓国をはじめ、アジアのラボも次々に増え、Fab Lab Asia Foundation(http://www.fablabasia.org/)が生まれました。私もアジア各国への出張が格段に増えましたし、留学生も多く慶應義塾大学SFCの研究室に来ています。

「FabLab」概念の基本は、レーザーカッターや3Dプリンタなどのデジタル工作機械を備えた地域の市民工房です。地域ごとに、世代の異なる、背景の異なる人々が集まってコミュニティをつくり、さらにスモールチームを組み、共通の問題解決のためのものづくりに取り組んでいます。「新しいものをつくる」という目的は、「アクティヴ・エンゲージメント」、つまり多様な人々の共創を促す手段のひとつとして非常に良好に機能しています。しかし現在はICT(Information and Communication Technology、情報通信技術)の力によって、実世界の地域だけではなくインターネット上にもコミュニティが生まれている時代です。FabLabでも、一度地域にしっかり根を下ろしたラボこそが、ひとつの地域だけにとどまるのではなく、国際的な遠隔プロジェクトへと、次の歩みを進めています。

FabLabでのものづくりを、「ある地域」だけに過度に固定しない方向に向かわせる根源的な原動力として、「ものの設計図がデジタルデータであること」と「顔の見える世界的なFabLabコミュニティが形成されていること」が強く作用しています。世界中のFabLabは標準機器と言われる同じデジタル工作機械を備えているので、ラボ間でメールでデジタル設計図を送れば、アジアのラボでもアフリカのラボでもヨーロッパのラボでも、原理的には同じものを物質化することができます。ただし(共通の電子部品などを除けば)各ラボが地域の材料を使うことになります。それによって、同じデジタル設計図からであっても、各地域でちょっとずつヴァリエーションが違うものが物質化される場合があるのです。その一例が、FabLab鎌倉(http://www.fablabkamakura.com)で革職人KULUSUKAがデザインしたスリッパです。もともとの鎌倉バージョンはレーザーカッターで牛革を切ってつくったものですが、そのデジタル設計図がメールでアフリカに送られると、ケニアのビクトリア湖で採れた魚の革へと材料が変更され、ケニア・バージョンとなった。共通部分と差異部分が二重になったまま、デジタルデータから「もの」がつくられるプロセスが世界中に伝播していくわけです[fig.1]

fig.1──FabLab "Making Living Sharing"

それに近い実践として、建築の分野でも、私と同じ慶應義塾大学SFCの小林博人研究室が、フィリピンのFabLabと連携して現地に幼稚園をソーシャルビルドでつくるプロジェクトを行なっていました(http://hirotolab.sfc.keio.ac.jp/p_veneer.html)。デジタルファブリケーション技術を用いて板をプレカットし、現地で組み立てるタイプのもので、設計は日本で行なわれていましたが、最終的にはフィリピンの独自のローカルな意匠も取り入れられてローカライズされていきました。

私はこのように「デザイン」がデジタルとフィジカルのあいだをまたがって移動していくことで、微変化していく現象に興味を持っています。世界中どこでも同じになってしまう「グローバル」に染まるわけでもなく、他方、逆に地域の独自性ばかりを過度に美化し「ローカル」に固執するわけでもない。地域の個性と別の地域の個性とが水平にネットワークでつながって融合していく第3の可能性を、「トランスローカルのデザイン」と呼びたいと考えています。この可能性はFabLabの当初から感じていたもので、ひとつのものをつくる際に、フィジカル(材料)とデジタル(データ)という2重の要素を扱わなければいけないという性質にだんだん慣れてきたことで、うまくそのあいだの「距離」をコントロールできれば、プロジェクト自体をオープンな流れに開くという創造性も可能だという方向に洗練されてきているのです。たとえば、設計データだけをネットに流しておけば、世界の多様なマテリアルといろいろな組み合わせが起こってくるようなことが一例で、その逆に「漆」のようなマテリアルが、デジタルデータと新たな融合を生み出すこともあります。

さて、この視点を突き詰めていけば、FabLabから発信できる創造性とは、次に述べるまったく違うベクトルの2つのデザイン手法をそれぞれに深め、最後に高いレベルで掛け合わせて統合することということになります。

2つのデザイン手法のひとつは、デジタルデータを扱うためのコンピュテーショナルデザイン、アルゴリズム、ビッグデータです。もうひとつは、ものをつくる際に「マテリアル(材料)」や「生態系」のレベルから始めることがますます重要になるということです。

デジタルデータのほうから説明すると、いま、とにかく「大量のデータ」から人間の新たな知覚・認識が生まれるのではないかといった機運が高まっています。私はいま、慶應義塾大学SFCの研究室で、インターネット上に存在するあらゆる3Dプリンタ用の立体形状データを収集し検索可能とする"ものゲノム"(http://fab3d.cc)という学術プロジェクトを進めています[fig.2, 3]。すでにサービスは公開しておりアクセスも検索もできますが、120万を超えるデータが集まってきており、世界ベスト3に入る巨大な「かたち」のコレクションになります。Googleでさえも、まだ言語、画像、映像、地図どまりで「3D立体形状の検索」は提供していませんから、それに対して先手を打っているのです。



fig.2, 3──"ものゲノム"プロジェクト(慶應義塾大学 田中浩也研究室)

この3D検索サービスはAPI化を進めます。たとえばGrasshopperから自由にアクセスできるようにしたいと思っているのです。私は初期からコンピュテーショナルデザインやアルゴリズミックデザインの研究も行なってきた人間ですが、生物学(たとえば「ヒトゲノム」)や博物学(標本)のように、誰もが用いる「かたちの共通データベース」がないことが、そろそろ問題だと思っています。個々の「コンピュテーショナルデザイン」や「アルゴリズミックデザイン」を、ひとりの作家のパッケージとして発表するのをやめ、もう少し分解して、データベース部分は世界共通標準化するなどを進めなければ、ビッグデータ時代に次の大きな成果は見込めないと思います。

