ディテールについてうまく考える
Christian Schittich, in Detail: Single Family Houses, Birkhäuser Basel, 2000.
Christian Schittich, in Detail: Building Skins, Birkhäuser Basel, 2002.
Christian Schittich, in Detail: Interior Spaces, Birkhäuser Basel, 2002.
Christian Schittich, in Detail: Japan, Birkhäuser Basel, 2002.
Gunter Pfeifer, Rolf Ramcke, Joachim Achtziger, Konrad Zilch, Martin Schatz, Masonry Construction Manual, Birkhauser, 2001.
Friedbert Kind-Barkauskas, Bruno Kauhsen, Stefan Polonyi, Jorg Brandt, Concrete Construction Manual, Birkhauser, 2002.
Helmut C. Schulitz, Werner Sobek, Karl J. Habermann , Steel Construction Manual, Birkhauser, 2000.
Christian Schittich, Gerald Staib, Dieter Balkow, Matthias Schuler, Werner Sobek , Glass Construction Manual, Birkhauser, 1999.
図面とはあるルールに従って描かれた記号の集積であり、特に実施図面は誰が見ても間違えなくその内容がつかめるようになっている。といっても、実際には経験のあるなしによってそこから読み取れるものはまったく異なり、それが大きな違いとなって現れるのはディテールだと思う。
日本にはディテールの専門誌があり、またそれ以外の建築雑誌にディテールが載ることも少なくない。しかし場合によってはデザインが目を引く建物を紹介するための添え物として詳細図が掲載されているとしか思えないケースもあり、実際には納まっているとはいえないディテールまで平気で紹介されているのが現状である。僕が知っている範囲では、外国では性能に問題のあるディテールが雑誌に掲載されることは少ない。また、発表されたディテールに対して寄せられた読者の意見が次号に掲載され、その後設計者との論争に発展することもあるらしい。日本では、何も知らない若者がスター建築家のディテールを問題があるとも気付かずそのままコピーし、ゼネコンの設計者は「やっぱりアトリエ派はしょうがないな。」などと笑うのである。日本人は整った納まりや複雑な細工に対する偏愛があり、その実現に多大なエネルギーを注ぎ込み、日々新たなディテールが発明されているが、ディテールを取り巻く状況は少しいびつなようだ。では、何が正しいディテールかと問うと、それがなかなか答えるのが難しい。
今回はディテールに関する本をとりあげるが、日本の雑誌「ディテール」と同じ名前を持ち、ドイツで出版され世界中で読まれているほとんど唯一のディテール専門誌「ディテール」の、特別編集のハードカバーシリーズを紹介する。 まず、『in Detail』のシリーズはこれまでに、「Single Family Houses」、「Building Skins」、「Interior Spaces」、「Japan」の4冊が出ているが、それぞれ表題にあるようなテーマごとにまとめられたものである。巻頭にはその号の内容に即したテキスト数本が収められ、事例となる建築が写真と詳細図とで紹介されている。「Single Family Houses」は、戸建て住宅を集めたもの。「Building Skins」は今流行の「建物の表面(表皮)」に関するもので、この号はよく売れているようだ。「Interior Spaces」は、住宅、商業施設などのインテリアを扱ったものだが、日本の建築雑誌には商業施設のインテリアはあまり紹介されず、またそのディテールの図面を見ることはないので、なかなか興味深い。またフォン・ゲルカンが電車を設計しており、単に内部の詳細だけではなく、電車を輪切りにした矩計も掲載されている。
