ヘイダックの思想は深く、静かに、永遠に
K. Michael Hays, Maxwell L. Anderson, Toshiko Mori, Sanctuaries: The Last Works of John Hejduk, Whitney Museum of Art, 2002.
Ingeborg Flagge, Verena Herzog-Loibl, Anna Meseure,Thomas Herzog: Architecture and Technology, Prestel, 2002.
『建築文化』2003年4月号(No.664)、彰国社
Madeline Gins, Arakawa, Architectural Body (Modern Contemporary Poetics), Univ of Alabama Pr, 2002.
今回は、最近の話題に関連する本を取り上げようと思う。
WTC跡地のコンペの最終結果が発表されたが、五十嵐太郎氏の指摘するとおり(『読売新聞』3月4日夕刊文化欄)1等のダニエル・リベスキンド、2等の坂茂ともにジョン・ヘイダックの教え子であった(といっても両者の作風はあまりにも違う)。ロンドン、AAスクールの校長アルヴィン・ボヤスキーとニューヨーク、クーパー・ユニオンの校長ジョン・ヘイダック。この2人が1970、80年代に行なった建築教育はその後の建築思潮に決定的な影響を与え、それは今では神話ともなっている。ボヤスキーが1990年に亡くなった際に、ヘイダックは弔辞の一部で以下のように述べている。
「30年以上に渡って、彼は若い建築家の精神に火を灯し、また年配の建築家にも同様だった。アルヴィンはかけがえのない人物であった。失われたものは失われたのである」。
この言葉はそっくりそのまま、2000年にこの世を去ったヘイダックにも贈られるであろう。このヘイダックの最後期のドローイング等を集めた展覧会が昨年後半、ニューヨークのホイットニー美術館で開催され、それに合わせて出版されたのが『Sanctuaries: The Last Works of John Hejduk』(聖域:ジョン・ヘイダック最後の作品)である。この小ぶりで、絵本のような趣を持つ本は、カラフルな色彩の寓意的なドローイングと、「Cathedral」(大聖堂、1996)などの最晩年の建築プロジェクトが収められている。また「Architecture's Destiny」(建築の宿命)という、マイケル・ヘイズによる長文のテキストは、初期の「Diamond House」(1963)から、中期の「Berlin Masque」(1891)を経て、今回集められた最晩年の作品までを丁寧にフォローしている。
代官山ヒルサイドフォーラムにて展覧会「トマス・ヘルツォーク:建築+テクノロジー」(4月20日まで)が開催されている。これはドイツの建築家、トマス・ヘルツォークを日本に本格的に紹介する始めての試みであるが、環境の世紀といわれる21世紀にあって、彼の長年にわたるエコロジーへの取り込みが今後ますます重要度を増すことは、改めて言うべきことでもないだろう。最近では、2000年のハノーバー万国博のシンボル・パヴィリオンの木造構造の大屋根が印象的であったが、その他にもこれまで住宅から研究施設、工場、大規模オフィスビルなど多岐に渡る実作を手がけ、それらのいずれもで、環境を意識した設計を試みている。また、素材の開発や新しい理論の提案など、研究活動にも余念がない。こうしたトマス・ヘルツォークの活動や思想を紹介する本はこれまでにも複数出版されているようだが、展覧会に合わせて同じタイトルを持つ『Thomas Herzog: Architecture and Technology』が出版され、これまでの業績を総括するものとなっている。ドイツはエコロジー建築の先進国といわれているが、日本では環境への関心はきわめて高いものの、まだ建築での試みが充分とはいえないであろう。昨今、創造的な構造家と組むことで新しい表現を持つ建築が次々と作られているが、同じように環境に理解の深いエンジニアと組むことで実現する新しい建築が、もっと試されていいはずである。
『建築文化』最新号(2003年4月号)では、レム・コールハースの特集「変動する視座」が組まれ、改めて彼の広範で内容の濃い創造活動に深い印象を受けた人も多いかと思う。レムに関する本はいくつもあるが、ここではヴィジュアルのものを2つ取り上げる。「colours」は、レム・コールハース、ノーマン・フォスター、アレッサンドロ・メンディーニの3人、それぞれが選んだ30の色を集めたもの。建築に用いられる色に焦点を当てて一冊にしたこと自体興味深いが、ここでのレムの参加は、面白い企画への単なるお付き合いなどではけっしてない。そもそもレムは幾多の雑誌や本の企画を自分が気に入らない限りめったに引き受けないようであるが(世界中でもレムの特集をした雑誌は近年なく、『建築文化』の特集はきわめて貴重なものなのである)、ここでは「The Future of Colours is Looking Bright」(色の未来は明るく見える)というテキストを寄せているように積極的である。そして、60年代から年代ごとに建築における色の持つ意味が変わってきたことを指摘し、素材の持つ色ではなく、塗装などによる人工的な色の重要性を述べている。また、この本の冒頭には、ゲルハルト・マックが建築における色の使われ方の変遷を「Between surface and space: colour in architecture」(表面と空間の間に:建築における色彩)というテキストのなかで分析している。
また、レムはプロジェクトごとに、グラフィカルな本を大量に作ると言われているが、それらは事務所を訪れた少数の人しか目にできない、門外不出のものとなっている。その伝説的な冊子群の片鱗がわかるのが、「Prada」である。この分厚い本には多くのイメージ、模型写真、ドローイングが集められているが、そのそれぞれ9ページを1ページ1ページじっくり見るというよりも、凝縮された多くのイメージから、レムのスピード、ヴァイタリティをリアルに感じられるものになっている。
荒川修作による集合住宅の計画が名古屋で進んでいるという。8年前の《養老天命反転地》も大きな話題となったが、それはランドスケープであった。荒川氏の構想するラディカルな計画が、公営住宅という形で果たして実現するのであろうか。この荒川修作と彼の長年のパートナーである詩人マドリン・ギンズによる共著『Architectural Body』(建築する身体)が昨年出版された。多くのラディカルなドローイング等でわれわれのイマジネーションを刺激し続けてきた彼らだが、この本はテキストのみ。彼らは独特の造語(architectural bodyとかlanding sitesなど)をよく使うが、これまでは彼らのドローイングを見ながら、こういうことを意味するのかな、などと想像していたが、ここではそうした頼るべきイメージはない。純粋に理論を追うことは骨が折れるが、彼らの試みを見直し、現在の到達点を発見するいい機会となるだろう。
[いまむら そうへい・建築家]