カーンの静かなしかし強い言葉
Louis I. Kahn, Louis Kahn: Essential Texts, ed., Robert C. Twombly, WW Norton & Co Inc, 2003.
Heinz Ronner, Sharad Jhaveri, Louis I. Kahn: Complete Work: 1935-1974, Birkhauser, 1987.
ルイス・I・カーン『ルイス・カーン建築論集』(訳前田忠直、 鹿島出版会、1992)
Kenneth Frampton, Joseph Rykwert, Richard Meier, Steven Holl, Richard Meier: Architect: 2000/2004, Rizzoli Intl Pubns , 2004.
David Chipperfield, David Chipperfield: Architectural Works 1990-2002, Princeton Architectural Pr , 2003.
──つまり建築家は空間の美を伝える人です。空間の美とは空間の意味であって空間が意味に満ちているということです。空間はまったく意味に満ちています。
ルイス・カーン★1
ルイス・カーンのポートレイトはいくつも残されているが、それらから受ける印象は、我々のカーン像をかなりのところ規定している。決して笑ってはおらず、小さな目ともの言いたげな口元は、今まさに建築に関する考察で頭が一杯だというようだ。コルビュジエやミースなどに典型的な、いかにも才気あふれるといった表情とはまったく異なった、建築家というタフな職業に就くものとしてはあまりにも控えめな面持ち。それがまた、カーンの思弁的な性向という神話を強化してきたことは間違いない。 実質的な建築家としてのデヴューが50歳過ぎだったことから、それまで何をしていたのかという質問に対して、「考えていた」と答えたというのは有名なエピソードであるが、思索の人カーンというのは、すでに確認するまでもない事実であろう。そして、カーンの発した言葉に関して、これまでも多くの文章が生み出されてきたが、しかし実際にカーン自身のテキストに触れる機会は結構少なかったのではないだろうか。
"Louis Kahn, Essential Texts"は、カーン自身による文章を集めたアンソロジーである。これまでにも2冊、英語版のカーンのアンソロジーは出版されているが、そのどちらもすでに絶版となっている。最近出版されたこの本は、カーンのアーカイブから厳選された包括的なものであり、これまでに一度も活字になっていないものも多く含まれ、カーンの言葉に触れようと思うのならば現時点でベストのものだといえよう(カーン自身によるテキストといっても、カーンが書き下ろした論考というのは比較的少なく、多くはレクチャーなどの機会に話されたもののようだ。この本に納められているものも、後半はほとんどレクチャーやインタヴューの記録となっている)。
実際読み進めてみると、カーンのテキストというのは一見平明である。回りくどい表現や、特別に難渋な哲学用語が出てくることもない。冒頭の引用のような印象的なフレーズをはじめ、'what a building wants to be'、'the plan is a society of room'、'what will be has always been'などといったアフォリズムの虜になることも容易である。しかし、ここに引いたいくつかの語句からも感じ取られるように、かなりシンプルなメッセージである一方、その意味するところを的確に理解するのは容易ではない。そこには、カーンの長年の思索が折り重ねられているのであって、結局それがカーンは難解であるという評価へと結びついてきたのだと思う。
ごく慣れ親しんでいると思われる単語であっても、カーンが用いる際には、彼独自のニュアンスが込められていることに注意しなくてはいけないし、よって彼の哲学を理解するためには、ある程度我慢強く彼の世界に付き合う必要がある。例えば、〈モニュメント〉と彼が言ったとしても、それは通常我々が思い浮かべる〈モニュメント〉とは意味が異なり、それは〈ルーム〉などといった言葉の定義においても顕著である。
カーンの日本語になった著作集としては、『ルイス・カーン建築論集』があり、これはカーンのアンソロジーが日本語で読めるという意味でも貴重であるが、何よりも素晴らしいのは編集および翻訳を手がけられた前田忠直氏による周到な注釈および巻末に収められた主要用語・訳語対照索引である。これによって、カーンの一つひとつの言葉の意味をトレースすることが可能となっている。
ついでながら、カーンの他の出版物についても簡単に触れておこう。何よりも"Louis Kahn Complete Works 1935-1974"が、カーンのすべての業績を網羅するものとして挙げられるだろう。カーンの作品を紹介するものは無数にあるので特に挙げることは控えておく。カーンに関する本も同様で、多く点数を数えられるものの、中身がまったく薄いものもないわけではない。特に個人的に気に入っているものをあげておくと、オーガス・E・コマンダント著『ルイス・カーンとの18年』(明現社、1986)と斉藤裕編『ルイス・カーンの全住宅 1940-1974』(TOTO出版、2003)は、カーンの愛好家のみならず、すべての建築にたずさわる人たちにお奨めしたい好著である。
どうもこの連載でも、新しさといった視点からニュース性のあるものを優先する傾向があることは否めないが、声高にコンセプトを主張することなく、しかし端正で美しい建築を作り続ける建築家たちがいる。スリリングさや熱狂といった言葉からは無縁かもしれないが、堅実な彼らのスタイルは、実際のところは大多数の人々の支持を受けているといってもいいだろう。
"Richard Meier Architect 4"は、リッツォーリ社から出ているリチャード・マイヤーの作品集の4冊目であり、マイヤーの独立40周年を記念して編まれたものである。あらためて彼の近年のプロジェクトをゆっくりと見てみると、この建築家が40年に渡ってほとんど自身の形態のヴォキャブラリーを変えることなく持続してきたことに驚嘆すると同時に、《リーデレイ・リックマーズ本社ビル》などを見ても、その奇跡ともいえるような静謐さと新鮮さを兼ね備えた意匠にはため息を禁じえない。マイヤーが、彼の署名とも言えるスタイルを持続していることは、寄稿されているテキストでも中心的な論点となっており、ケネス・フランプトンによる'Meier in Transition'、ジョセフ・リクワートによる'On Form and Style'、スティーブン・ホールによる'Postscript: Questions of Consistency'といったそれぞれのタイトルからも想像できるであろう★2。
アヴァンギャルドと形容されがちなロンドンの建築家の中にあって、シンプル派ともいえる一連のグループがあることはこの連載でも何度か確認しているが、そうした建築家の中で今最も目覚しい活躍をしているのが、デヴィッド・チッパーフィールドである★3。彼のデヴュー以来の作品をまとめた一冊が"David Chipperfield Architectural Works 1990-2002"。彼も、モダニズムのシンプルな造形の継承者といえるだろうが、マイヤーとは異なりプロジェクトごとに新たな形態を開発しようと試みていることが見て取れる。こちらも論考をケネス・フランプトンが書いている。
★1──『ルイス・カーン建築評論集』(ルイス・カーン、前田忠直編訳、鹿島出版会、1992)14頁。
★2──リチャード・マイヤーのウェブサイトhttp://www.richardmeier.com/。 マイヤーらしい見事に美しいサイト、画像が多数あり多くのプロジェクトを見ることができる。
★3──デヴィッド・チッパーフィールドのウェブサイト http://www.davidchipperfield.co.uk/。こちらもシンプルで美しいサイト。比べてみるとこの2人のサイトのつくりは非常に似ている。
[いまむら そうへい・建築家]