ラディカル・カップルズ
Ben van Berkel & Caroline Bos, Un studio/Un fold, NAi Publishers, 2002.
Asymptote, Flux, Phaidon, 2002.
Prototypo#006, Prototypo, 2002.
www.prototypo.com
John Pawson, John Pawson Works, Phaidon, 2000.
Carsten Thau & Kjeld Vindum, Jacobsen, The Danish Architectural Press, 2002.
妹島和世と西沢立衛、渡辺真理と木下庸子、塚本由晴と貝島桃代などなど、男女のユニットとして設計活動を行う建築家がこのところ増えているが、それは日本だけでではない世界的傾向でもある。そもそも女性の建築家が生まれたのは20世紀になってからであり、女性の建築家による最初期の有名な建築といえば、1929年の美しいモダニズム住宅、アイリーン・グレイによるE1027であろう。そして、初期の有名な建築家カップルと言えば、ピーター・アンド・アリソン・スミッソンであろうか。今回はまず、そうした建築家のカップルの、ラディカルな活動を紹介している本を3冊取り上げよう。
ベン・ファン・ベルケルとカロリン・ボスによるUNスタジオの、オランダ建築会館(通称NAI)での展覧会に合わせて出版されたのが『UN STUDIO/ UN FOLD』である。このタイトルにある'unfold'という単語は、「(折りたたんだものを)広げる」、「明らかにする」といった意味を持つが、見ての通りUN STUDIOのUNにもかけてある。この大判の作品集は、最近の実作、プロジェクトを紹介するとともに、テキストにはアーロン・ベツキー(現NAI館長)、ダニエル・バーン・バウム、グレッグ・リン、マーク・ウイグリーその他豪華なメンバーが参加している。昨今のオランダの建築家の傾向どおり、建築だけではなく、都市計画も行い、データ・プレゼンテーションもある。途中々々に挟まれたイメージ写真も効果的であり、全体としてヴィジュアルなイメージ・ソース・ブックともなっている。この2人の初期の作品は、『a+u』の95年5月号で丸一冊の特集をしておりそこで見ることが出来るが、その頃実作をいくつか訪ねたときの感想では、新しいセンスを持った、マテリアルを器用に使うデザイナーといったものであった。しかしこの作品集を見ると、最近はコンピューターで生成した流動的な形態を用いた、かなり実験的な作品を作っていることがわかる。僕の見たところではこの変化は、95年の横浜ターミナルのコンペ案以降に起きている。当時、ベン・ファン・ベルケルはAAスクールで教鞭をとっていたが、同時期にアレハンドロ・ザエラ・ポロとファッシド・ムサビ(ユニット名はFOA、彼らもラディカル・カップル)も同校におり、ピーター・アイゼンマンの流れを汲むジェフリー・キプニスが影響力をもっていた。ベルケルとポロはともに横浜ターミナルを生徒の課題としたのだが、結果FOAの案がコンペで一等を勝ち取り、最近完成したことは周知のことであろう。ベルケルの案は落選であったわけだが、FOAの案と発想を共有するものであり、FOAがコンペに勝ったことが、彼らにも大きな影響を与えたことは想像に難くない。
『FLUX』はハニ・ラシッドとリズ・アン・クーチュアのユニット、アシンプトートの作品集である。ちなみにFLUXとは「流れ、流動」、アシンプトート(asymptote)とは「漸近線」の意味である。彼らのこれまでの作品は、a+uの89年12月号、94年4月号で大きく取り上げられているが、この作品集ではここ何年かのプロジェクト30余りが集められている。それらはヴィジョナリーなイメージのものから、インスタレーション、家具、大規模建築のコンペ案まで多岐に渡っているのだが、実作としてはまだほとんど実績のない彼らが、ニューヨーク証券取引所のデザインをしているのは驚きである。それは単なる小奇麗なインテリア・デザインではなく、フューチャリスティックで斬新なものであり、日本の東京証券取引所の内装に実績のない若者のアヴァンギャルドな案が採用されるという状況はちょっと考えにくい。これもアメリカの勢いというものか。
エリザベス・ディラーとリカルド・スコフィディオの2人は、岐阜の北方団地を手がけたことでなじみがあると思われるが、最近資生堂の新ブランド「インウイアイディ」のためのフロア・デザインも手がけている(池袋西武など)。彼らの最新プロジェクト4つを載せているのが、ポルトガルの雑誌、『PROTOTYPO』の第6号、特集MIXMEDIAである。この雑誌は年に3回発行予定、最近始まったものであるが、今後注目すべきものかもしれない。この号でも、D+Sの他、ビアトリス・コロミーナのテキスト、ダニエル・リベスキンドのスタジオのプロジェクトなど充実した内容である。
以上、3組の建築家については、それぞれホーム・ページへリンクをはったので、是非訪ねて欲しい。(D+Sのものはこの原稿を書いている時点で工事中。)HPからも作品集からもここ数年、コンピューターが生成する形態が、可能性の幅を非常に広げていることがよくわかると思う。一方、日本ではこうしたコンピューターを使って形態を生み出すことは、活発に試みられているとはいえない。(例えば、建築文化の今年の6月号はプレゼンテーションの特集であるが、CGによる表現はほとんどない。)このことは単なる、日本と欧米のプレゼンテーションに対するメンタリティーの違いなのだろうか。それとも日本の社会の停滞がこうしたところにも影響して、我々は新しいテクノロジーの採用に対して大きく遅れてしまっているのであろうか。
さて、ラディカルやアヴァンギャルドは、面白いけど神経が疲れてどうも......、という人は、お口直しにジョン・ポーソンの作品集で癒されてはどうであろうか。この作品集には、洗練されたミニマリスト、ジョン・ポーソンの静謐な世界が広がっている。多くのプロジェクトが写真とドローイングで紹介され、ディアン・スージック(今年のヴェニス建築ビエンナーレのキュレーションを行い、現在ドムス編集長)による長文のテキストが付いている。本のタイトルも、きわめてシンプルに『works』。
最後に、前々回に触れた『アルネ・ヤコブセン完全作品集』が手に入ったので簡単に紹介しよう。厚さ52ミリ、560ページ、図版約12,000点のこの大著は、まさにヤコブセン作品集の決定版といえよう。その要約をここですることは不可能であるが、特に印象に残ったことを2つあげておきたい。ひとつは、この本にはヤコブセンの青年期のドローイング等も納められているのだが、弱冠20代のときの水彩画の、デリケートで卓越した表現力には目を見張った。いわゆる絵心を持っているわけだが、たとえ建築家になっていなかったとしても、いずれかの表現分野で活躍したであろうことは想像を待たない。ふたつに、この本の図版は皆美しいものなのであるが、特にJens Lindheにより新たに撮り下ろされたのであろう写真は、建物の素材を注意深く伝えるとともに、デンマークの曇り空の下の透き通った空気をよく表現していると思う。その他にも様々な方法で、ヤコブセンの魅力を再発見可能なこの本は、ヤコブセンファン必携である。
[いまむら そうへい・建築家]