2つめの「マテリアル(材料)」の研究に関しては、FabLabでも新しい展開があります。まず、バイオマテリアルを扱うために「バイオラボ」を併設しようという動きが高まっており、日本でも試験的な教育プログラムがすでに開講されています(授業「(ほぼ)あらゆるものを育てる How to Grow Almost Anything」についてはこちら)。 バイオのように実験室レベルの生物学も進んでいますが、他方、もう少しフィールドに出て、私たちの身の回りにあるマテリアルを、生態系のなかの資源として捉えて活用しようとする動きも活発です。5年前の鼎談にも出ていただいた渡辺ゆうかさんは、今ではFabLab鎌倉の代表であり、現在では彼女を中心に「FUJIMOCK FES(フジモックフェス)」(http://www.fujimockfes.org)というイベントが継続されています。「富士山(FUJI)の間伐材を使ってアイデアをかたちに(MOCK-UP)する」というコンセプトで、今年で4年めになります。FabLabでのものづくりといっても、一般的にはホームセンターから規格化された材料を買ってくる人がほとんどで、木を切るところから始める人はなかなかいません。そこで彼女らはさらに制作工程の源流のところ、森に入って木を伐るところからプロダクトをつくろうということを呼び掛けて実践しているわけです。いざやってみると乾燥させる段階で木が割れたり、かたちがいびつで通常の製材工程ではうまくいかないことも少なくないのですが、じつはそのあたりは、3Dスキャンのような最先端のデジタル技術を活かすことのできる可能性あるデザイン領域でもあります。

自然の摂理を学びながら、デジタル技術を掛け合わせて、上流から下流までものづくりのすべてのプロセスを体験できるとあって、今では毎年定員が埋まってしまうほど人気があるイベントになっています。私たちの研究室でも、現在、養蜂家とのコラボレーションなどを進めており[fig.4]、かなり広い意味での「生態系の理解」と「マテリアル(材料)」からのデザインには可能性を感じています。

fig.4──巨大3Dプリンタを用いて蜂のためのパビリオンをつくる試み
"Fabrick Beehive"(慶應義塾大学 田中浩也研究室)

さて、最後に今日の鼎談でテーマになりそうな「都市」というキーワードに向き合うために、FabLab側から補助線を引いておきたいと思います。去年から「世界ファブシティネットワーク」という、FabLabを都市政策のなかに戦略的に位置づけるようなプロジェクトが世界的に動き出しているんですね[fig.5]http://fabcity.cc/)。いまのところバルセルロナやボストン、深圳やインドのケーララなど、世界の8都市が参加しています。そこに横浜も参加していきたいという方向性で、いろいろ準備を進めている段階です。

fig.5──「世界ファブシティネットワーク」

ニューヨークやポートランドでは「パブリックラボ」(https://publiclab.org)という、都市生活の身近な問題を、ラボでのものづくりを通して解決していくような試みがあります。具体的には、廃棄自転車放置問題へのアプローチとして、捨てられた自転車の部品を取り出してFabLabでフレームだけつくって新たに販売するというようなことも起きています。問題解決の方法をネットなどを通して蓄積しシェアして、ほかのプロジェクトでも参照できるようにリポジトリ化していくことも進められています。

他方、もともとヨーロッパのFabLabは都市政策と密着したものが多く、アムステルダムでは15世紀から建っているお城を、バルセロナでは古い造船所を、ラボに貸し出してリノベーションしています。イタリアでは、組み立てられた一人乗りの電気自動車(https://www.osvehicle.com/)がつくられていたり[fig.6]、一人ひとりが手づくりのセンサーをつくって、それを身につけて生活すると、街のどこでなにが起こっているかをスマホのアプリで確認できるというものもあります。

fig.6──"OSVehicle"(https://www.osvehicle.com/より)

都市「計画」だけでは拾いきれない、想定外のたくさんの問題が、実際の都市「生活」のなかでは生じますが、そこに市民主導で「つくる」ことからアプローチしていこうということなのです。逆に、そうした「都市生活」の問題に対処する機能を持ったFabLabを、「都市計画」のなかに織り込んでおこうというのがファブシティの考え方です。

こうした活動は、都市の「免疫系」のように作用するのではないかと思われます。日本のなかで横浜は、オープンデータの積極的な政策、多数のアーティストやデザイナーが住んでいること、地域密着型のクラウドファンディング「LOCAL GOOD YOKOHAMA」(http://yokohama.localgood.jp/)の成功をはじめとして、こうした活動の土壌があり、「世界ファブシティネットワーク」にも参加できる条件が整いつつあると思います。そうした理由もあって、私の慶應義塾大学SFC研究所ソーシャル・ファブリケーション・ラボも関内に拠点を構えており、FabLabと連携しながら、行政との対話も進めているところです。

まとめると、次の5年は「大規模形状データにアクセスするデジタルデザインのさらなる深化」「生態系やマテリアルからはじめるデザインのさらなる深化」、そして「都市への応用」の3つの柱を持って、「デジタルファブリケーション」を軸にすることでしか生み出せないような激しい多領域の融合と、その具体的なアウトプットを見せていきたいと思っています。

201602

特集 ユーザー・ジェネレイテッド・シティ
──Fab、GIS、IoT...、
ネットワーク世界がつくる建築・都市


ユーザー・ジェネレイテッド・シティ──Fab、GIS、Processing、そして未来の都市
概念化の源流から見るネットワークの世界
〈人間-物質〉ネットワーク世界の情報社会論
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