強大な建造物や有名な建築家とは、どのように機能するものなのか
Deyan Sudjic,
The Edifice Complex: How the Rich And Powerful Shape the World, Penguin USA, 2005.
Paul Davies & Torsten Schmiedeknecht,
An Architect's Guide to Fame, Architectural Press, 2005.
Perspecta 37,
Famous, The MIT Press, 2006.
英語圏において、starchitectという単語は、すっかり市民権を得たようだ★1。念のために簡単に解説をすると、これはstarとarchitectの2つの単語を合成して作られたもので、文字通り〈スター建築家〉の意味である。なぜ、わざわざこうした造語が生み出され、また流通するようになったかといえば、昨今欧米においてスター建築家の活躍が日常的に話題に挙がるからにほかならない。ゲーリー、レム、リベスキンドといった国際的な建築家たちが、次々と世界各地でプロジェクトを実現するという現象がここしばらく続いていて、そうした話題は新聞などの一般的なメディアにもたびたび掲載され、そこで使われるようになったのがstarchitectという言葉なのである。であるから、この言葉には単なるスター建築家という意味を超えて、このところのトレンドを示すニュアンスも含まれているのであろう。
こうした背景をもとに、このところ建築家の有名性(Fame/Famous)★2、建築家と権力(Power)★3、巨大建築の意味といったテーマに関する出版物が相次いでリリースされている。今回はそうした本を集めてみた。
ディアン・スージックによる『The Edifice Complex』は読み応えのある一冊だ。エディフィス(大建造物)・コンプレックスというタイトルは、エディプス・コンプレックスとあまりにも語感が似ていて、著者のユーモアのセンスにまずは〈にやり〉とさせられるが、サブタイトルに〈いかに金持ちと権力が世界を形作ってきたか〉とあるように、巨大建築が成立する背景を探り当てようというものである。スージックは、われわれは通常どのようにその建物が建てられたかについては語るが、なぜその建物が必要とされたかはほとんど議論されていないと指摘している。ヒトラー(パリに着いたヒトラーはまずその日のうちにオペラ座を含むいくつかの建築を訪問し、そのそばにはいつも建築家のシュペーアがいた)、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東ひいてはフランソワ・ミッテランやサダム・フセインは、建築に対してどのようなヴィジョンを持っていたのか。そして、20世紀と伴走し続けたフィリップ・ジョンソンや9.11以降の超高層ビル、ビルバオ問題などなど、著者の話題は広く、またその記述は実証的である。
この本には詳細な参考文献リストが巻末に付されており、それが次の読書へのいい案内となるであろうが、スージックが実感したと告白するように建築家に関する評伝というものは思いのほか少ないようだ。ちょっとした大きさの書店であれば、伝記本だけでひとつの書棚が作られるような欧米でそうであるならば、日本では建築家に関する本はかなり少ないというのが現状であろう。2002年に藤森照信によってまとめられた『丹下健三』の成功により、いくつかの評伝やモノグラフがまとめられる傾向が最近認められるのは好ましいことだ。一方で、瀧口範子による『行動主義──レム・コールハース ドキュメント』や『にほんの建築家──伊東豊雄・観察記』という本が大きな評判となるのも、建築家という存在に興味が集まるという最近の傾向を示している。
洋書に話を戻すと、ポール・デイヴィスとトルスタン・シュミデクネクトによる『An Architect's Guide to Fame』は、直訳すると「有名になるための建築家のためのガイド」という身も蓋もないタイトルであるが、内容としては、建築もしくは建築家がメディアとしてどのように機能しているかという分析もしくは報告である。ペーパー・アーキテクチュアについての章では、スミッソンズ、アーキグラム、アルヴィン・ボヤスキーとAAスクールについて。また別の章では、スイス、イタリア、オランダ、ドイツ、スペイン、アメリカにおいて、それぞれボッタ、ロッシ、コールハース、Wettbewerbe Aktull★4、有名性のゲーム、グランド・ゼロ(リベスキンド)について。また、建築学校におけるユニット・マスターの心理について、ピーター・ズントーを探して、などなど、さまざまな局面から、建築家という存在について分析が行なわれている。
スター建築家という現象に関して、かなりダイレクトに「Famous」という特集を組んでいるのが、イエール大学の建築学科の機関紙『Perspecta』である。伝統ある硬派の理論誌として定評のある『Perspecta』がこのような軽率とも取れる特集を組むところにも、時代の潮流を強く感じる。グレッグ・リン、ロバート・A・M・スターン、レム・コールハース、ザハ・ハディッドに、そのままずばり有名性についてのインタヴューを行ない、建築家の相関図やプリツカー賞の分析、またこの特集のテーマに沿ったイームズ夫妻、アルヴァ・アアルト、サー・ジョン・ソーンに関する論考も含まれている。マーク・ウイグリーが2001年にイエール大学で行なった「How old is Young?」というレクチャーも採録されていて、建築家が若手とされるかどうかの線引きはずばり40歳であり、39歳でも41歳でもないのだそうだ。興味ある方、もしくは自分が若いかどうか気にされる方は、その理由を読んでみてはどうだろうか。
★1──例えば、ネット上のフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の英語版では、starchitect という単語がすでに登録されている。URL=http://en.wikipedia.org/wiki/Starchitect
★2──『10+1』No.40においても、南後由和氏、成美弘至氏を招いて「建築家の有名性の生産、流通および消費」という討議がなされている。URL=https://www.10plus1.jp/backnumber/no40.html
★3──以前この連載でも取り上げた(グローバル・アイデア・プラットフォームとしてのヴォリューム:https://www.10plus1.jp/archives/2005/11/10121957.html([10+1 web site」2005年11月号])オランダの雑誌『VOLUME』でも、最新号で「The Architecture of Power, Part 1」という特集を組んでいる。URL=http://www.archis.org/
★4──Wettbewerbe Aktullについても、この連載の以前の紹介を参照のこと。ただし、以前の筆者の案内はごくごく簡単なものであったが、この『An Architect's Guide to Fame』では、この独特なドイツのコンペ専門誌、その成立の背景を詳細に知ることができる。URL=http://www.wettbewerbe-aktuell.de/
[いまむら そうへい・建築家]