最新刊「Japan」はその名の通り日本特集であるが、このシリーズの中で、国別でまとめられたのは今のところ唯一であり、日本のディテールが世界の中で際立っていることの証明になっていると思う。編集者のChristian Schittichは「Japan-a land of contradictions?(『日本−矛盾の地?』)」という思わせぶりなタイトルの巻頭論文を、「日本の現代建築の追従者達は、その妥協なきコンセプトに魅了されてきた。」という文章で始めている。日本では、他の国では考えられない特異なデザインの建物が実際に建てられ、それを可能にする高度の技術がある。しかし、変わった物を作れば何でも話題になって受け入れられるという状況に、我々はポスト・モダンのときに辟易したのであって、同じような風景が繰り返されることは勘弁してもらいたい。どんなものでも作れるということを手放しで喜んではいけない。
次に、「Construction Manual」のシリーズは、これまでに「Masonry -」、「Concrete -」、「Steel -」、「Glass -」といった素材別に、今のところ4冊出ている。それぞれの素材の建築における用いられ方を紹介するものであり、写真とディテール図面からなる事例がまずはお目当てになるのであろうが、詳細な歴史、技術資料が充実していることも見逃せない。「Masonry Construction Manual」と、石(レンガ)造で一冊出版されている一方、木構造のものがないのは不思議な感じがするが、石(レンガ)造は地震国である日本には歴史がなく、また今日も法規的制約からあまり試みられずなじみがないが、ヨーロッパでは今でも低層の建物をレンガ積みで作ることは一般的である。我々には技術的に応用できることは少ないかもしれないが、石造の歴史はヨーロッパの建築史そのものであるし(近代以前はほとんどそれしかない)、事例で紹介されている建物も石(レンガ)造では自由に窓が明けられないなど工法的制約が多い分だけ、端正でいいたたずまいのものが多い。「Concrete Construction Manual」については、日本はコンクリートの建築については他の国々よりよっぽど優れているし、関連する本も多く出されているので、まあここで特に書くことはない。
やはり面白いのは、「Steel Construction Manual」と「Glass Construction Manual」だ。ともに歴史、材料特性、事例の詳細が一体となって紹介されており、ディテールを考える醍醐味が得られるであろう。先の石(レンガ)造やコンクリート造はどちらかと言うと建築の骨格を構成するものであるが、スチールやガラスはまさに複雑な、ものとものの関係をどう収めるかというところに腕の見せどころがあり、この分野は日々新しい解法が発見され、現代建築の新しい表現を切り開く推進力となっている。ただ、難点を挙げるとすれば、時としてこれらは細部の納まりにこだわるあまりに、その部分ばかりに集中してエネルギーがかけられ、結果本当にその建物全体のクオリティーを上げるのに寄与しているのが疑問に感じられる事例もあることだ。全体を支えるべきディテールが、いつのまにか目的となり、その設計者の自己満足になっていないのかを危惧するのである。であるから、たてもの全体の写真を比べてみると、先に述べたように技術的には決して高度なことをしていないレンガ造の建物の方がいい雰囲気を持っていたりするのである。ついでながら、圧巻なのは「Steel Construction Manual」の冒頭にある70ページにおよぶ鉄骨造建築の歴史のテキストで、大まかな流れはなんとなく知っていても、より詳しく抑えておきたいという人にはお奨めであろう。
「建築家は、頭ばかりが先に行って、テクニックが付いて行かなくては駄目ですね。美しいものをわかる心があっても、それを証明できるテクニックを持たなければばらばらになってしまう。そうではないかと思うんですよ。」このように言ったのは村野藤吾であるが、これは一建築家の個人的視点というよりは、普遍的な事実であろう。ざっくりとラフなまま仕上げるのが今風だと好まれる傾向もあるが、それが意図してヘタウマするならまだしも、納まりがわからないからやりっぱなしになっているものは目も当てられない。やはりテクニックは使いこなせなくてはいけない。また、設計の実務を始めて数年もすると、だれでもディテールを考えることが面白くなってくるものだが、そこでディテールに熱を入れすぎて全体のことを忘れないような注意が必要である。村野はこうも言っている。「テクニックを覚えるには、5年や7年はどうしてもかかる。覚えてくると真似る側のテクニックが出てくるから、それをどう殺し、殺したものを自分のものにするかだね。」
みんなうまいディテールを作ろうと考えるが、ディテールについてうまく考えることはかなり難しい。
[いまむら そうへい・建築家]